第10話 エクスター殿下からのダンスのお誘い
面倒くさい状態はその日一日続いた。
昼食時には、エクスター殿下までわざわざやって来た。
「フロレンス・ウッドハウス嬢?」
彼の目には本気の驚きがあった。
私はまた立ち上がって礼をした。
「どうしたの?」
「侍女が実家から参りまして……」
私は、殿下に向かって、もう一度訳の分からない言い訳をひとくさり詠唱しないわけにはいかなかった。
私だってわかっている。どこの世界に、面倒だからって、せっかくの美貌を持ち腐れている女がいると言うんだ。
でも、朝2時間早く起きるのって、大変じゃありませんか? いくら淑女のたしなみとか言われてもねえ……
彼は、すらりとした体躯の礼儀正しい生徒だった。
キラキラ光るような金髪と碧い目の持ち主で、確かに女生徒にキャアキャア騒がれるだけのことがあった。
その彼が感嘆の色を浮かべて、私の顔に見入った。
「ほんとに美しい。あなたがここまできれいな方だとは知らなかった。姉上に勝るとも劣らない……」
大人しく姉のファンをしておけばよいものを。また、アンドレア嬢が襲って来るではないか。
「まあ、身に余る光栄ですわ」
姉と比べて身に余る光栄っておかしい気がしたけど、セリフを思いつかない。
しかし、殿下は去らなかった。彼はちょっと声を弾ませて言葉をつづけた。
「あの、どうだろう? 今度の生誕祭なのだけれど、ダンスのパートナーをお願いできないだろうか?」
「はい?」
私は驚いた。
「殿下はずっと前に誰かお相手が決まってらっしゃるものだと思っていました」
「そうではないんだ。いい人がいなくて。それに申し込むのって、なかなか照れくさいもので。断られたらどうしようかと思ってしまって」
思わず私は殿下の顔を見た。こんなにきれいな顔をしてて、何言ってんだ。
「殿下を断る女性なんかおりませんわ。アンドレア嬢とか……」
思わず言ってしまったが殿下はサッと顔をしかめた。ほんのわずかの瞬間だったが。
すぐに彼はいつもの笑顔に戻って話し続けた。
「あなただって、引く手あまただろう?」
思わず私は笑ってしまった。そこは否定しないのか。エクスター殿下はモテまくるだろう。私とは違う。
「いいえ。お申込みなど誰一人おりませんわ」
あ、しまった。なんか墓穴を掘ってしまったか、今。
「では、ちょうどよい。ぜひ!」
「あ、でも、心配した友人がお友達を紹介してくださいましたの。それで、その方と行くことになりました」
殿下は黙った。
「その方のことが好きなのですか?」
「え?」
私はエドワード・ハーヴェスト様を好きかどうかなんて、全然考えたことがなかったので、言葉に詰まった。
これから好きになるかもしれなかったが、今のところは何の感情もない。
「好きだと言うならあきらめますが……そうでないなら」
「……身に余る光栄ですわ」
二度目だ。ほかにセリフを思いつかない。
「ですけれど、私も相手をしてくださる方がいなくて困っていたところへ手を差し伸べていただいたのです。あちらもお相手がいなくて困っていたそうですので、その方に申し訳ないことになってしまいます……」
「そのお相手のお名前は?」
私は迷った。エドワード・ハーヴェスト様にご迷惑は掛からないだろうか。
「名前は?」
殿下は繰り返した。
その頃にはすでに二、三十人の生徒が私たちの周りを遠巻きに見物していただろうか。全く当惑した。
そして、人垣の先にチラリとジュディスの顔が見えた。彼女は何かサインを送っている。何のサインなのか分からないが、きっとあれはOKしろと言っているのだろう。間違いない。
「殿下からお誘いいただく前の話ですので、他意はございません。エドワード・ハーヴェスト様とおっしゃいますの」
「繰り返して聞くが、その方と付き合ったりしているわけではないんだね? あるいは、その方以外の誰とも?」
「ハーヴェスト様とは、先日、初めてお目にかかりました。男の方の知り合いなんか、一人もおりませんわ」
事実は事実。それ以外の何物でもない。
「よろしい。そうか」
殿下はにっこり笑った。この方は、本当に美しい。思わず顔に見とれてしまった。
だが、何かが目の奥できらめいている気がする。前も思ったが、やっぱり腹に一物ありそうな目つきだ。
どうもこの人は、評判通りの善良で礼儀正しい貴公子だけではないらしい気がしてきた。
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