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陰でギルドを支え続けていた剣聖、「お前の力はもういらない」と言われてギルドを追放される。「頼む! 戻ってきてくれ!」と言われてももう遅い

「頼む! 戻ってきてくれ!」




冒険者ギルド《悪魔の瓜》のギルドマスター、マルティンは、アゲルの肩を掴んで懇願した。


マルティンの顔は今やすっかりと青ざめ、目の下には色濃い隈さえ浮かんでいる。

弱り、怯え、やつれたその表情には、彼のかつての自信に満ちた表情は欠片もなかった。

そこにはただ、絶望的な運命に逆らおうとする、ひ弱で卑屈な男がいるだけだった。




なんて情けない表情なんだ……。




これがあのマルティンなのか。

いつもいつもギルドマスターとして偉そうに人に指図をしていた男と同一人物なのか。

あの日、自分に「もういらない」と言い放ち、ギルドから追い出した人間と――本当に同一人物なのだろうか。


その様を見て、アゲルの顔に意図せぬ微笑が浮かんだ。




「何言ってるんだ、もう遅い」




敢えて突き放すように、冷たく言ってやる。

その言葉に、マルティンが悲鳴のような声を上げた。


「そんな……! お前が居なくなったらどうなる!? 僕にはお前が必要なんだ! 頼む、帰ってきてくれ!」

「知るかよそんなもん。自分で考えろよ。お前は天下の《悪魔の瓜》のギルドマスター様だろ?」

「そんな……!」


マルティンが絶句した。


もうあの日々は帰らない。

二度とアゲルという男が戻ることはない。

そう悟った男の痛恨の表情がそこにはあった。


あぁ、気持ちがいい。

この男のこんな表情が見れるなんて意外だった。


アゲルはかつて仲間だった男の顔を笑顔と共に見た。




「じゃあ俺はいくからな。せいぜい、お前も頑張ってくれよ」




アゲルは微笑と共にそう言った。









なぁ、マルティン。

お前との付き合いはずいぶん長くなっちまったな。

俺とお前は貧民街の孤児だった。

俺とお前はゴミ山のど真ん中で出会ったんだったな。




こんな狭くて汚くて暗いだけの世界、僕は大嫌いだ――。

いつか絶対にここを出ていってやる――。




お前は俺にそう言った。

俺はその一言に頭をどつかれたように感じた。

毎日毎日食うや食わずで。

泥水を啜り、残飯を漁って、小銭欲しさに街行く人たちの手を引いて。

寝場所はどこかの廃屋の軒の下。

狭くて、汚くて、暗くて、寒くてな。

光なんか一筋も見えない世界で。

希望なんて言葉が作り話にしか思えない世界で。

俺はお前の確かな怒りを感じて驚いた。

自分が置かれた状況に憤れる人間がいるって事実を知って。

俺は状況に憤ったことすらなかった。

狭くて、汚くて、暗くて、寒くて。

それが当たり前の世界だとばかり思っていた。




俺にはお前が光に見えたよ。

俺の頭上にはどでかい太陽があるんだって。

見えていたのに見えなかった光があったんだって。

その時、俺は初めて俺は光の眩しさを知ったような気がしたんだ。




僕たち二人でギルドを立ち上げようぜ。

お前は俺にそう言ったよな。

今思えば馬鹿馬鹿しい話だった。

十歳を数えたばかりのガキが二人、冒険者ギルドを立ち上げる。

そんなことは夢のまた夢、おとぎ話だった。

だけど、俺たちはこの暗がりから出ていく方法を、他には知らなかった。

