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「サラが行方不明になった!?」


 アマリアの口からそのことを聞き、レオは血相を変えて声を荒らげた。


「しかも例の修道士に攫われただって? サラのことは自分が守ると言っていただろう!? 一体何をしていたんだ!」

「……おっしゃる通りです。面目次第もございませんわ」


 言葉とは裏腹にひどく苛立った様子のアマリアは、奥歯を噛み締め、両手を握りしめていた。サラが襲われるのは物語のクライマックスで、時期はもっと後——アマリアは無意識にそう思い込んでいた。そして、その誤りを最悪の形で突きつけられたのである。


「アマリア……」


 アマリアは大人しく座っているものの、その表情や振る舞いからは明らかな怒りがにじみ出ていた。これにはさすがのレオも戸惑った。長い付き合いではあるが、こんな様子の彼女をこれまで見たことはなかった。


「レオ、彼女をあまり責めてやるな。その代わりといっちゃなんだが、俺の命を拾ってくれたんだから」

「兄上……」


 ベッドから口添えしたのはアルヴィである。アマリアの荒療治で命はとりとめたものの、出血量が多すぎたため、しばらくはベッドから動いてはならないとの医師の厳命を受けている。


「お前だって彼女のおかげで救われたんだ。なら、過ぎたことを悔やむより、次の手を考えよう」

「そうですね……」


 レオはうなずいた。彼はアマリアの言う通りに自分の影武者を立て、怪我ひとつなく難を逃れていた。さらにはノロノロとした歩みの巡礼団と行動を共にせず、先遣隊に混ざることで早々に目的地の聖ヒルダ教会へとたどり着いていたのである。だが、事故が何者かの手によるものである可能性を危惧し、公式には行方不明のまま姿を隠していたのだ。


 怒鳴ってすまなかったとレオはアマリアに謝罪したが、当の彼女は気にしている様子もなく、はいと空返事を返すだけだった。


「それより今はお前の話が聞きたい。聖ヒルダ教会で何かわかったか?」

「ええ……ですがここでは……」

「問題ない。人払いはさせてある……彼女についてはお前に任せる」


 アルヴィはベッドに横たわったまま、ちらりと部屋の隅に座るアマリアに視線を投げた。顔を上げたアマリアは、何かを考えるようにレオとアルヴィを交互に見て、それから静かに立ち上がり、一礼した。


「本来なら私もここを去るべきでしょうが……サラのことに関係があるならどうか教えてください」

「……わかった」


 身を隠していたレオがこっそりアカデミアに戻ったのは、アルヴィに直接自分の無事と事の次第を伝えるためだった。アカデミア内でアルヴィが襲われたという報を伝え聞き、いてもたってもいられなくなったという方が正しいかもしれない。


 だが、駆けつけたレオが医務室で見たのは、青白い顔でベッドに横たわったアルヴィと、怒り心頭という様子のアマリアという意外な組み合わせだった。


「わかった。アマリア、あなたも聞いてくれ。……サラに関わることだ」

「感謝いたします」


 アマリアはもう一度深々と一礼し、再度椅子に座りなおした。レオはアルヴィに向かって一つうなずいてから、静かに切り出した。


「兄上。結論から申し上げますと、連中の目的は闇のルーンです」

「やはりね……」


 そう言いながら、アルヴィは深くため息をついた。


「古い聖典に記述がありました。大神は冥界の主人となった証として闇のルーンを宿し、地上に戻ったのだと」

「だが、闇のルーンだけは人間に与えられなかった」

「はい。死した大神の血に触れた人間が得たのが火・水・風・土の四つのルーンと、そして光のルーンですから、再び蘇った大神から人間から闇のルーンを授かる道理はありません」


 レオが不意にアマリアの方を見た。


「アマリア、闇のルーンのことを知っているか?」

「……いいえ」


 もちろんアマリアはその言葉を知っている。だがあえて、彼らの口から答えを聞きたかった。正しく状況を把握するためには、あやふやな自分の記憶を彼らの持つ情報で埋め合わせる必要がある。


「死をも司ることになった大神が得た“最後のルーン”だ。今ある聖典からはその存在が消されてしまっているけれど、かつては魔術師たち——特に教会に所属する魔術師たちの研究対象だった」

「以前お話ししてくださった、例の異端派のことですわね」

「そうだ。彼らは死者を蘇らせるため、闇のルーンの研究に着手した。今からおよそ500年前、この国の初代皇帝が即位した直後の話だ」


 500年前と初代皇帝、そして聖女ヒルダという三つの単語に、アマリアは眉をひそめた。聖女ヒルダは歴代でも最も優れた光のルーンの使い手で、戦場であわや死にかけた初代皇帝を救ったという逸話もある人物だ。


