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「なんだか前に来た時より人が多い気がするわ」

「復活祭も近いですし、それに合わせて皇帝陛下の平癒を祈願しに来る方も多いそうですよ」

「なるほどね……」


 教会内には十数人の生徒がおり、それぞれが静かに祈りを捧げていた。つい先日、アマリアが訪れた際の誰もいない、不気味なほどの静けさが嘘のようで、もしかしたらあれはただの夢だったのではないかと思えてくる。


 だが、現実は的確にアマリアを責め苛む。


「お久しぶり、サラちゃん」

「まあ修道士様。ごきげんよう」


 サラは近寄ってきた黒髪の修道士に嬉しそうに挨拶する。修道士の赤い瞳がサラの隣にいるアマリアに止まった。


「サラちゃんのご友人かな」

「私の姉のアマリアです。お姉さま、こちらは修道士のリクハルド様。……ほら、先ほど話していた」

「初めましてアマリアさん。最近こちらに配属になった修道士です。といっても、まだ見習いに毛が生えた程度ですけど」

「初めまして。お会いできて光栄ですわ」


 アマリアは一礼してから、改めて目の前の青年を観察する。短く切りそろえた黒髪に、スラリとした長身の男だった。きっちりとまとった修道服や丁寧に磨かれた靴は清潔感を感じさせ、その顔には聖職者らしい慈愛に満ちた笑みを浮かべている。


「妹がお世話になったとお聞きしました。私からもお礼申し上げますわ」

「とんでもない。こちらこそ妹さんにはいつも手伝ってもらって感謝しています」

「手伝いですか?」

「ええ。最近は復活祭の準備も。とても助かっています」

「まあ、そうでしたの」


 アマリアを見下ろす赤い瞳もまた、慈悲深さを感じさせる光に満ちていた。だがその“正体”を知っている彼女は、そんな外面に騙されたりしない。


「……ところで、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

「ええ。何なりと」

「その黒髪と赤い瞳……もしやトゥーリ家の血筋の方でしょうか? その割に……宿していらっしゃるのは風のルーン?」


 その質問は過去に何度も受けたことがあるのだろう。リクハルドは軽く苦笑いを浮かべて答えた。


「ええ、そうらしいですよ。といっても、祖父の祖父だかその祖父がトゥーリ家の分家筋の方だったという程度の遠縁です。我が家は歴史の浅い貴族ですから、ルーンはまた別の血筋から伝わりました」

「そうなのですね。タハティ家なんて聞いたことがなかったから……失礼いたしましたわ」

「まあそれで……。では、修道士様と私たちは遠い親戚ということになるのね」


 サラは感心したように声を弾ませた。しかし、リクハルドの方はぎょっとしたような表情を浮かべ、一瞬言葉を失ったようだった。


「……まさか……。お二人はもしやトゥーリ家の……」

「ええ。私たちの父は現当主のヴィルヘルムです」


 アマリアの言葉に、リクハルドは面食らったような表情を浮かべる。アマリアは怪訝な顔をして、リクハルドとサラの顔を交互に見た。


「あら、ご存じなかったのですか?」

「申し訳ない……いや、まさか……サラちゃんがそんな名家のご令嬢だったとは」

「申し訳ありません。私がご説明しなかったから」

「ああ、責めているわけではないのです。ここは大神の家ですもの。ここに集う者は全て等しく大神の子。生まれなど大神の前では些細なことです」


 アマリアが笑みを浮かべてみせると、リクハルドも再び元の慈愛に満ちた微笑みを取り戻し、その通りというようにうなずいてみせた。


「ええ、アマリアさんの言う通りです。ここにいるのは全て大神の子です。それにしても……噂には聞いておりましたが、アマリアさんは非常に優秀なお方のようですね。私のルーンまで一目で見抜くとは、お見それいたしました」

「まあ。修道士様にお褒めいただけるなんて、身に余る光栄ですわ」

「いえ、初級止まりとはいえ魔術師の端くれとして、あなたが優れた魔術の才を秘めていることはわかります」

「お世辞でも嬉しいですわ」

「まさか。どうかこのアカデミアで存分にその才を磨き、学んでください。大神もきっとそれをお望みでしょう。あなたが正しく力を振るうことをね」


 リクハルドは意味深な視線をアマリアとサラに投げかける。


「……失礼、そろそろ行かなければ。大神のご加護のあらんことを」

「ご加護のあらんことを」


 修道士は優雅な身のこなしで一礼すると、二人を残して教会を出て行った。教会中の雑用を担う修道士は忙しい。信徒の少女たちと長々と立ち話するのはさすがにまずいのだろう。


「少し変わった方ね」

「ええ。でも優しくて素敵なお方ですよ。いつかは司祭様になられると思います」

「……そうね」


 そしてサラは当初の目的通り、レオの旅の無事を心ゆくまで祈った。アマリアの方はといえば、お祈りはそこそこに、この地下でいずれ行われるであろうことに思いを馳せた。


「我々小さきものどもに、大神のご加護と、ご慈悲のあらんことを」


 最後の言葉にだけは、アマリアの心からの祈りが込められていた。


 それから3日後のこと。アカデミアに一つの報せが届けられた。——急な大雨で崖崩れが起き、そこに運悪く通りがかった巡礼団が巻き込まれ、第五皇子レオも行方不明になったと。


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