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指定された『北の庭園』はアマリアが一人になりたい時にたびたび訪れている、アカデミアの敷地内でも妙に人気のない場所だ。ゲーム内ではサラと攻略対象者がこっそり愛を育む場所の一つでもある。
アマリアが庭園に着いたのは、ちょうど5時を告げる鐘の音が鳴り終わると同時だった。
「やあ」
庭園にいた銀髪の男は、アマリアを認めると軽く手を挙げた。その顔にはいつものように軽薄な薄笑みが浮かんでいた。
軽く礼をして、二人は向かい合う。
「復活祭なのに家には戻らないの?」
「ええ。殿下こそ宮廷にはお帰りにならないのですか。毎年盛大な宴が催されると聞きますが」
「さすがに今年の宴は中止さ。礼拝だけはあるから、さすがに最終日には帰るつもりだけど」
「そうですか」
「そうだ、良かったら一緒に来る? かわいい女の子でも一緒にいないと辛気臭くてたまらないよ」
「考えておきますわ」
白々しい誘いとお互い想定通りの断り文句。状況が逼迫した今、サラから長時間目を離すのは得策ではない。今の時間はハンヌに会いに行っているはずだから問題はないはずだが……。それでも早く本題に入りたいと、アマリアは内心で深くため息をついた。
「そうだ、君に会ったら聞きたいことがあったんだけど……」
「何でしょう?」
「レオが巻き込まれた事故、トゥーリ家の仕業という声も上がっているんだけど、本当のところどうなの?」
「はあっ?」
思いもがけぬ質問をぶつけられ、アマリアは思わず令嬢らしからぬ声を出してしまった。あまりにバカバカしい質問を受けたため、あらぬ疑いをかけられたという怒りより驚きの方が優っていた。アマリアは唖然としてアルヴィを見つめたが、彼はいつものように食えぬ薄笑いを浮かべるだけだった。
「逆にお聞きしますが……なぜ我が家がレオ様を……ラスク家の巡礼団を狙う必要があるとおっしゃいますの?」
「目障りな分家を処分したいんだろう。別におかしな話じゃない。皇帝の代替わりがある時にはよくある話さ」
「どうしてそこで皇位の話が出てくるのですか。そもそもご存知の通り、我が家は皇位継承について、中立の立場を貫いておりますわ」
ふふっとアルヴィはさもおかしそうに笑う。
「中立ねえ。要は蚊帳の外ということだろう」
「どちらにしてもトゥーリの立場に変わりはありません。ラスク家の巡礼団を襲う必要なんてどこにあるというのです」
「悲しいことに、こういう時には帝位とは無関係な殺し合いも起きるんだ。どさくさに紛れて政敵を倒そうなんて動きは珍しくない。先日もエリアス兄上推しの騎士団長に毒が盛られたばかりなんだ」
「まあ、なんてこと……」
「犯人は副団長の息がかかった侍女だったよ。皇位継承にからんだ事件に見せかけたかったんだろうけど、要は騎士団内の内輪揉めだよね」
本当にうんざりするよと吐き捨てて、男はケラケラと笑う。そのふざけた態度に、アマリアは眉をひそめた。
「……皇帝陛下はすでに後継者を指名したのではないのですか?」
「陛下の指名なんて些細な問題さ。そもそも父上はもう、二ヶ月以上寝込んだままだ。たまに目を覚ましても唸り声をあげるだけ。もともとハリボテだった皇帝が、生きた屍になっただけだという見方だってできるさ」
「……いくら殿下とはいえ、さすがに口が過ぎるのでは?」
アルヴィはアマリアの顔を見つめ、そうかもねとつぶやいた。その水色の瞳はどこか遠くを見ているような気がした。そして、また笑いながら彼女に問いかける。
「で、どうなの? お父上がやったのかな? 残念ながら、死んだのはレオだけみたいだけど」
「ありえないと申し上げたはずです。それに、レオ殿下も生きていらっしゃいます」
「ふーん。そんな知らせは届いていないけど」
「すぐに来ますわ……きっと」
「そうだったらいいけどね。お互いのために」
「……どういう意味ですの?」
アルヴィはアマリアを見下ろし、ニヤリと笑った。まるで、レオが死んでいたらとんでもないことになると言いたげに。その瞳はどこか虚ろで暗い光をたたえていて、アマリアを内心怯えさせた。
「ところで、こんなところに呼び出して何の用だい? ……まさか愛の告白とかないよね」
男はあっという間に元の軽薄さを取り戻し、その顔にはいつも通りの薄笑いが戻っていた。だが、その急激な表情の変化よりも、言葉の方にアマリアは過敏に反応した。
「何をおっしゃるの? このカードを下さったのは殿下でしょう」
「カード?」
顔色を変えたアマリアが自室のドアに挟まれていたカードを手渡すと、アルヴィもたちまちその意味を察したようだった。
「これは俺のじゃない。こんな、スミレと鷹なんてあからさますぎる……ということは、俺のところに来ていたのも」
今度はアルヴィが封書を取り出し、アマリアに手渡した。中を開けると、アマリアに届いたのと同じ文面が書かれたカードと赤いバラの花びらが一枚入っていた。
「バラといえばトゥーリ家の家紋だからね。てっきり君だとばかり思っていたけど……」
「違いますわ」
「となると……」
さすがにこのようなことには慣れているのだろうか。青白い顔をしたアマリアとは違い、アルヴィは薄笑みをたたえたまま、平然と周囲を見回していた。そして突然、大声をあげたのである。
「おーい! そこにいるのは誰かな? そっちにもいるね? 出てきたらどうかな」
「アルヴィ殿下!?」
怯えるアマリアを横目に、アルヴィは声を上げ続ける。するとしばらくして、周囲の森や茂みの中から5人ほどの男が姿を現した。皆黒いフードをかぶり、その顔は見えない。
その姿を見て、アマリアは目を見開いた。彼女は彼らを見たことがあった。もちろん、前世にプレイしたゲームの中で。




