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 乙女ゲーム『テイク・マイ・ハンド〜差し出された運命』はヒロイン・サラが攻略対象の男性たちと恋仲になる物語だが、その背景にある大問題の一つが、帝位継承をめぐる戦いである。時の皇帝が重病で伏せったことがきっかけとなり、皇子たちとその母親である王妃や愛人たち、その親族、そして宮廷の重臣たちが暗躍し、最後には血みどろの殺し合いに発展するのだ。もっともその争いはもっぱら宮廷で行われるので、アカデミアには基本、噂かニュースが届くのみだ。


 しかしながら、攻略対象4人のうち2人は、その殺し合いの当事者である。だから、自ずとサラと彼らの恋物語も血生臭いものになるのは避けられないのであるが……。


「やあ。今日はこんなところにいたのか」


 いつものように人気のない庭園のベンチで本を読んでいたアマリアの前に現れたのは、問題の皇子の一人、アルヴィである。このところ彼は、アマリアがこうして一人でいる時に限って、姿を見せるようになっていた。


「……ごきげんよう」


 アマリアは形だけの挨拶を返し、再び膝に置いた本に目を落とす。歓迎していないと態度で示したつもりだったが、男はまったく意に介していない様子で、図々しくもアマリアの隣に座る。


「勉強熱心だね。感心するよ」

「……ありがとうございます」


 先日、屋上庭園で二人を襲ったのはアルヴィを狙った暗殺犯だった。フェンスを破壊したのは風のルーン持ちにしか使えない上級魔法を使った攻撃で、その意図がアルヴィの殺害、そして宣戦布告にあるのは間違いなかった。


「ああ、そうだ。この間、ハンカチのお礼に入っていたビスケット、とてもうまかったよ。もしかして手作り?」

「女子寮の購買で買ったものです」

「そうなんだ。女子寮っていいよね。男子寮は味よりボリュームが命って感じで、ああいう気の利いた感じの茶菓子はあんまり置いてないんだ」

「そうですか」


 あからさまな生返事をしても、アルヴィは笑みを絶やさず、機嫌良さそうに会話を続ける。最近帝都の女性の間で鮮やかなブルーのお茶や色の変わるお茶が流行っているとか、貴族を狙った通り魔が頻発しているとか、アカデミア内の教会地下に秘密の地下室があるという噂が流れているとか、アマリアにはどうでもいい話ばかりだ。いい加減面倒臭くなり、アマリアはため息を一つついてから、隣の男に向き直った。


「あの」

「何だい?」


 流れるような銀色の髪、彫像のように整った顔、神秘的な水色の瞳。これに甘い笑みを浮かべれば、大抵の女の子は参ってしまうのだろう。だが、アマリアは違う。


「一体何のご用でしょうか。そろそろ話していただけませんか」

「別に用なんてないよ」

「なら、もう……」


 来るなと言いかけたアマリアを遮って、アルヴィはニヤリと口の端を歪めた。


「妹のサラに近づくな。あの約束はちゃんと守ってるよ? 二人でいる時には声をかけたりしてないでしょ」


 先の暗殺事件の直後、アマリアはこのことを伏せるよう、アルヴィから頼まれた。アマリアは二つ返事で了承した。ただし、妹のサラに絶対に近づくなと条件をつけて。


「……一人の時にも近寄らないで欲しいのですが」

「ひどいなあ。そんなに俺のこと嫌い?」

「ご無礼を承知ではっきり申し上げますと、あのようなことに巻き込まれるのは二度とごめんですわ。ですから、近寄らないでください」

「ならば、妹じゃなくて自分に近づくなと言えばよかったのに」

「……」


 アルヴィの言うことは確かにその通りで、失敗したなとアマリアも思っている。私たち姉妹に近づくな、あの時そう言っていれば全て丸く収まったはずだ。だがまさか、アルヴィが自分に興味を持つなど思いもしなかったアマリアであった。


「まあいいや。そんなに嫌われているなら今日は退散しよう」

「はい、ごきげんよう」


 立ち上がったアルヴィは二、三歩進むとふいに立ち止まり、振り返ってアマリアを見下ろした。


「そうだ、その前に一つだけ」

「なんでしょうか」

「……実はさっき、ちょっと大きな知らせが届いてね。それを君に教えた方がいいと思って」

「はあ」

「今朝、マルクス兄上が死んだってさ」

「……え!?」


 アマリアはぽかんと口を開け、信じられない思いでアルヴィを見つめた。第一皇子マルクスといえば、風のルーンを持つ上級魔術師としてその名を知られた人物だ。母親は元々宮廷に出仕していた没落貴族の娘だったが、マルクスの存在によってその一族はメキメキと力をつけており、次期皇帝候補と名高い人物である。先のアルヴィ暗殺未遂も風の魔法が使われていたことから、マルクス派の仕業だとアマリアは考えていた。


 わざとらしく一つため息をついて、男はさらに小声で話を続ける。


「表向きは流行り病による病死ってことになるけど……アマリアちゃんならこの意味わかるよね」

「……まさか……」


 アルヴィはいつも通りの笑顔のまま、ゆっくりと首を左右に振った。


「それ以上は口にしない方が利口かな。というわけで、次に狙われるのはレオかもね……。それじゃ、また」


 それだけ言うと、銀髪の男はあっという間に姿を消した。人気のない庭園には呆然としたアマリアだけが残された。


 その翌日、第一皇子マルクスの死去が公式に発表された。死因は病死とされていた。

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