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第22話 愛の始まり

現在のところ、恋人が出来る気配なんか皆無の私に向かってそんな条件を提示するだなんて、人が悪いにもほどがある。


だが、ハーヴェスト様は平然とドレスメーカーの工房に向かって歩いて行く。


ドレスメーカーに戻れば、アンドレア嬢とも顔を合わせることになってしまう。


エクスター殿下を狙うアンドレア嬢と(仮想上)恋のライバルの私、体裁の為だけのダンスパートナーのハーヴェスト様、そのハーヴェスト様と実は恋人同士のベアトリス嬢が、狭いハリソン夫人の客間に詰め込まれているところは、何とも微妙な絵面(えづら)だった。


ハドソン夫人だけがせっせと本来の任務を果たしており、私のドレスは薄い紗をかぶせた金色に見えるドレスに決まりそうだった。アンドレア嬢のドレスは、どうやらローズ色で金の模様が入る予定らしい。ハドソン夫人が少し難しい顔をしてアンドレア嬢と話をしていた内容を聞いていると、少し派手過ぎじゃないかと攻防があった模様だ。アンドレア嬢は、ぱっと見派手なものを好む傾向がある。私はお任せ派だ。


ベアトリス嬢の様子をこっそりうかがうと、アンドレア嬢に比べるとずっと地味でおとなしそうに見受けられた。してみると、アンドレア嬢のワガママ一杯な様子は末っ子の甘やかされた天然モノか。


ベアトリス嬢の顔はよく見えなかったが、ハーヴェスト様はそれと悟られないように、時々目を見かわしていた。口数の少ないベアトリス嬢がほんのりと微笑む。

まったく静かな無言の会話の数々。


私は心が痛いような気がしてきた。


二人の顔は雄弁だった。エドワード・ハーヴェスト様は、私には学生だとか嘘を言ったかもしれないけど、二人の気持ちは本物だった。


二人の恋を応援したい。そんな気持ちにさせられたけど、私の利益とは相反する。




用事が済むと、私たちはハドソン夫人の家の前で別れた。


「ずいぶんそっけないパートナーですねえ? お嬢様を寮までお送りもしないのですか?」


アリスは言ったが、仕方ないだろう。



「好きな方がいらっしゃるのよ」


私はアリスに説明した。


「ええっ? それなのに、お嬢様とダンスのお約束をされたのですか?」


「だって、最初からその約束だったじゃない。パートナーさえしてくれたらいいって」


「辞退してくださらなかったんですかっ?」


「そ、そう言われればそうね?」


「なぜなんです? お嬢様と踊りたいわけじゃないんでしょう!?」


私はアリスにちゃんと断ったのかとか、意味がわからないとか、さんざんギャーギャーわめかれたが、それとは別になんだか心が沈んでいた。


なぜだか、わからない。なぜ、こんなに暗い気持ちになるのかしら。


一晩中、騒ぎ立てるアリスを放っておいて、たどり着いた結論は、寂しいの一言だった。


ハーヴェスト様の心は、ひとりの女性に占められていた。

たったひとりを愛しているのだ。


別にハーヴェスト様を好きなわけじゃないが、誰にも愛されていないし、求められていないのは、とても寂しいことなんだと、その日、私は気づいてしまった。




翌日はジュディスが走ってやってきた。


アリスと違って、彼女を黙らせることは出来なかったので、事情を話さざるを得なかった。


「なんですって!」


ジュディスは絶叫した。


「リチャードったら! そんな詐欺男、どうして紹介してよこしたのかしら?! あなた、利用されているだけじゃない? 勝手に断ったって全然かまわないでしょう? フィッツジェラルド家のベアトリス様もずいぶんな真似をしてくれるわね!」


恋人同士をケンカさせたいわけではないので、わたしはあわてて言った。


「私はどちらでも構わないのよ。ダンスの相手がいなくなったって、かまわないのだから」


「それはダメよ! エクスター殿下を断ってしまっているのよ?」


「大丈夫よ。殿下は、それまでにきっとすてきな方を見つけられるわ」


「えー、いったい何の議論をしているのかわからなくなってくるわ! 殿下の心配してるんじゃないのよ! あなたのことが心配なのよ?」


「でもね、一度、断ってしまったら、もう一度踊ってくださいとは言えないわ。殿下がもう一度申し込んでくれれば別だけど」


ジュディズはみじめそうな顔をして私を見つめた。

それはその通りだった。


申し込む権利はエクスター殿下の方にあるのだ。


「でもっ……エドワード・ハーヴェスト様より、身分も格式も上の方からお申し込みがあったら……」


「もういいじゃない。来年に回しましょう。お願いした手前、こちらから勝手に断ればそれはそれで評判に傷がつくわ」


エドワード・ハーヴェスト様は、ダンスパートナーの辞退を断った。

彼には彼の理由があるのだ。


「わ、私は黙っていませんからね!」


ジュディスは言ったが、私は首を振った。


「黙っていると約束したもの。それに、もしダリッジ家に知られたら、ハーヴェスト様は困ったことになるわ」


「なればいいじゃない。当然のことよ」


「私たちが黙っていれば、何事もなくて済むと思うの。ダリッジ家も、ウッドハウス家から先に声がかかったと思って静観するだけでしょう。フィッツジェラルド家がベアトリス様の気持ちを知っているかはわからない。ご当主はご存じないのじゃないかしら。でなければ、時間稼ぎをする必要はないし、私たちがばらしてしまったら、ハーヴェスト様だけじゃなくて、ベアトリス様も困るでしょう」


「私たちは、いい迷惑よ! そんな目くらましに利用されるだなんて」


「それはお父様にお任せしましょうよ、ジュディス」


私は困らない。困るのは、実はこの話を持ち込んだジュディスになる。


「でも、本当に偶然なのよ。たまたまアレンビー卿のところで、あなたが私の相手を探して欲しいと話した時に、ハーヴェスト様がいたのだから。だから誰も悪くないわ。強いて言えば全くモテない私が悪いのだから」


制服ばかり着こんで、身なりを全く構い付けなかったので、伯爵家の令嬢として恥ずかしいことになるところだった。それを助けようとしてくれたのだ。


ジュディスは涙目になっていたが、私は家に手紙を書いた。


どうせ、たかが一年生のダンスパーティの相手なのだ。たいした問題ではない。



ジュディスが心配しながら帰った後、盗み聞きしていたアリスは部屋の片隅で泣いていた。


「お、お嬢様。お嬢様って、心の広い方でございますね。なんて高潔な方なんでございましょう!」


どちらかと言えば計算高いのだが。

だって、これで、全方向丸く収まるではないか。


「でも、それじゃあ、お嬢様がかわいそう過ぎです」


「まあ、そうは言われても、誰にも誘われなかったのだから」


「そんなことはございません! わたくしがドレスアップのお手伝いを始めて以来、何人もの殿方が、お嬢様に申し込んでおられたではありませんか! それなのに?」


でも、アリス。あの中の誰一人として、エドワード・ハーヴェスト様がベアトリス嬢に捧げているような愛の心は持っていなかった。


私が欲しいのは、そんな愛だ。


この目で見てしまった、うらやましいほどのたった一人だけを思いやる熱い心だ。



「何言ってるんですか!」


アリスに怒鳴られた。


「誰だって、最初は始まりってもんがあるんです。ハーヴェスト様とベアトリス様だって、スタートは他人だったんですよ? それが仲良くなって愛情に成長したんでしょ? 誰とも話もしないで、本ばかり読んでたら永遠にお望みの愛なんかに届きませんよ?」


私は黙った。アリスだって、正しいことを言うことがある。正論だ。

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