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第23話 本がなかった

アリスに怒鳴られるとは思っていなかった。


しかし、真実だ。


出会いがなければ始まらない……か。


令嬢方が人目に付くドレスを着て歩き回っている理由が身に染みた。よく理解できた。




……というわけで、私は早速図書館に入り浸ることにした。(目立つドレスで歩き回るのではなく)


考えをまとめなければならないからだ。


理屈はわかったが、気持ちがついて行かないと言うことはままあることだ。


そういう時はいったん忘れるに限る。気持ちが静まってから、冷静に考えるべきだろう。


こういう時こそ、お気に入りの読みさしの「銀の道を拓く魔の呪文と秘密の炎焔の剣」の続きを読まねば。全30巻のシリーズ物で3代にわたる勇者の物語だ。

ちなみに魔獣や神剣は出て来るが恋愛要素は低めなので、今の私でも安心して読める。というか、女性の扱いは割と雑で、プロポーズする前から大体落ちているので申し込むだけで了承してもらえる上に、あなたのことが以前から好きだったと感謝してもらえる。主人公、早めにケリをつけておいてやれよと思うのだが、冒険が主でそっちはオマケだから仕方ない。作者は好物を最後に食べるタイプなのかもしれない。



帰り際になって、ピンクの紙のことも思い出した。ジルのことだ。


別にジルのことを忘れてたわけじゃないけど、ジルはきれいな女の子に夢中なのだ。


うらやましい。


アンドレア嬢は機会をつかむために真摯な努力を尽くしているし、ジュディスは恋人を得た。ベアトリス嬢とハーヴェスト様は真実の愛を成就させるべく果敢に挑んでいる。


ジルも彼女に話しかけ、申し込んでみようとしている。


ジルにだけは、似た者同士の友情に近いものを感じていたのだけれど、困ったことに私は女なので、もうすぐこれも終わりだろう。

ジルが告白に成功したら、ウッドハウス伯爵令嬢と文通していたなんて、相手の令嬢にいいように思ってもらえるはずがない。

ジルはすてきな男の子だ。よほど相手に見る目がない限り、ダンスパーティの相手くらいOKしてもらえるだろう。


私はうじうじと本のところにやって来た。


ピンクの紙を探した。


そこには思いがけないことが書いてあった。


『フロウ、一度、会わないか? 前から思ってたんだ。同じ学園で、いつだって会えるのに紙だけなんてもったいないよ。実際に会って話せば、もっと面白いよ』


ああ。その通りだろう。


だけど、そんなわけには行かない。私はジルにとっても邪魔なだけな人間だ。


『今度、食堂で会おうよ。お昼に食堂の入り口で待ってるよ』


日付と時間、それからジルの目印を書いてくれていた。


『古代史3巻の教科書を手に持っているから。青地に金のアラベスク模様が裾にあしらわれたジャケットを着ている。それが目印』


ジルは結構裕福な家の子なのだろう。贅沢なジャケットだ。


「行けないよ。本は持っていかなくていい」


私は震える手で書き込んだ。そして、本を閉じて元の場所に戻した。




涙があふれてきた。私は友達を一人失ったのだ。


ジルはいつの間にか特別なものになっていた。


もし、ジルが、どこかの伯爵家とか男爵家とか身分的に釣り合う家の息子だったら……きっととっても仲良くなれて、そしてエドワード様の視線の先にいたベアトリス嬢みたいになれたら、それはどんなに幸せなことだっただろう。


だけど、絶対に出来ない。


ジルには好きな女の子がいるのだ。


そして、その女の子は私じゃない。


思い切るのが難しかった。


「バカな話だわ」


あまりにもばかばかしい。だって、会えばいいのだ。そして相談に乗って、その彼女とも友だちになって、そしたら、仲のいい友達が増える。楽しいはずだ。理論上、楽しいはずだ。



絶対に無理。


そんなこと、したくない。その彼女なんかと友だちになんか、絶対なれない。なりたくない。


いつの間にかジルは大好きな男の子になっていた。私には無理。

彼が実体を伴って現れることがとても怖かった。きっと夢がかなう瞬間だと期待してしまいそう。


エドワード・ハーヴェストとベアトリス嬢のお互いに向ける優しい目が、記憶に焼き付いていた。




泣くにしても理由がいる。寮ではアリスが遅くなった私を心配しているだろう。でも、アリスもメアリも私が泣いて帰ったら理由を詮索するだろう。

面倒くさい。


いつもの図書館の席で、私は涙が止まるまで、本を読んでいるようなふりをして座っていた。


でも、涙は止まらなかった。だからなかなか部屋に戻れなかった。




遅い、本の読み過ぎだ、借りて帰って寮で読めばいいじゃありませんかとアリスとメアリの二人に説教されてから、私はようやく寝についた。



翌朝は、いつも通りたたき起こされ、しっかり着せられ化粧された。


どんなに失望していても朝は来るし、やる事はある。私は、昼の食堂には断固として近づかなかった。まかり間違ってジルがウロウロしていたらどうする。


ジルの正体なんか知りたくなかった。


ジルはジルだ。本の中の私の友人だ。一時(ひととき)だけでも、楽しかった。その思い出を大事にしたい。



そんな日々が続いて、毎日、図書館に通いはしたが、ジルの手紙が挟まっている書架には、私は絶対に近づかなかった。



だけど一週間ほどしてから、私はついに決心して、ジルの返事を見に書架に近づいた。



あの本が、なくなっていた。

ハッピーエンドです

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