第35話 表彰式
会場は教室だった。
本当なら食堂あたりを使いたかったのだろうけど、いかんせん、出席者が本人以外、来ないのだ。貴族の成績優秀者が少ないのだから仕方がない。少なくとも、私はそう聞いていた。
そこへ母が出張って行ったらどんなに目立つことか。
しかし、私では母を止められない。
教室には学園長のほか数人の先生と、各学年の優秀者十人ずつが集まっていた。
エクスター殿下も来ていて、一人だけ見るからに上等な服を着こみ、貴公子然として立っていた。
他は男も女も制服を着ていて、おそらく全員平民らしかった。
私たち親子を見て、エクスター殿下はちょっと眉をあげて、驚いた様子を示した。
「ああ。フロレンス・ウッドハウス嬢。一年生で五位の成績を修めたのだな」
学園長がうなずいて、席を示した。
「母上も来られたのですな。貴族の、しかも令嬢が表彰されるとは、これはうれしいことだ。しかもご令嬢の優秀な成績に関心を持ってくださるご家族とは、ありがたいことです」
母は貴族の令嬢の教育問題に関心は全くないと思うのだが、あいにく学園長に知らせる方法も利益もなかったので、黙っておいた。
表彰者全員が私を見た。心なしか目線が冷たい気がする。ここで、私のドレスはとても目立つ。地味な紺の服にしておいてよかった。
エクスター殿下は私の成績を知らなかったらしい。かなり驚いて私を見ていた。だが、それよりも私は母の反応が気になった。
すごくうれしそうだ。
エクスター殿下は、すらりとした体つきで、麗しい金髪を優雅に肩近くまで垂らし、目は碧色、目鼻は整い、身ごなしは貴族中の貴族だ。
それでいて、ひ弱そうでもない。
どう見ても、一瞬で虜になるだろう。ものすごく心配だ。母の今後の行動が。
式の最中なので、母は今は黙っているが、終わったら何をするのだろう。
それに、見たところ、家族は誰も参加していないみたいだ。エクスター公爵夫人はどうしたのだろう。
表彰式が終わると、学園長が私に聞いた。
「ところで、二十位までの成績上位者は学費免除の特典があるが、ウッドハウス嬢はどうされるかな?」
「え?」
そうか。そんな制度があったんだ。
「貴族階級の者で二十位以内に入ったのは、エクスター殿下とウッドハウス嬢とバクシー男爵令息だけだ」
そんなに少ないのか!
「学費を免除されるのですか? ご褒美なのですね」
母は嬉しそうだ。
「もし、私が辞退したら、その特典はどうなるのですか? 次点の方に行くのですか?」
「そうじゃ」
「次点の方は平民ですか?」
「平民ですな」
「では、辞退します」
どことなく冷たかった平民の受賞者たちの目が緩んだ。
それはそうだろう。私が点を取ったばっかりに、彼らの仲間の一人が退学になるかもしれなかったのだ。
「せっかくいい成績取ったのに、フロレンス」
母は不満そうだ。
「お父様にお願いすれば、学費は払ってくださると思います」
私は大人しく答えた。
「そうじゃな。貴族階級の者はほとんど、よほど事情がない限り辞退する。エクスター殿下も辞退されておる」
母は話が出たのを幸い、ぱああっと期待を込めた顔になって、エクスター殿下の方を見た。
母より殿下の方が身分が上なので、母から声をかけることはできない。でも、母の目がキラキラしている。
私は母を引きずって戻ろうとした。
「ウッドハウス伯爵夫人」
だが、エクスター殿下の方が母の方に近づいてきた。
地味な制服を着込んだ平民連中は、押し黙って私たちの挙動を熱心に見ていた。なんだかいたたまれない。これは、ショーじゃないんだから。
だが、そんなものにはお構いなく、殿下は堂々と母に向かって自己紹介した。
「はじめてお目にかかり、紹介もなしに話しかける無礼をお許しください。エクスター家のルイでございます。ウッドハウス嬢には、学園内の恒例のダンスパーティのお相手をお願いしております」
母はものすごくうれしそうに頷いている。
「ウッドハウス伯爵夫人エレノーラでございます。娘にとって、願ってもない喜びでございます、殿下」
エクスター公子がふわりと微笑んだ。
「エクスター公爵家の方々は今日はお越しではないのでしょうか?」
母が余計なことを聞いた。
エクスター公子は微笑んだまま、答えた。
「毎年のことですので、すっかり興味を失っているのですよ。フロレンス嬢は素晴らしいですね。ご令嬢で表彰式にまで出られる成績を取った方は、私が知っている限りは一人もおられませんでした。私は入学以来、ずっとこの式には出ているのですが……」
あ、ジル、なんか怒っている? ほほえんだままだが、その微笑みが少し硬い。なにか気に入らないことがあったのかな? 些細すぎて誰も気がつかないと思うけど、私にはわかる。
「では、お母さま、晩のパーティの支度もございますので、殿下の御前はここで失礼させていただきましょう」
「フロレンス嬢、楽しみにしている」
「まああ……」
母は何事か訳の分からないことを言いだしたが、私は母を引きずって部屋に戻った。