ギルドを立ち上げて仲間を作って。

冒険者になりさえすれば、人生は拓けていく。

お前はその不確かな可能性に賭けることにしていたんだ。

何も考えちゃいない俺とお前はなにもかも違っていた。




それからは、正直もう思い出したくねぇよ。

ゴミ山から拾ったものを売って、カネを貯めて。

よくもあんなガラクタに値段を付けて売ろうと思ったよな。

俺たちのやっていたことは商売じゃなくて物乞いだった。

みじめで、恥ずかしくて、思い出すたびに身震いがするさ。

でも、あの時の俺たちはこの世の誰よりも真剣だった。

いつかこれが俺たちの人生に繋がっていくんだって。

これが希望への第一歩なんだって。

俺たちは信じて、5年間も頑張ったんだよな。




《悪魔の瓜》なんて笑っちまうね。

やっとこさ溜まったカネでこ汚い廃屋を買い取って。

バラックの板をひっぺ返して。

俺がそこにデカデカと《悪魔の瓜》と書いた。

本当は《悪魔の爪》って書こうとしたんだ。

無学な俺たちは字の間違いに何年も気づかなかった。

間違いだとわかっても、お前は大笑いするだけで俺を責めたりしなかった。

いいじゃないか、悪魔の瓜なんて。

きっと死ぬほど苦くてまずいんだ。

僕たちは悪魔の瓜になってやろう。

全ての怪物を中毒させる天下一のクソまずい瓜になってやろう。

俺とお前はそう誓いあったんだっけ。




それからは、下積みだった。

やっと剣が支え持てるだけの15歳のガキに、ダンジョンは冷たいところだった。

下級のモンスターに何回もボコボコにされてよ。

生きてるのが不思議な怪我も何度か負った。

折ってない骨のほうが少ねぇよ、俺たちは。

冒険者の中には、貧民窟上がりの俺たちを露骨に差別する奴らも多かった。

ここはガキの来るところじゃねぇ、なんて言われるのは上の上。

中には唾を吐きかけたり、俺たちを囮に使うような奴も多かった。

でも俺たちは毎日毎日痛む身体を引きずってダンジョンに潜り込んだ。

俺たちはやっと自分で掴み取れる人生を得たんだ。

今更それを手放せるかよ。




3年も経てば、それなりに体力もついてきて、経験も積めて。

下級のダンジョンだったらなんとか攻略できるようになってきた。

少ないけど、それまでの俺たちにとっては見たことも聞いたこともない額のカネが入るようになってきて。

仲間にしてくれ、って、時々でもあっちから声かけられるようになってきてさ。

俺たちはそれでも我武者羅に戦い続けた。

それ以外光を見る方法を知らなかったから。

ドブの底から太陽だけを眺めて、藻掻いて藻掻いて藻掻いて――。

俺たちは水面より上にある美味い空気を吸おうとしてたよな。




そこそこカネが溜まってくりゃ、次は物件探しだ。

借金すりゃ、やっと王都に事務所を構えられる額のカネが溜まったからな。

笑っちまうよ、あんな狭い事務所を選ぶのに半年だぜ?

みんな、夜逃げ後だの、自殺物件だの、便所の裏だの、そんなもんばかり。

どう考えても悩むような選択肢はなかった。

でも俺たちはその中で一番条件がいい物件を買い取った。

やっとそれなりに座れる机と椅子とを運び入れて。

木っ端娘を口説き落として、騙して連れてきて受付嬢にして。

ギルドを開いたんだって実感が湧いたのはそのときだったな。




あの木っ端娘にはお互い苦労させられたねぇ。

冒険者だっていうから仲間になってやった、受付嬢なんてしない――!