「まさか、異端派の根城は聖ヒルダ教会……?」

「察しがいいな。その通り、彼らが死の床から救いたかったのは聖女ヒルダだったんだよ」

「そんな!」


 聖女ヒルダは皇帝が即位して帝国が落ち着いたのを見届けた後、故郷の西方に教会を開いて人々を救い続けたとされ、以来、大神の次に信仰される存在となっている。それから数百年経った今ですら熱心な信仰の対象となっている聖女である。生きていた当時、どれだけの信仰心を集めていたか、それはアマリアの想像を絶するものだったに違いない。


「彼らは埋葬された聖女ヒルダの遺体を奪い、密かにとある儀式を行った。だが聖女が蘇ることはなかった。それでも研究はあきらめることなく続けられ、やがてその所業はエスカレートし、やがては皇帝の耳にも入り、あまりにも残酷だと弾圧された。異端派は一掃され、聖典は書き直され、聖ヒルダ教会も皇帝の手で再建されたんだが、その資料だけは皇帝の管理のもと、密かに残されていた」

「そんなことが……」


 アマリアは嘆息した。今度はアルヴィが話し出した。


「異端派の彼らも最初は善意だったんだろう。だけど、その手段にはあまりにも問題があった。聖女の蘇生に失敗した彼らは、まずは死者を司る闇のルーンを人の手に得ることが先決だと考えたんだ」

「……それって」

「ご明察。彼らは大神の象徴である光のルーンを持つ者に、仮想的に冥界下りをさせることで、その身に闇のルーンを宿らせようと考えたんだ」

「なんてことを……」

「酷い話だよね。それで何人もの光のルーン所持者が命を落とした。だからアカデミアは、異端派の実験台にされないように落第者の光のルーンを封じていたんだ。それでも連中は諦めきれず、封印された所持者でも実験を続けていたというわけさ」

「そういうことでしたのね……」


 アマリアは呻いた。確かに初級魔術師の資格しかなくとも、ギルド登録者であればその監視は容易い。貴族ではなく平民なら尚更、仕事の上でギルドとの関わりは深くなる。だが、珍しいルーンを持っているからと、ろくに魔術も使えない者を手厚く保護するほど優しい場所でもない。


「連中は……今度はサラを使って実験を行うということね。だから連れ去った……」


 アマリアがそう呟くと、苦虫を潰したような顔のレオが言う。


「その可能性は高いが……だが、アカデミア在学中のルーン所持者が襲われたというケースはない。それに、記録を見る限り、連中が動くのは冬が多い」

「ああ……聖女ヒルダの記念日は冬至ですものね」


 ゲーム内でサラが襲われるのは冬、それも冬至の日だった。卒業試験を間近にした新年の休暇の直前、サラはリクハルドに青いお茶に薬を混入され、意識を失ったところを連れ去られるのだ。クライマックスにふさわしいイベントである。


 だが、今は夏の終わりの復活祭直前だ。どうして重要なイベントが時期を繰り上げて起きようとしているのか? 彼らの目的が聖女ヒルダの復活なら、やはり冬至に行うのがふさわしい気がする。


「……アマリア。もう一度サラを探してみたらどうだろう?」

「そうだね。案外もう、自分の部屋に戻っているかもしれないよ」


 レオとアルヴィはそう言うが、アマリアの直感は「その時が近い」と告げていた。そもそも、アマリアの“没落”だって早すぎた。今更イベントの一つや二つ、時期が早まったところで不思議はない。それに、サラの行方不明にはあのリクハルドが関わっているのだ。見張り役の彼がサラを連れ去ったのなら、敵も本気だと考えるべきだろう。


 だが、それでも気になっていることがあった。このルートでアマリアとアルヴィが殺されることにも意味がある。二人が生き延びた以上、彼らはその目的を達していないことになり、儀式を行うのは難しい状況のはずなのだが……。


 ふと、一つのことが頭をよぎった。


「アルヴィ殿下。ひとつ確認したいことがあるのですが」

「何だい?」

「先ほどの襲撃で、殿下と私を傷つけた剣は現場に残っていましたか?」

「いや、どうだろう……」


 戸惑った顔のアルヴィに、アマリアは詰め寄った。


「確認していただけますか。今すぐに」


 その剣幕に押されたのか、男は素直にうなずいた。

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