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「……よくぞお気づきになりましたね。さすが数いる皇子の中でも最優といわれるアルヴィ殿下です」
「いやあ、買いかぶりだって。……で、そちらは?」
リーダーらしき男が一歩前に出た。アルヴィはニコニコと笑ってみせるが、その手はきつく握り締められているのを、アマリアは横目でちらりと見てしまった。
「残念ながらお答えすることはできません」
「ふーん。それで、俺を殺しに来たの?」
「まさか。お連れに来たのですよ。我々と共に来てくだされば全てをお話ししましょう。……次期皇帝陛下」
アルヴィの顔があからさまに歪む。
「やだなあ、まだ父上は生きているよ。それとも、不敬罪で告発されたいのかな?」
口調はそれほど変わらないが、その声色には明らかにとげとげしさが増した。
「それは心外です。失礼いたしました」
「で、一緒には行かない、と言ったら?」
「……そうですね。その場合、少し無理をしてでもお連れすることになるでしょう」
男の一人がフードをこれ見よがしにめくり、その下に隠した剣を見せつけた。さすがにアルヴィの顔色も変わる。
「その前にひとつ聞いておこうか……彼女はどうなる?」
アルヴィは隣のアマリアをちらりと見る。フードの男はもっともらしく告げた。
「そうですね……あなたの行動次第といったところです。一緒に来ていただくことになりますが、ことが終わり次第、お二人共ご無事にお返しいたしますよ」
そこまでだった。アマリアはこらえきれず吹き出した。
「ふ、ふふふふ。ふふふふふ」
アマリアはおかしくておかしくて、笑いを止めることができない。これにはアルヴィも男たちも唖然として彼女を見つめた。
「何がおかしいのかな? お嬢さん」
「うふ、うふふふふ……おかしいに決まってますわ。全てを話す? 無事に返す? そんな心にもないご冗談を真顔で言われたら、さすがに私、笑わずにいられませんわ——ねえ、修道士様」
男たちに動揺が走った。一気に緊張感が高まるのを肌で感じる。
「無事って、体だけは返してやるって意味ですわよね。それ、無事だなんて言えるのかしら? 喉と手首を切り裂かれて? 魂も血もないのに無事? うふふふふふ」
喉と手首という言葉に、アルヴィがアマリアの方を振り向いた。目を見開いた男に、アマリアは小さくうなずいた。
「あなた方、大神の代理人を気取ってらっしゃるんでしょ? ならば嘘などつかずにはっきりおっしゃればいいのに。四大家のルーン持ちの血が欲しいの! って。ああ、おかしい」
「……何がおかしい」
「大神のためだと言いながら、その手を罪なき人々の血で汚してきたのでしょ? それも無意味な実験のために」
「お前に何がわかる!」
「わかりませんわ。あなた方の行為が無駄で無価値な徒労だということくらいしか。大神の名を騙って、これまで一体どれだけの屍を積み上げていらっしゃったの?」
男たちの殺気が増していく。アマリアの中でも炎がゆらりと立ち上る。
「ヨーナスさまやマルクス殿下、そして次は私とアルヴィ殿下。そして最後は……」
アマリアはようやく笑うのをやめた。キッと睨みつけると、その勢いに気圧されたのか、男たちが一瞬怯んだ。内なる炎が渦を巻いて、アマリアに囁きかけた。『全て燃やし尽くせ』と。
「サラは、サラだけは絶対、死なせません!」
アマリアはそう叫ぶと、フードの男たちを指差した。
男たちが状況を理解するより早く、庭園に炎の渦が立ち上った。
「ぎゃあああああ!」
リーダーらしき男はその渦に巻かれて絶叫した。助けようとしたもう一人にも炎は容赦無く巻きつき、その体を焼いていく。二人の男の断末魔の叫びが辺りに響き渡る。
「聖なる意志を理解できぬ愚か者が!」
残る三人は隠していた剣を抜き、アマリア目がけて突進してくる。アマリアはそのうち一人に指先を向け炎の矢を打ち出す。一つ目の矢は避けられてしまったが、続いて打った2本目が男の太ももを射抜き、男はばったりと地面に伏した。
