第13話 ジルの恋愛相談
やっと図書館に行くことが出来た。
いつもの窓辺、決まった席だ。
アンドレア嬢を追い抜いて、心の平安のために、ここへ来た。
浮世のすべてを忘れ去り、本の世界に……没頭できなかった。
「ジルだったらどう思うかなあ」
ジルに相談したかったが、いろいろとハードルが高かった。
ジルは同じようなポイントに興味を持ち、笑い飛ばし、問題点を指摘し、的確に批判する。
もっとも親友っぽい。遠慮なく相談できる。回答も楽しいし、うなずけることが多い。
ジュディスと違って、良縁なんかどうでもいいらしいし。
ただ、彼は男で、私のことも男だと思っているので、今回の件は相談しにくかった。
でも、冷静になってみれば、誰にも相談しにくかった。
相談されても、イラっとするんじゃないかな。
多分、イラつかず、心から喜んでくれるのはアリスくらいなもので、彼女に相談しても答えはわかり切っている。
ジルだって知ったことかって言うだろう。自分で決めろとか。いや、決めようがないんですけどね。断った後だし。ちょっと男性から好意を示されたので、衝撃がすごかっただけで。
ジルに話すなら(書くなら)、女性から好意を示されて衝撃がすごかった、とか性転換して書くかな?
「絶対ダメだわ……」
いちいち性転換してたら訳がわからなくなって、どこかで論理破綻しそう。それに、ジルだってムカッとすることは目に見えている。
彼もダンスの相手を探すのに苦労しているのだから。
いつもの本を手にして、ピンクの紙を探すと、今日は特大の紙が入っていた。
『ねえ、見た? エクスター殿下がダンスを申し込んでたの。そして、なんと断られたらしいよ。殿下でも苦労するんだね。なんか力づけられたよ』
あー。その話か。
あの時、食堂にいて遠巻きにしていた連中の中にジルはいたんだ。
どの男の子だったんだろう。
見られちゃったか……。
私は目を空に泳がせた。
どう思ったんだろうな。
あ、でも、ジルは私が私だって知らないからいいのか。気にすることはないのか。でも、フロレンス・ウッドハウスをどう思ったのか気にはなる。
嫌な奴って思われてたら、絶対、今後、名乗れないな。
殿下を先約があるからって断ってしまった。
凄い勿体ないことをする女がいるって、思われたかも。殿下から申し込まれたら、誰だってイエスしか期待しないよね。
でも、せっかくパートナーを務めてくださるって言ってくれた方がいたのに、もっと条件がいい人が現れたからって、約束を反故にするのってどうなんだろう。
とは言え私とエドワード・ハーヴェスト様は好き同士ではない。いわば政略結婚みたいな間柄だ。愛情はない。こだわる必要はないだろう。義理が立たないと言うだけで。
ダンスは好き同士が踊ることが本来の筋のはずだ。
殿下は私を気に入ったらしいが、よく考えれば、私と殿下との間に接点はない。本当の愛情なんかあるはずない。
いやいやいや。ダンスパーティのパートナーって、そこまで真剣に考えるようなネタだろうか?
『とりあえず、パートナー、申し込んでみようかな。実は気になっている女の子がいるんだ』
えええ? ジルに恋人が?
一挙に手元の紙の方に神経が集中した。
気になってるって、どんな感じなんだろう? 男性心理の語り手が今ここに!ものすごく都合よく現れた。都合よすぎる。
『とってもきれいな女生徒で目を奪われた』
そこか。そこから入るのか。みんな一緒だな。
『話しかけてみたんだけど、相手のことがわからなくて話が続かなくて』
そうだな。確かにその通り。でも、話しかけたのか。勇気あるじゃないか、ジル。本の中に埋没している私とは大違いだ。私は誰のこともまだ気になってないけど。
『相手のことをもっといっぱい知りたかったし、自分のことも知って欲しかった。でも、うまくしゃべれなくて。自分のことなら話せるけど、相手は多分俺に興味がないだろうし』
一人称、俺だったんだ、ジル。どんな奴なんだろう。女の子だと思っていたけど、違うんだ。ジル、勇気があるな。私だったらドキドキで話しかけたりできない。
『頑張って話す機会を作ったんだ。そしてちょっとずつ会話してみた。でも、意外な女の子だったんだよ!』
どんな子だったんだろう?
