第19話 真相
校門の前に騎馬の男が一人現れた。黒いくせ毛に浅黒い笑顔。エドワード・ハーヴェスト様だった。馬車で一緒に行くのではなかったの?
彼はウマから降りて私たちに話しかけた。
「同じ馬車に乗り込むなんて失礼じゃないかと気が付いたので、騎馬でお供させていただこうと思いました」
大型馬車なので十分乗れるが、狭い車内によく知らない男性が一緒なのは気が張る。ハーヴェスト様が騎馬でついてきてくれる方が助かるし、自然だった。
だが、ダンスのパートナーの辞退をお願いする機会がなくなってしまう。まさか、ハドソン夫人のドレス工房で、そんな話をするわけにはいかないだろう。ハドソン夫人が、ドレスの注文がダメになりやしないかと心配するかもしれない。
彼の声は快活で、弁舌はさわやかだった。
「護衛だとでも思っていただけましたら」
それから、ニコリと笑って、彼は私のドレスをさらりと褒めた。
「とてもおかわいらしい。よく似合っていらっしゃる」
可愛いのか。私はちょっと呆然とした。威風堂々としているんじゃなくて?
伯爵家の馬車は間もなく校門に到着し、私たちはハドソン夫人の店にたどり着いた。
ハドソン夫人の家は表通りに面していたが、入り口は狭く奥が深かった。奥に工房が付いているからだ。
いつもは自宅に生地やデザインを持ってきてもらうのだが、学校の寮に服地やらを持ちこむことは禁止されていた。寮の部屋は狭すぎるし、誰がどこそこのドレスメーカーを呼んだとか見栄の張り合いが起きるから面倒なのだろう。
私がどうやってエドワード様にダンスパートナーの話を持ち出そうか悩んでいると、彼の方から声をかけてきた。
「フロレンス嬢、デザインと生地の絞り込みはハドソン夫人のデザイナーとアリスに任せて、私と少しお話をしませんか?」
彼はいい笑顔で、私の手の先を取った。
「隣に人気のカフェがあるのです。せっかく学校から外出許可証を取ったのだから、話題のカフェも楽しみましょう」
カフェは最近できたものだった。家の外でお茶を楽しむと言うのは、それまでになかった風習だった。
男性は、昔から王都ならしゃれたバーに行けたし、どんな田舎にだってお酒を飲む店はあったけれど、女性が自宅以外でお茶を飲めるようになったのは最近の話だった。
男女が二人きりで出かけると言うのは、今も昔もうるさいものだが、隣のカフェは実にあっけらかんとした造りで、密会などと言う雰囲気はカケラもなく、ケーキとタルトが有名だったので菓子を楽しみに女性が出向くところとして有名だった。
「ここの菓子なら、おいしいお菓子につられましたという言い訳が通用します」
彼はいたずらっぽく笑って見せた。
窓際に陣取った私たちは、かわいらしい制服の店員からおすすめを聞いて栗のタルトと洋ナシのパイの生クリーム添えを頼み、お互いに顔を見合わせた。
「ハーヴェスト様」
私は話しかけた。言わなくてはならない。
「ハーヴェスト様は、学生なのですか?」
彼はなんとなく微笑んだ。そして、何も答えなかった。
他の客も大勢いてがやがやしている。誰も私たちの会話を聞いている者などいないだろう。
「わたくし、あなたを一度も学内で見かけたことがございません。もし、学生でないのでしたら……」
彼の濃い青い目が私を捕らえた。口元は微笑んでいるけれど、彼は怖い。彼は子どもではないのだ。十分に大人だった。私は太刀打ちできるだろうか。
「だったらどうだと言うのです?」
「私、ジュディスから、あなたもダンスの相手に困っていると聞いたのです」
「そんな説明でしたね」
何を言っているのだろう。最初会った時、ハーヴェスト様自らそう言っていたはずだ。
「でも、学生でないなら、ダンスの相手は必要ないと思います」
「そうでしょうね」
「適当な相手がいなくて、学外からダンスのお相手を頼む場合は、兄弟や従兄弟など非常に親しい方にお願いすることはありますけど、それ以外は婚約者くらいなものです。あなたが学生でないなら、婚約者と間違われる可能性が出てきます。少々不都合かと思います」
私は少々早口に、そう言った。
ハーヴェスト様が真顔になった。
「あなたは口が堅いと聞いています」
「え?」
誰から私のことを聞いたんだろう? それに口が堅いこととダンスパートナーの話は何の関係があるの?
「私の話を誰にも黙っていてくださるなら、本当のことをお話ししましょう」
本当のこと? じゃあ、何かが嘘なの?
私は真剣にうなずいた。
「聞かせてください」