最初のうち、女拳闘士サマは不満タラタラでね。

面接に来た冒険者をぶん殴るなんてしょっちゅう。

中にはあいつにセクハラ働いて、キンタマ潰された奴もいたっけな。

こんなじゃじゃ馬見たことねぇよって、ご近所さんには噂されてたよな。

でも、アイツはバカなりに素直で、なんだかほっとけねぇやつだった。

お前がアイツを冒険者じゃなくて受付嬢にした理由も気づいていた。

二親に死に別れて、アイツには食わせてかなきゃいかない弟がいた。

アイツに死なれたら、弟は生きていけなくなるんだ。

だから不満言いつつも、アイツは辞めるとは一言も言わなかった。

そしてマルティン、お前のことだけは殴らなかった。

きっと感謝してると思うよ、お前には。




だから、お前がアイツにプロポーズするつもりだって言った時。

俺はお前と初めて殴り合いの喧嘩をした。

俺だってアイツを渡したくなかったからな。

あの時、俺は二本前歯が折れて。

お前は右手の指の骨を三本折った。

飽きるまで殴り合って、結局俺が勝った。

俺は失神したお前を事務所まで引きずっていって。

びっくりしてるアイツに言ってやった。

オイお前、この馬の骨を旦那にする気あるか、ってな。

アイツは顔を真っ赤にして俯いちまってよ。

ずーっと黙り込んだ後、あるよ、って、たった一言。

それを聞いてやっと俺も気を失うことができた。

バカ言え、気づかなかったわけあるかよ。

アイツの視線はずっとお前を追ってたことだって。

俺にはついてきてくれないんだって。

みんなみんな気づいてたさ。

嘘じゃないぜ。




お前とアイツの結婚式は、あの油臭い飲み屋でやったな。

当時の俺たちは事務所の購入費用で借金まみれ。

花嫁衣装はカネがなくて買えないってんで、僧侶(プリースト)が徹夜でレースカーテンを繕ってさ。

結婚指輪は蛇口のバルブを削って。

神父は昔その道の修行をしたことがあるってだけの暗殺者で。

余興は戦士のオッサンの腹踊りで。

ブーケトスの花はそこらのタンポポの束ねたやつ。

ケーキはパンケーキにロウソク突き刺したものと来たもんだ。

それでも、お前とアイツは幸せそうだった。

俺たちも気絶するまで飲んで、笑って、歌ってよ。

あの時、アイツを取られて悔しかったけど。

それでも俺はお前に心から感謝したよ。

やっと俺たちも、こんなふうに笑える場所に来たな、ってさ。




アイツはボコボコ子を産んで、最終的には男が三人、女が二人。

大家族になって、ますますお前は危険なダンジョンに行くようになった。

バカやめろよ、って俺は何度も何度も諌めた。

あの子たちとアイツから、親父を奪う気か、ってな。

それでもお前はいつもいつも笑ってこう言うんだ。

腹いっぱい食わせてやりたいからな、って。

俺たちは他になんにも知らないけれど。

でも、飢える苦しみだけは知って知って知り抜いていたからな。

だからお前は必死だった。

結局、俺もお前に付き合って、高難易度ダンジョンに行く羽目になる。

A級ダンジョンでミノタウロスに出くわした時はホント怖かったよ。

お前だけは死なせちゃいけねぇ、ってよ。

俺なりに必死だったんだぜ。

俺の左腕は、お前の子供たちと、その子たちの母親にくれてやったんだよ。

だからお前が気に病むことじゃねぇんだ。




俺が片腕になってから、お前は何回も何回も俺に詫びたよな。

すまない、すまない、って。

僕が代わりにやられるべきだった、って。

冗談じゃねぇよ、って俺はいつもお前に言った。

あのとき、俺はむしろ、お前が心配だったよ。

幽霊みてぇに真っ青な顔して。

毎日毎日ベッドの横で陰気に泣かれて、謝られてみろ。

もしかすると病院の帰りにフラッと身投げするんじゃねぇかって、本気で心配だったよ。

だから暗殺者の野郎が変な気を起こさないよう、お前を常に見張っててくれた。

女拳闘士はお前のカミさんとして、必死になってお前を立ち直らせた。

戦えなくなったお前や俺の代わりに、戦士のオッサンが傷だらけになって戦った。

僧侶が、私があなたの左腕になると言ってくれた。

こういうのもくせぇんだけどさ、俺たちは本当に仲間に恵まれたよ。

だから俺も必死になって片腕をカバーする戦いを身につけた。

せっかく立候補してくれた左腕サマに負担はかけたくなかったからな。




お互い身を固めて、30も過ぎた。

冒険者としてはますます脂が乗る頃だ。

そんな思いもあって、俺たちはとうとうS級ダンジョンに手を出した。

ここを攻略できれば、名実ともに一流の冒険者ギルドになれる。

やっとドブから頭出して、美味い空気吸えるようになる。

思えばそんな高望みが怪我の元だった。

あの日、俺たちは運悪く三体のオークと出くわした。

僧侶が必死になって俺たちを回復させた。

暗殺者の野郎は死ぬ気で奴らに向かっていった。

お前と俺は何回も何回もあいつらに斬りつけた。

それでもあいつらは倒れねぇし諦めねぇ。

最後の一体が僧侶を狙った時。

戦士のオッサンが身を挺してその攻撃を受けた。

オッサンのどてっ腹には大穴が空いて、信じられない勢いで血が吹き出した。

なんとかオークを始末して、俺たちはオッサンを抱え起こした。

オッサンは俺たちの頭を順に撫でて言った。

ありがとうな、お前らのおかげで立派な死に方ができるよ――。

それが最期の言葉だった。

実はな、俺、過去に一回だけオッサンの昔話を聞いたことがあるんだ。

オッサンは昔結婚していて、カミさんも息子もいたそうだ。

けれど何かボタンのかけ間違いがあったのかなんなのか。

カミさんは心を病んで、まだ小さかった息子を道連れにしてしまった。

オッサンはそのことを死ぬまで悔いていた。

なんで俺はあのときアイツの声に気づかなかったんだろう――って。

あのオッサンが、厳つくて、分厚くて、筋肉ダルマみたいなオッサンが。

身体を丸めて泣くんだよ。

俺は何も言えなかった。

ただ、俺たちは戦士のオッサンの息子たちであり、家族なんだって。

誰にも言わなかったけど、俺はそう思ったんだ。

だからオッサンは誇らしく逝ったんだ。

そういう顔してただろ?

