第21話 当て馬事情
「ええ。申し訳ない。私は今まで、恋人がいるだなんて黙っていました。侯爵家にばれたら大変です。ですから、ダリッジ家はベアトリス嬢のことを知りません。したがって断る理由がないのです」
フロレンスは我知らずうなずいた。婿入り先を探している貴族の次男三男は大勢いる。喜んで受け入れられると思っているだろう。ましてやダリッジ家は大富豪だ。
「頑張り続けたおかげで、アレンビー卿に可愛がられています。ちょうど、私が財務卿のところにいる時、ご子息のリチャード様が……」
「ちょっと待って。では、誰でもよかったのではないですか? 私でなくたって……」
「そういうわけではないのです。でも、あなたは誰でもよかったのではないですか?」
いや、全くその通り。一言もなかった。
「アレンビー卿のご子息があなたのお友達のジュディスとダンスを踊ることになった、ついてはご友人のウッドハウス嬢がダンスのお相手がいなくて困っていらっしゃると聞いて、飛びつきました。それと言うのも……」
彼は続けた。
「ダンスパートナー、つまりいわば恋人役ですが、それをしていただくには、条件があります。ダリッジ家より明確に格上の令嬢であること、です」
「な、なるほど……」
それはそうだ。ダリッジ家より格下か同等の家の娘だったら、自分の娘の方が条件がいいだろうとねじ込んでくるだろう。
「ウッドハウス家は筆頭伯爵家です。しかも、王都周辺に広い領地を持ち、歴史も古い名門です。父上は商務卿。貿易、交通の政務のトップをお務めです。領地内に港を持っている点も今後の貿易の展開を考えると有利です。そんな家の令嬢と、もし、ご縁がつながるようなら、どちらを選ぶか……私のような貧乏貴族の息子が考えそうなことはわかるでしょう」
知らなかった。うちがそんな評価をされているなんて知らなかった。
「誤解しないでください。私はベアトリス嬢のお金や家柄に惚れ込んだのではありません。フィッツジェラルド家には兄上がおられますし……」
ああそうですか。フィッツジェラルド家のお家事情まで、今、頭が回っていませんでした。
それに私に誤解されても構わないんじゃないかしら。フィッツジェラルド家にさえ誤解されなければいいんだから。
恋するエドワード・ハーヴェスト様は拳を握りしめて言った。
「そんな引く手あまたのはずの家の令嬢が余っていて、相手を探しているだなんて、なんてチャンスだろうと思いました。どんなブスでも変人でもかまわないと思いました!」
何かこう、とても失礼なことを言われた気がする……。
「さあ、早く食べてください」
「え?」
「早く食べて、早く飲んでください」
ハーヴェスト様の事情を懸命に聞いていたのだ。手が止まっていてもいいだろう。
「ベアトリス嬢と会えるチャンスなんですから、早くハドソン夫人のところに戻りたい。さっき、入って行ったでしょう?」
どこまで勝手なんだ。この男。
「そう言う事情なら、ぜひともダンスパートナーはよしていただきたいわ」
私は洋ナシのパイを口に押し込みながら、もごもごと冷酷に言い放った。
「わたくしにだって選ぶ権利はあると思うわ。あなたが好きな方と結婚したいと思うように、わたくしだって同じように、すてきな殿方と踊るべきだわ」
エドワード・ハーヴェスト様はニヤリとした。浅黒い顔が一瞬にして悪い顔になった。
「ええ? だって、誰か好きな人でもいるんですか?」
私は、ぐっと詰まった。急いで香り高い紅茶を飲んでごまかした。
「私だって、あなたがモテないなんて全然考えていませんよ? 特に制服を止めてからは、おそらく大勢の男どもが寄って来たと思います。なにしろ、名門の伯爵家の令嬢です。持参金も相当見込めるでしょう。どこの家の令息も、考えてみるように親や親せきからアドバイスされているでしょう。エクスター殿下をお勧めされる令嬢方と同じですよ」
うむう……。あれと一緒か。アンドレア嬢とか、マデリーン嬢とか。
「殿下は、ご身分にふさわしいふるまいですが、あなたはそうではなかった。私にはチャンスでした。最初から今のように着飾っていらしたら、私の出る幕なんかなかったでしょうからね」
私は頬をふくらませた。
全くこの男は気に入らない。
「世間なんてそんなものですよ」
エドワード・ハーヴェストは軽くそう言うと、早く食べろともう一度うながした。
「きっと、ベアトリス嬢にはそんなこと言わないんでしょうね」
「もちろんですよ。出来るだけ長く一緒にいたい。でも、早く食べて欲しいもう一つの理由はアリスが待っていると思うので」
ふわふわの生クリームは質の良さがわかる美味しさで、洋ナシのパイは果汁がたっぷりでとてもおいしかった。これを早食いしろと!
「黙っていてくれますね?」
私だって、わかる。この話は面倒な話だ。ばれたらフィッツジェラルド侯爵家とダリッジ男爵家は怒るだろう。ついでにうちの父のウッドハウス伯爵もだが。
「持ち帰りで、4人分。追加で頼んでくれたら黙っているわ」
エドワード・ハーヴェストの目が踊った。笑いを含んで。
「買収ですか?」
「安いものだと思わない?」
彼は声を立てて笑った。
「あなたに本当の想い人が出来たら、その人にダンスパートナーは譲りますよ」
私はびっくりした。
「あなたにそんな人が出来たらね?」
なんだ、馬鹿にしてるのか?
「違いますよ。そんな人に巡り合えたのなら幸せだと思います。決して失いたくない人。大事にしたい人。その存在に席を譲らないわけには行かない。そうでしょう?」