表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/32

25

「ここは……」


 眼が覚めると、サラは見知らぬ部屋にいた。壁も天井も石造りで、高い天井からぶら下がった古い小さなシャンデリアのみが唯一の光源になっていた。それほど広くない部屋にはベッドと小さな椅子以外の家具はなく、ドアの他には窓すらない。


 起き上がるとかすかに頭痛がして、サラは思わず額を押さえた。制服のままで特に乱れたところはなく、ベッドの脇には靴が揃えて置かれていた。ただ、持っていたはずのカバンは見当たらない。一体何が起きたのか、全く見当もつかなかった。


「お姉様……ご無事なのかしら」


 サラは呟く。リクハルドはアマリアが事故に遭ったと確かに言っていた。それで教会に行ったのに、そこにはアマリアの姿はなく、息を弾ませていたところに差し出された冷えたレディーブルーを飲んで、それから先の記憶がなかった。


 殺風景な部屋を見渡し、サラは思わず身震いした。


「まるであの地下室みたい……」


 かつてトゥーリの家に連れられて来てすぐのころ、サラはアマリアに怪我を負わせた咎で地下室に閉じ込められたことがある。泣いても叫んでも誰も助けてはくれず、幼いサラは暗い地下室で身を縮こませているしかなかった。


 遠い記憶を呼び起こされ、サラは深くため息をついた。あの時はアマリアが迎えに来てくれるのを待つしかなかった。だが、今は違うはずだ。


 サラはベッドから立ち上がり靴を履いた。ドアは木製でとても重そうだったが、ドアノブを回して押すとすんなりと開いた。戸惑いつつ、そっと外の様子をうかがう。ドアの外にもろうそくに照らされた殺風景な石造りの廊下が続いていたが、人の気配はなかった。


「あのー、どなたかいらっしゃいませんか?」


 サラは恐る恐る声を上げたが、自分の声が反響するだけで、誰からも返事はない。なんとなく音を出すのがはばかられるような気がして、サラは静かにドアを閉め、なるべく足音を出さないようにそろそろと足を踏み出した。


 廊下の脇にはいくつかドアがあったが、ノックしても返事が返ってくることはなかった。サラは内心怯えつつも静かに廊下を進んでいく。


 しばらく進んでいくと階段があった。サラが階段を登ろうと足を上げた瞬間、頭上からコツン、コツンという小さな音が聞こえてきた。それは確かに、誰かが降りてくる足音だった。


「あの! どなたかいらっしゃいますか!」


 サラが叫ぶと、驚いたのか足音が一瞬止まり、それからは早足で階段を降りてきた。返事もせずただ近づいてくる足音に、サラは本能的な恐怖を覚え、階段から少し離れた曲がり角に身を隠した。


 影から様子をうかがっていると、階段から一人の男が姿を現した。黒い髪に隠れて顔は見えないが、服装からして修道士のように見えた。


「……サラさん?」


 その声を聞いてサラは安堵し、思わず飛び出し、男に駆け寄った。


「修道士様!」

「ああ、目を覚ましてしまったんだね」


 リクハルドはサラを見てにっこりと微笑んだ。


「あの、ここはどこですか?」

「心配しなくていい。ここは教会の地下だよ」


 教会に地下などあっただろうか? サラはかすかに疑問に思ったが、それよりも先に聞かなければならないことがあった。


「……それよりあの、お姉様は?」

「自分の身よりお姉さんの心配かい? ……優しいね。本当に」

「え?」

「なんでもないよ。……お姉さんのことも話すから、まずは上に行こうか」


 そう言ってサラを見下ろすリクハルドの目には、有無を言わさぬ妙な迫力があった。サラはそれ以上追求することができず、「わかりました」とだけ答えた。


 リクハルドに誘われ、サラは階段を登る。妙に長い螺旋階段が続き、さすがのサラも強い違和感を抱いた。


「ここは……本当に教会なのですか? こんな深くて広い地下室があるなんて初耳です」

「ここは古い神殿の遺跡なんだ」

「そういえば、そんなお話をどこかで聞いたような覚えがあります。帝都の地下は遺跡だらけだって」

「その通り。歴代の皇帝たちは、街の上に街を重ねてこの地を発展させてきた。……ここもそんな場所の一つだよ」


 あちこちを見回すが、神殿らしい装飾の類は見当たらない。昔の地下牢と言われた方がまだ納得できるような、寒々しく味気ない作りだった。


「一説には、なんでも冥界を模しているのだとか。一般には秘密になっていてね、入れるのは教会の一部の人だけだよ」

「そうなんですね……でもなぜ、私がそんなところに?」


 サラの問いにリクハルドは答えない。嫌な予感に冷たい汗が流れ、指先が冷えていく。


 階段を上った先に、突然広場が現れた。天井から吊るされたシャンデリアと並べられた燭台が冷たい石畳を照らし、さらに奥へと続く廊下が続いていた。リクハルドに言われるまま、サラは燭台が続く廊下を進んでいく。不気味な緊張感から、サラは黙り込んだままだった。


 廊下の先に大きなドアがあった。やはり重苦しい雰囲気の、古い木でできた扉だ。


 不意に、リクハルドが低い声で言った。


「残念だよ」

「えっ?」


 サラは隣を歩くリクハルドを見上げた。その顔にはちょうど影が差していて、表情はいまいちわからない。


「……実の所、君には期待してたんだ。光のルーンを使いこなして立派な癒しの魔術の使い手になってくれるだろうと。だが見込み違いだったようだね。本当に残念だよ」

「何を……」

「本当は少し嫌だったんだ。大神に身を捧げる覚悟をしたヨーナスみたいな男ならともかく、君みたいな何も知らない女の子を器にするなんて」

「一体なんの話を……」


 ズズズ……と音がして、目の前のドアが開き、明るい光が廊下にいる二人を照らした。サラは反射的に逃げようとしたが、隣の男が強引にその腕を引っ張り、部屋の中に連れ込まれた。


「何をするんですか!」


 抗議の声を上げても、腕を掴む手をひっぱたいても、リクハルドは止まらない。


「連れてまいりました。この者が器です」


 サラが顔を上げると、周囲には黒いローブで顔を隠した人々が立っていた。身を翻して何とか逃げようとしたが、それより早くローブの人々が彼女を取り囲み、その体をすっかり抑え込んで床に引き倒していた。


「……これはいけませんね」

「申し訳ありません。薬の量が少なかったようです」

「こんなに暴れられては儀式に支障をきたします。……あれを」


 リーダーらしき男の指示で、一人が小さな器を持ってきた。


「口を開かせろ」


 仰向けに押さえつけられたサラは力の限りもがいたが、顔を隠した人々の数多の手から逃れることはできず、その口にドロリとした何かが注ぎ込まれ、鼻腔にレディーブルーと同じ花の香りが広がった。


「お姉様……」


 そう呟くと、サラは急激に意識を失っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 姉妹百合は凄く尊いです〜 サラさんに迫る危機を知りながらアマリアさんはあんまり対策を取っていないぽい。流石に同時に襲われたら仕方ないですけど。 サラさんは普通に警戒心が足りないの感じです。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