――ん? あぁなんだ、わざわざ来たのかよ。

安心しろよオッサン、そんな目で人を見るな。

ちゃんと誰にも言わずに持っていくからさ。



40も越えた。

50も数えた。

《悪魔の瓜》は名実ともにこの国いちの冒険者ギルドになった。

お前や俺の息子たちも立派に成人した。

もうギルドをあいつらに預けて隠居してもいい頃だった。

でも、お前はギルドマスターの椅子を手放さなかった。

ここまで図体がデカくなっちまえば、やらなきゃいけないしんどいことも出てくる。

お前は徹底的に嫁バカで、親バカだったからな。

そんなつらい思いをさせたくなったんだろ? 知ってるさ。




そんで、あのときのことだ。

お前は俺を呼び出して、こう言った。

『アゲル、もういいよ』ってな。

最初は何を言われてるのかわからなかった。

俺は間抜けに意味を聞き返した。

お前はすまなさそうな顔で言ったな。

ガキの頃からずっと今まで僕に付き合ってくれてありがとう。

お前の助けがなかったら、お前の力がなかったら。

このギルドがここまで大きくなることなんてなかっただろう。

だから、そろそろ僕から自由になってほしいんだ。

僕のやる事に今まで付き合わせてすまなかった。

ここまでお前に力を尽くさせた事を申し訳なく思う。

だから――もういいんだ。

お互い、子供は立派に成長したし仲間も増えた。

安心してあいつらにこのギルドを任せられる。

ギルドマスターとして、これが僕の最後の仕事になる。

このギルドには、お前の助けはもういらないよ。

引退して、自由になってくれ――。




そう言われて。

俺は初めてお前に心から反発したよ。

俺が洒落や冗談や同情でお前と付き合ってきたと思ってるのか、って。

俺には、いや俺にこそ、お前が必要だった。

どんなに汚いドブの中にいても。

どんなに臭いゴミ山の上でも。

お前がいなきゃ俺の人生は真っ暗なままだった。

自由になる? 馬鹿も休み休み言え。

俺はお前が好きだから一緒にいたんだよ。

俺は心の底から自由だからお前の隣りにいたんだ。

ここから俺を放り出すなんてやめてくれ。

俺の力がいらないなんて言わないでくれ。

俺は死ぬまでお前の隣にいたいんだよってな。




ジジイに泣きながら怒鳴られて、さぞお前も迷惑だっただろう。

でも嘘じゃない。

俺にはお前が必要だったんだ。

ジジイになったお前はなかなか頑固だった。

同じくジジイになった俺も同じぐらい頑固だった。

結局お前は、俺の反論を聞き入れてくれなかった。

俺はギルドを引退することになった。




お前が俺に時間をくれたのは有難かった。

俺の残り時間がそれよりちょっと短かっただけだ。

あのときのお前は、俺の病気のことを知らなかったからな。

若い頃から無理に無理を重ねた俺の身体は引退するとうの昔からボロボロだった。

あと一年持てばオンの字だって、医者はそう言いやがった。

お前に引退してくれって言われる半年前の事だった。

俺は、自由になるには歳をとりすぎてた、ただそれだけだ。

お前から離れるのにしても。

孫たちとゆっくり時間を過ごすにしても。

墓石の前で嫁と思い出話するのにも。

このポンコツの身体は許しちゃくれない。

何もかも――ただちょっとだけ、遅すぎただけなんだよ。




「頼む、戻ってきてくれ!」




そんな怒鳴らなくても、聞こえてるさ。

こんなすぐ近くにいるじゃねぇか。

あんまり見栄えのいいもんじゃないぜ、ジジイが泣きわめくのは。

そして、次はもう戻らないからな。

わかるだろ? もう俺を呼び戻さないでくれ。

この苦痛だらけの身体から俺を自由にしてくれ。



「なんで病気のことを僕に言わなかった!? ちくしょう! 戻ってこい! ダメだ、逝くな!」



うるせぇよ。

言ったら言ったで、お前はまた気に病むだろうが。

あぁ、くそ――。

なんだか、途轍もなく眠いんだ。

絶対にそうなりたくねぇのに。

さっきまであんなに痛くて苦しかったのに。

今度はなんだかとても――気持ちがよくなってきやがった。