「死して大神の血肉となるがいい!」
向かってきた男の一人がそう叫んで飛びかかってきた。アマリアは火の矢を打ち出そうとしたが、その前に巨大な水のうねりが男を襲って飲み込んでしまった。
「このっ!」
「キャッ!」
残る一人がアマリアに剣を突き出した。急いで身をかわしたが、男の剣の方が一瞬早く、アマリアの左上腕部を切り裂いた。強烈な痛みが襲ってきたが、アマリアは男の目の前で小さな爆発を起こし、その体ごと吹き飛ばした。
水の大蛇はその男もすばやく飲み込み、その体内に取り込んでしまった。男たちは水の中でゴボゴボと息をこぼし、喉を抑えて苦しそうに呻いた。
「これは殿下の……」
「そう。水の上級魔法。……アマリアちゃん、なかなかやるね」
「恐れ入ります」
「褒めてないよ」
アルヴィは素っ気なく言い放つ。
「殺しちゃったら話を聞き出せないじゃないか」
「三下に話を聞く意味なんてありますの?」
「まあ、君が話してくれるなら……っ、危ない!」
アルヴィに急に突き飛ばされ、アマリアは尻餅をついた。
「何を……」
顔を上げてアマリアは驚愕に言葉を失った。さきほど太ももを打ち抜いた男が、アルヴィの右脇腹に剣を突き刺していたのだ。それでもアルヴィは冷静で、右手に小さな氷の刃を作り出すと、そのまま男の首筋を鮮やかに切り裂いた。男は血しぶきを派手に上げながら倒れ、絶命した。
「アルヴィ殿下!」
アマリアが駆け寄ると、男は力なく崩れ落ちる。同時に水の大蛇も消えて、男二人が空中に投げ出される。地面にべちゃりと音を立てて投げ出されたが、すでにピクリとも動かない。
「しっかりなさってください!」
「あー……避けきれなかった。殺すなと説教しておいてすぐこれとか、かっこ悪いね、俺」
幸いにも剣は脇腹をかすっただけのようだが、切り裂かれた患部からは血がとめどなく溢れていた。アマリアはハンカチを取り出し、必死に押さえるが、血が止まる気配はない。
「これだけ派手にやったんだ……すぐに誰か来るさ」
アルヴィはそう言うが、この庭園は寮からも講義棟からも微妙に遠い。更に言えば、復活祭で帰省した生徒や教師も多く、アカデミア内にはいつもほど人がいないのだ。
「私がサラだったら良かったのですが……」
「そんな……気を落とさなくてもいいよ……」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「それに、君も腕を……」
そう言われて、アマリアはようやく自分の左腕のことを思い出した。怪我はそれほど深手ではなかったが、血はとめどなく流れ落ちてくる。
「……その腕、早く止血した方がいい」
右手で患部を押さえるが、やはり血は止まらない。アマリアは一旦立ち上がり、横たわったアルヴィから見えないよう、少し離れた場所に移動する。
息を整え、目を閉じて、実家の書庫にあった魔術書の記述を思い出す。そして覚悟を決めて、一息に魔術を実行する。
「うっ……ああああああああ!」
「ちょ、アマリアちゃん!」
アマリアの上腕部から肉の焼けるジュウジュウという音とともに、白い煙が立ち上る。
「いっ……った……」
熱くなった右手の指を外し、もう一度確認すると、傷口は見事に焼けてふさがっていた。かつて戦場で矢傷を追ったトゥーリの先祖は、この魔術で傷を焼いてすぐさま戦場に戻ったのだという。この逸話を聞いてから子供の頃から憧れ、一度はやってみたかった魔術の成功に、アマリアは無邪気な笑みを浮かべた。
「信じられない……」
唖然とするアルヴィのつぶやきに、アマリアは振り返ると微笑みを返した。その意味を悟って、アルヴィは青白い顔をさらに白くした。アマリアは再度、アルヴィの側に座り直し、その脇腹の傷を確認した。
「や、やめてくれ! 何もそこまでしなくても……」
「申し訳ありません。私がサラでなかった不運をお嘆きください。……いきますね」
静けさを取り戻した庭園に、男の絶叫が再度響き渡った。




