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いつの間にか全方向から包囲されて、どうしても結婚にまで巻き込まれた気の毒な令嬢の物語  作者: buchi


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第38話 母の見立て フロレンス現実逃避に走る

私は寮へ帰る間中泣いていた。涙は後から後から出て来た。


エクスター殿下に失礼なふるまいをしてしまった。そして注意された。


当たり前だ。


でもそれ以上に悲しかったのは、ジルが消えてしまったことだった。



本の中の私の友人は、しばらくの間、人の形をとって、私の目の前に現れた。

バカな私はそれを本物だと思い、信じ、そして……きっと、好きになっていたのだった。とても。


ジルの本物は身分と義務にがんじがらめになっているエクスター殿下だったと言うのに……。





翌朝、私は母にこってり叱られた。


「あなたがいなくなってしまったら、エクスター殿下は一人になってしまうでしょう!」


「あのあと、殿下はどうされたのですか?」


おそるおそる私は聞いたが、母はカンカンだった。


「相手がいなくなってしまったら、かっこ悪いでしょうが。殿下も会場からいなくなってしまったわ」


私は黙っていた。パートナーに逃げられて、一人でぼんやりしてるだなんてみっともない真似はしないだろう。


「一体、何があったのよ?」


私はうなだれた。


母がしつこく聞き出すので、やむなく、思わずタメ口になって、それを公子に注意されたと白状した。


「あらま……」


沈黙が続いた。母は怒り出すでもなく黙っていた。


おそるおそる顔を上げると、母はまじまじと私の顔を見ていた。

すみません。バカの顔を見ているんですね……。


「……そんなわけで、礼儀知らずのダメ令嬢の烙印を押されてしまいました」


私は血を吐く思いで正直に答えた。


「じゃあ聞くけど、それまではタメ口だったのよね?」


「……はい。大変失礼していました」


「叱られたことは?」


「ないです。……それで甘えていました」


母はふっと笑った。


何が面白い。娘のバカさ加減がそんなに面白いか。私はダメ令嬢だ。


地をのたうつ思いだった。


「ねえ、フロレンス、あなた、相当殿下と親しいのね。うん。それは脈ありだわ。あなたは気が付いていないかもしれないけど、多分、叱られたって、あなたの勘違いで、殿下はきっと今頃……」


母は笑った。この悲惨な話のどこに笑う要素がある? 

だが、母は表情を引き締めて言った。


「でも、ずいぶん大事な話をしていたのね」


「え? 大事?」


私は顔を上げて母の顔を見た。妙なことを言う。お母さま、反対ですって。初歩的な話です。礼儀作法を注意されていたのです。


「礼儀作法の話なんかじゃないわ。エクスター殿下は本気なのね。まずは学園のダンスパーティでパートナーに選んだってことなのね」


母は額にしわを寄せて独り言のように言って、そして黙り込んだ。


しばらくして母はにっこり笑って言った。


「そうねえ、フロレンス。明日からは休暇なのよね? 帰っておいしいケーキを食べたり、新しいドレスを作らない?」


家にも帰りたくない。家にいれば、姉が来てこの話を聞いたり、父に事情説明をしたり、メアリやアリスにもかわいそうな人を見るような目で見られるのだろう。


私は首を振った。


「帰りたくないの? どうしたいの?」


「……図書館、行きたい」


母は眉をあげた。


「何しに?」


「本を読みに。学校には誰もいないと思います。誰にも会わないで済むし」


寮は開いている。なぜなら、遠方出身の平民の特待生たちは、自宅に帰りたくても旅費がなくて帰れないからだ。貧乏貴族の一部もこっそりそうしていた。


「あら」


母は考えているらしかった。


「そうねえ……いいわよ。でも三日だけよ」


え? この有様で図書館行きを許してくれるのだろうか? 家に帰って、説教責めにならないのか? なんて物分かりがいいんだ。



私に図書館は必要だった。


本の世界に旅立ちたかった。そこには憂いも後悔も存在しない。本の中にだけいる友人たちは私を決して裏切らない。そして、私は失敗しないし、苦い後悔もしない。

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