どうしても死神は俺のことを連れていく気らしいな。




「僕にはお前の力が必要なんだ! 頼む、帰って来てくれ! 僕だって、僕だってやっとギルドマスターを引退できたってのに! 何もかも、僕たちはこれからなのに――!」




あぁ、あの時の言葉の意味がやっとわかったよ。

俺はお前から放り出されたわけじゃない。

ギルドの経営者とその相棒って関係じゃなくて。

重ね着しすぎた服を全部脱いで。

もう一度、スラムの素っ裸の二人になろう。

天下一のクソまずい瓜同士に戻ろうってことだったのか。

大概素直じゃねぇよ、お前は。

なら、そう言やいいんだ。

いや――それもあんまり照れくさいか。

俺とお前の仲だもんな。




――ん、あぁなんだ、お前らも来たのかよ。


おい女拳闘士、随分若返ったじゃねぇかよ。

子供生んでからプクプク太りやがって。

ババアになってからは遠慮なく老けやがってよ。

一度でもお前に惚れたの、後悔しねぇことなかったぜ。




それに引き換え、俺のカミさんは美人だねぇ。

おしとやか、たおやかってのはこういう事を言うんだ。

よく見とけじゃじゃ馬娘。

――ん? なんだよ、お前までそんな顔すんなよ。

え? 長い間一人にしてごめんなさいって?

バカ言えよ、気にすんなよ。

そこの拳闘士と違って、お前は一番キレイだった時に死んだからいいじゃねぇか。

写真の中のお前はいつまで経っても老けずに美人だったんだから。

おかげで子どもたちも立派に成長したよ。

母さんはいつでも笑ってお前たちを見ていてくれてるぞってな。

何も泣くことはねぇんだよ。




おい暗殺者、お前はあの世でも相変わらずそんな気色悪い格好してんのか。

へん、お前はどうしようもない悪党のくせに、妙に仏心あるやつだったな。

俺の腕がなくなってから一度、マルティンが木の枝に縄掛けてぶら下がりかけたことあったろ?

あの時、お前はマルティンが気づかないよう、ナイフを投げて縄を切った。

俺が人助けすんのはこれが最初で最後だなんて殊勝なこと言いやがって。

その割には、お前の葬式はとりわけ豪華で、泣き喚く声がうるさかったよ。

一体何人がお前を惜しんで泣いたか知ってんだろうな。




おお、戦士のオッサン、改めて、あの時はすまなかったな。

俺のカミさんを助けてくれてありがとうな。

――おっ、それがオッサンの家族か。

ふぅん、おい坊主、なかなかいい目してるな、お前。

お前来世では立派な冒険者になれるぜ。

俺が言うんだ、間違いねぇよ。




それじゃあみんな揃ったし、そろそろ逝くとするか。

神様を待たせちゃ悪いからな――。







「お願いだ……頼むよ、戻ってきてくれ――僕を、僕を独りにしないでくれ――!」




マルティンはゆっくりと冷たくなってゆく友の掌を握りながら、飽くることなく慟哭した。







伝説の冒険者ギルド《悪魔の瓜》の創設メンバーにして、


剣聖と謳われ、広くその武勇を知られた男、


名だたる冒険者たちの偉大なる師範であり続けた男、


四男一女の父であった男、


《悪魔の瓜》のギルドマスター、マルティンの親友だった男、


アゲル・ジックリート。



片腕になりながらも戦い続けた、その永きに渡る旅は(ようや)くここに完結した。




享年62歳。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

まさかの悪役令嬢モノではなく、追放モノです。

もしお気に召しましたら、評価・ブックマーク等よろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
[一言] 泣ける話ですな
[良い点] 良かったです。 「戻ってきてくれ!」 キますね~
2021/02/01 14:51 退会済み
管理
[気になる点] 「悪魔の瓜」が、誤字なのか、誤字ではないか。
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