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三人は螺旋階段を降り、長い廊下を緊張の面持ちで進んでいた。天井が高くやたら広い廊下で、道案内の燭台が並べられ、いかにも重要な部屋へと続いているという雰囲気だったが、所々にドアや別の通路への入り口があり、時折敵と遭遇しそうになることもあった。
幸いなことに、三人が敵に気付くより先に、敵が三人に気付くことはなかった。これにはハンヌの魔術による功績が大きい。
石造りの遺跡内では、どれほど気をつけて歩いても足音を消すことはできない。だが今、三人の足元から一切の音は出ていない。ハンヌの行使した土の上級魔術により、地面からほんの少し浮き上がっているからだ。
ハンヌはさらに高い位置まで体を浮かせることもできた。遺跡に入った直後には、浮遊魔術を受けたレオが見張り番に音もなく空中から忍び寄り、背後から拘束してサラのいる場所を吐かせた上、殴りつけて昏倒させるという一幕もあった。
「こんな奴ら、燃やしてしまえばいいのに……」
のびている見張りを見たアマリアがつぶやくと、レオは顔をしかめた。
「どう見ても素人だ。……命までは奪いたくない」
実際、レオはとても強かった。己の身を守るため、そしていずれ戦場に立つ日のため、幼少期から体術や剣技の英才教育を受けた彼にとって、所詮は修道士など物の数ではなかった。
三人は見張りから聞き出した道を、音もなく素早く進んでいく。
……コツン、コツン……
遠くから微かな足音が聞こえ、反射的に三人は身動きを止めた。ハンヌは地面に手をつき、静かに魔術を行使した。三人の体はふわりと浮き上がっていき、天井付近で静止した。
ハンヌルートでは、彼が単独でこの遺跡に乗り込んで誘拐されたサラを助け出す。あまり攻撃的なタイプではない師がどのようにこの難関を突破したのか、アマリアは不思議に思っていたのだが、このような魔術を行使できるなら話は別だ。
しばらくすると三人の背後にある横道から足音の主が現れた。天井で浮遊する彼らの真下を、大きな荷物を抱えた黒いローブ姿の男が通り過ぎ、三人が行こうとする方向とは別の曲がり角に姿を消した。
「……どこにいくのかしら?」
「さっきの見張りが言っていた、教会とは別の出入り口だろう」
「二人とも静かに……また来たようです」
先ほどとは別の横道から黒いローブの人影が現れ、同じ道へと消えていく。彼もまた、大きな荷物を抱えていた。
「……逃亡の準備でしょうか」
「だろうな。もう一つの出入り口は時計塔の下だと言っていたが……」
「なんだか、何もかも信じられない気分になりますわ」
「同感だな。……早くサラを助けて帰ろう」
「そうですわね」
二人目の男もやり過ごして、三人はふわりと地上に舞い降りる。
「それにしても素晴らしい魔術ですわ。土の魔術にこんな便利なものがあったなんて」
「……遺跡調査用に開発した土の上級魔術の応用です。そう簡単に使いこなせるものではありませんが、悪用されては困りますので他言無用に願いますよ。さあ先を急ぎましょう」
アマリアはうなずいて、三人は再び先へと歩き出した。
燭台に導かれた先に、大きな木製の扉が現れた。門番はおらず、内側から鍵がかかっているようで簡単には開きそうになかった。
アマリアが耳を押し当てると、中から人のざわめきのようなものを感じた。奥に多数の人々がいるのは間違いなく、おそらくその中心にサラがいる。
「開きそうにないですね」
「別の入り口を探すしか……」
レオとハンヌが話しているのを横目に、アマリアはその奥で繰り広げられている惨劇を思った。もしも、もう儀式が終わっていたら……手首と頸部を切り裂かれ血まみれになったサラの姿が脳裏に浮かび、アマリアは反射的に拳を握りしめた。
——サラを害する奴らなんて、私がみんな燃やしてやる。
「二人とも下がってください」
アマリアの静かな声に、レオが顔をしかめた。
「アマリア? まさか……」
「ええ。トゥーリ家秘伝の火の魔術、見せてごらんにいれますわ」
「待て、気づかれたら戦闘になる。向こうにも魔術師がいるはずだ。そうなるとさすがにこちらが不利になる」
「その通りです。我々まで倒れたら、一体誰がサラを助けるんですか」
たしなめる二人に対し、アマリアはポケットから丸い石を取り出して無言のまま差し出した。
「これは、青い……宝石?」
首をひねるレオに対し、ハンヌは目を見開いて食いつくように小瓶の中身を眺めた。
「……藍水晶……古代魔術を封じた特殊な石ですね」
「さすがハンヌ先生。一目でわかるとはお見それいたしましたわ」
「そう簡単には手に入らない代物です。どこでこんなものを」
「実家から拝借してまいりました」
ギョッとした顔でレオがアマリアを見つめた。
「なっ! 確かに四大家の一つ、トゥーリ家ならあるかもしれないが……アマリア、いつの間にこんなものを持ち出して……」
咎めるようなレオの視線は無視し、アマリアは淡々と説明した。
「この石には人々から力を失わせる魔術が込められています。特定の火の魔術に反応する仕組みですから、うまくやれば扉の向こう側にいる方々を一気に無力化することが可能かと」
「使ったことはあるのか?」
「もちろんありませんが……一度見たことがあります」
前世、ゲームの中で。と心の中で付け加える。レオルートで婚約者を奪われたアマリアは、その祝賀パーティの席でこの石を使い、サラを誘拐して自ら火の魔術で焼き殺そうとするのだ。
「レオ様。この石の使い方をお教えしますから、私が扉に穴を開けたらすぐ、これをできるだけ部屋の中央付近に向けて打ち込んでください」
「何を言っているのですか! 貴重な古代の遺跡ですよ!?」
横からハンヌが声を上げた。だがアマリアは「非常事態です」と言い返し、意に介する様子はない。ハンヌが怒りを示す一方で、アマリアの言葉にレオは視線を逸らし、考え込むようなそぶりを見せた。
「……サラはどうなる。それに、私たちも力を奪われてしまうのでは?」
「それは問題ありません。発動する瞬間、その光を見なければいいのです。打ち込んだらすぐ、扉の陰に隠れてください。……もしかするとサラは見てしまうかもしれませんが、回復するまでそれほど時間はかからないはずです」
「つまり、敵を無力化できる時間も短いということですね」
「その通りです。ルーン持ちならその時間は更に短くなるはずです。サラを救助し次第、急いで私たちも逃げなければなりません」
レオとハンヌは一瞬視線を交わした後、しばし沈黙した。
「ご協力いただけないのなら私が一人でやります。最初からそのつもりでしたし」
「わかった。やろう」
アマリアの決意が固いのを見て、レオがうなずくと、ハンヌも仕方ないと賛同した。