『全然媚びない、まっすぐな子で、自分の意見がはっきりしていた。でも、思いやりがある。言い方は考えてくれる。話していて愉快だった。爽快って言うのかな? 後味が悪くない。それに欲がない。すっかり惚れ切っちゃったよ。女の子って、もっとジメジメしてるもんだと思ってた。人間性は最高だった』
よかったじゃないか、ジル。最高の出会いだね。(ついでだから感想はピンクの紙の余白に書き込んでおいた)
『おまけに美人だしさあ、勉強もできるみたい。頭がいいんだな。素直でかわいい』
デレ出しやがった。ここは無視しとこう。やっぱりムカつくな。
『問題は、お子ちゃまで、全然意識してもらえないんだ。僕のことは嫌いじゃないと思うんだ。でも、ダンスのパートナーなんか考えてもいないらしい。どうしたらいいかわからない。男として意識してもらいたいのに。そして、俺だけを見ていて欲しい』
なんかいつも辛辣で何事にも冷淡な反応のジルが狂いだした。ビックリだ。
まあ、でも、そんなものなのかなあ。私も殿下にダンスのパートナーを迫られた時は困っただけだったが、アンドレア嬢に殿下に迫られていたと観察結果を告げられた時は驚愕した。そしてドキドキした。
ドキドキするのはなんだか嫌だから、今後は一切手抜きせず、エクスター殿下と二度と遭遇しないように気をつけよう。アリスとジュディスから何を言われるかわからないけど。
『ダンスのパートナーとして名乗りを上げたら、玉砕するかな? それとも可能性があるだろうか。どう思う?』
わからない。ジルのくせに、なに無駄なこと聞いてるんだ。相手の名前を書かないで聞いたって、どうしようもないだろう。
ジルはバカじゃないから、これは書いてるだけだな。聞いて欲しいんだろう。
『まあ、とにかくやってみることにする。みんなの前で堂々とロマンチックに頼んでみるのと、こそこそ一人のところを狙って頼むのと、どっちがマシかな? ロマンチックなことを女の子は好むもんだと友達のエドからアドバイスされたんだ。あと、プレゼントは花束の方がいいのか、アクセサリーの方がいいのか、どっちだろうな?』
ジルが恋に狂った! 相談しないで欲しい。わからないんだから。
仕方ないから、返事だけはなんとか書いた。
「わからないよ! 好きな女の子なんかいないし、意識して欲しいなんて考えたこともない」
そう書きながら、ドキドキが戻ってきた。殿下のお願いを思い出したのだ。
断ったから関係なくなったけど、一生に一度きりかも。あんなにドキドキさせられることなんて。
その場でドキドキしないでアンドレア嬢の解説後、驚いている点がおかしいけれど。
「でも、もし、自分が女の子だったら、一人きりの時の方がいいな。そして、気持ちだけで十分だな。花もアクセサリーもいらない」
もし女の子だったらって、実は女の子だけど、本当に私のことを好きだと言う人が現れたら、そしたら私はどうするんだろう? 花やアクセサリーは欲しいんだろうか?
付け加えることにした。
「気持ちが本当なら、欲しいかもね。よくわからないけど、きっと心がこもっていたら大事にしてくれると思う」
うん。これでいい。
『こっちの話ばかり聞かせてごめん! 全く役には立たないと思うけど、好きな子が出来たら愚痴は聞く!』
のろけではなく愚痴か……。思わず笑った。私はふられる前提なんだ。
相変わらず、ジルはジルだ。
『正直、一応準備は重ねているんだ。その子のこと、とっても大切なんだ。だから周到に手配した。本人の気持ちは大事にするつもりだけど、逃さないつもり』
わああ……。
ジルはこういうところがある。なんなんだろうな。黒いと言うか。
私は、そろそろ暗くなり出した図書館の外を見た。もう戻らないとアリスがうるさいだろう。
恋か……。
不思議。私には、あんまりご縁はなさそうだけど、あのジルが(逃さないよう準備を重ねているあたりが冷静で現実的なジルらしいと言えばジルらしいが)そんなものに囚われているなんて。