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「はぁ……」


 サラはまたしても落ち込んでいた。なぜまたしても、アマリアにあんな態度を取ってしまったのか、そしてどうして、その後も笑顔で相対することができなかったのか。自分から声をかけ、一緒に昼食でも取れば、それで終わったことなのに。


 深くため息をつきつつ、サラはハンヌの待つ講義棟へと向かい、とぼとぼと歩いていく。空はまだ十分明るく、普段なら多数の生徒が行き交っている道であるが、今歩いているのはサラを含め数人だけだ。


 サラの数メートル先を歩いているのは手を繋いだ男女だった。恐らくは恋人同士なのだろう。復活祭が近づく中、アカデミア内にも恋仲らしき男女の姿を見ることが増えていた。


 その後ろ姿に、アマリアとレオが重なり、サラの顔に影が差した。


 幼き日、サラは、大好きな姉が自分以外と仲良くしているのが許せなかった。だからアマリアとレオが二人きりにならないよう、アマリアがレオと仲良くならないよう、自分から積極的にレオに近づいた。


 結果的に言えば、レオはとても良い人だった。皇子という身分にも関わらず気取ったところはなく、身分の低い愛人の娘であるサラにも紳士的で、彼女のつたない話をいつも笑顔で聞いてくれた。気がつけばレオのことを大切な友人のように思っている自分がいて、「この人なら姉の隣にいてもいい」とさえ思うようになっていた。だから、二人の婚約が破棄された時は心から悲しかったのだが、その一方でどこかほっとする気持ちがあったのも事実だった。


「お姉さまがあんな勘違いをなさっていたなんて……」


 サラは口の中で小さく呟く。婚約破棄以降もサラがレオを気にかけていたのは、単純にその友情のためだった。そしてあわよくば、もう一度婚約を考え直して欲しいという気持ちもあった。レオ以外の男がアマリアの隣に立つことなど、考えたくなかった。


 だが、そんなサラの態度を当のアマリアは勘違いしていたようだ。いつだってサラを優先するアマリアなら、サラのために身を引くことは想像に容易かった。自分のやってきたことが徒労どころか逆効果だったことに今更気づかされ、サラは深くため息をついた。


 前を見れば、カップルはいかにも仲睦まじく、肩を寄せ合って楽しげに談笑しながら歩いている。アマリアがレオとは違う男と笑い合う姿を想像し、サラの表情はさらに沈む。アマリアは「復活祭の誘いはない」と言っていだが、あの美しい姉に誘いをかける男性がいないとはとは思えなかった。なにしろ、誘いのカードはサラにも数枚届いていたのだから。


「私にも勇気があれば……」


 アカデミアではなぜか恋人同士で復活祭に参加することが普通になっているが、本来は家族や友人と連れ立って一緒に参加するのが一般的だ。姉妹が連れ立っても何の不思議もない。


 ——だけど、私がカードを出してもいいものだろうか?


 だがもし、アマリアにサラの知らぬ相手がいたら? 風の噂で、最近アマリアが第三皇子と親しくしているという話を耳にしていた。第三皇子といえば、二人の生家トゥーリ家の宿敵ヒューピア家の血筋である。遊び人という噂の皇子にちょっかいを出されたところで、因縁の家系の男を誇り高い姉が相手にするとは思えなかったが、万が一ということもある。


 レオ以外の相手といる姉を見たくはない。だが、アマリアに想い人がいるならその恋路を邪魔したくはないという気持ちも本心だった。誰もが反対する相手だったとして、姉が幸せになれるなら、自分だけは味方でありたいと思う。


「はあ……」


 悩めるサラはまたしてもため息をついた。


 気がつけば、講義棟のすぐ側までたどり着いていた。いつの間にかあのカップルの影も消えていて、周囲にはまばらな人影しかいなかった。


「サラさん!」


 講義棟のドアに手をかけたちょうどその時、サラは自分を呼ぶ男の声に振り返った。見ると、修道服姿の男がサラの方へと駆け寄ってきた。


「修道士様……どうかなさいましたか?」


 よほど急いで来たのだろうか。リクハルドの顔は紅潮し、肩で息をしながら、絞り出すように言った。


「大変なんだ。アマリアさんが……その……」

「お姉様がどうかなさったのですか」


 男の口から出た思いがけぬ名前に、サラの表情がこわばる。それを見たリクハルドは「落ち着いて聞いてほしい」と真剣な眼差しでサラを見つめた。


「ついさっき、アマリアさんが大怪我をしたんだ。詳しいことはともかく、今すぐ一緒に来てくれないか」


 サラはひゅっと息を呑んだ。心臓が早鐘を打ち、額から冷たい汗が流れ落ちた。


「大変! お姉様は今、どちらに!?」

「とりあえず教会へ! とにかく急いで!」

「はい!」


 サラは思いつめていたことなどすっかり忘れ、来た道を全力で駆け戻った。その頭の中にはもう姉の安否のことしかなく、ひたすら教会へと向かって疾走した。


 その背後を走るリクハルドが、普段の温和な表情とは全く違う冷たい目で自分を見つめていることにも気付かずに。


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