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第31話 母を説得する

「いや、エレノーラ、落ちつきなさい。話はそれほど簡単ではない。政治的にも微妙な……」


「お母さま! 申込みを受けたわけではないのよ? そんなことを言いふらして歩けば、どんなことになるか、お判りでしょう!?」


「何を悠長な!」


出た。絶対言うと思っていた。


「申し込みをためらっていらっしゃると言うなら、その気にさせればいいでしょう!」


「いや、だから……」


母の目がキラーンと文字通り光った。


「殿方に好かれるために何をすべきかってことよね? 任せなさい!」


ああ、父はこの母の餌食になったのか……と、私は余計なことを考えた。


「まずは、ドレスからよね。ホホホ、見てなさい、モリス伯爵夫人! 娘のオリビアがエクスター殿下のお気に入りだなんて言って歩いて。違うじゃありませんか。フロレンスなんかじゃ、難しいと思ってたから黙っていたけれど、おほほほほ……」


笑いが止まらないらしい。それにしても、私の評価、ひどくないか? まあ、わかっていたけれど。


「さあさあ、こうしちゃいられないわ。いらっしゃい、フロレンス」


「止めなさい、エレノーラ!」


父が大きな声を出した。


母がびっくりして動きを止めた。


「やめなさい。エクスター殿下はお前の手練手管などでどうにかなるような方ではない」


母は父の顔を見つめた。父が困って咳払いした。結局は父は母に弱いのだ。


「つまり、ドレスや女性の美しさだけで判断する方ではない」


そんなことはない。きれいなドレスを着てウロウロすると、ジルは必死になって眺めてくる。結構正直な男だ。無視しているが、胸元に視線が走ったりすることもある。わかっているけど、放っておくしかないではないか。よくわからないけど、むき出しの肩や腕や、それから胸元が好きらしい。


「私が邪魔をしていると……」


母が衝撃で涙を目に溜め始めた。いかん。このままでは父が母にほだされる。


「お母さま!」


もう、頼れるのは自分しかいない。


「社交界でそんな話をしてはいけません!」


「……」


「いいですか? フィッツジェラルド侯爵令嬢も狙っておられるのですよ? 本気で」


「ま、まあ! そうなの?」


「私はエクスター公子から結婚して欲しいと言われたわけではありません」


「じゃあ、それなら、どうして……」


「非常に遠回しな感じに打診があっただけです。ほかのご令嬢にもお話があったかもしれません!」


「では、それは、どんな感じのお話なの?」


内容まで考えていなかった私は詰まった。


「……とにかく!」


私は、断固として宣言した。


「この問題で後日大恥をかいたり、そのせいで嫁ぎ先がなくなったりしたら、大ごとでしょう!」


「……え?」


「エクスター殿下が全然振り向く気もないのに、あれこれ手を尽くしたり、あたかも婚約のお話があるような顔をして歩けば、他家からのお話がなくなります!」


「そんなことはないわ。決まってしまえば、誰も話を持ち込まないでしょうけど、噂程度なら、逆に箔が付くと言うものよ!」


「噂程度未満なのですよ。だから今は黙っておかないと! 箝口令かんこうれいです、お母さま!」


「あら、でも、それならあなたもエドワード・ハーヴェスト様とか言う方と出歩くのはどうかと思うわ」


母はちょっとにらむような目つきに変わって、私を非難した。


「あれは、エクスター殿下の差し金なんです。だから仕方ありません」


アレ呼ばわりしてしまった。


「差し金って、どう言うことなの? 意味がわからないわ。それに令嬢が使う言葉じゃないわよ」


母は首を傾げた。わからなくていい! 私だって、あんまりわからないんだから。


「とにかく今はフロレンスの好きにさせてやりなさい。そして、口外してはいけない」


「あなた……」


母が父にしなだれかかった。


どうしても父は母に弱い。


まあ、そうでもなきゃ結婚しなかったのではないだろうか、うちの父は。まあ、人のことなど知らん。


「でも、フロレンス、あなたって意外にやる気に満ちあふれているのね。まじめに婚活をしていることがわかって安心したわ」


違います。婚活が向こうからやって来たのです、否応なく。


「ええ。快適な生活が懸かってますからね」


私は思わず本音を吐いた。


自分の人生だ。本に埋もれて暮らす方がどれだけ楽なことか。


ただ、メレンブル地方農村における調査記録第38巻が、ジルの手配によるものだったことを考えると、私は複雑な思いにかられた。

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