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「……青いお茶って……確か……」


 思いがけぬティータイムの後、今度こそハンヌの部屋を辞したアマリアであったが、その帰途、突如として一つの“記憶”が蘇った。


 流行りの青いお茶——それはゲームにおいても何か意味のあるアイテムだったはずだ。それも確かリクハルドルートの。だが、それが一体どのような意味を持つのか、アマリアにはどうしても思い出せなかった。忘れていることが多すぎると、アマリアは自分の記憶力に絶望する。


 アマリアの脳裏に浮かぶのは、リクハルドに青いお茶を飲まされるサラの姿。そして、気を失ったサラを抱えたリクハルドが向かう先である。


 レディーブルーは飲んだ者を昏倒させるような代物なのか? 否、先ほどあのお茶を飲んだアマリアとサラ、そしてハンヌの身にも変わったことは起きていない。あのシーンではリクハルドがお茶に何か毒物を仕込んだと考えるのが自然だろう。


 そして、気を失ったサラは連れて行かれた先で命の危機に晒されることになる。そのことを考えるとアマリアの気はするすると滅入っていった。だが、と同時に思う。


 本当に教会の地下にあんな場所があり、あんなひどいことが行われるのだろうか?


 最近では自分の記憶に自信が持てなくなっていることもあり、アマリアは今後起こりうることについても疑問を抱き始めていた。そしてそれは、この世界に生まれ、育ってきた以上当然の疑問——まさか教会で、仮にも聖職者たちがあんなことをするなんて信じられないという、彼女の属する社会においては極めて常識的な考えである。


 加えて、それが起こるのはゲーム内の一部ルートのみということも、アマリアの疑念に拍車をかけた。この世界で最も力を持つのは皇帝で、次が魔術師ギルド、その次にようやく教会であるが、“彼ら”はそれをひっくり返すべく動いて、そのためにはサラの存在が必要不可欠なのだが、ルートによってはその存在を匂わすことすらない。「話の都合」と言ってしまえばそれまであるのだが……。


 立ち尽くすアマリアを、白い日差しがジリジリと焼いた。その暑さでだろうか、彼女の思考は徐々に、不安と疑問と不信でいっぱいになっていく。


 確かめるしかない。


 アマリアはその足を教会の方へと向けた。どうしても確かめずにはいられない。今や、その思いと言い知れぬ不安だけが彼女を突き動かしていた。


 都合の良いことに教会は無人で、信者はおろか修道士たちの姿も見当たらなかった。不気味なほど静まり返った聖堂内を、アマリアはできるだけ足音を立てずに進み、やがて祭壇の前に立った。祭壇に建てられた柱には大神を示す白い円が高々と掲げられ、その周囲には聖典の様々なワンシーンを描いた極彩色のレリーフが何枚も並んでいる。


 アマリアは祭壇の前でひざまずいた。目の前の大きなレリーフには聖典の3つの場面が描かれている。一つは自ら命を絶った大神、もう一つはその血に触れてルーンを宿した人間の姿、そして最後の一つには、死した大神に己が血を差し出す人々が描かれている。


 これは、死した大神が人間にルーンを与え、その血を受けて復活するという重要なシーンを描いたものだ。ルーン所持者を教育するアカデミアの教会にふさわしい場面だったが、それは同時に“彼ら”にとってもシンボリックな意味があった。


 周囲をもう一度見回して、人気のないことを確認すると、アマリアはそっと手を伸ばし、レリーフと床の間の小さな空間に右手の指先を差し入れた。わずかな隙間を探りながらゆっくりと右方向に手を動かしていくと、アマリアの指先に小さな突起が触れた。その突起を上方向に押し込み、さらに手を横に滑らせていく。すると先にも二つ突起があって、アマリアはその両方を押し込んだ。


 突然、指先の奥に空間が開ける感覚があった。レリーフが手前に浮き上がったのである。そのままアマリアは、レリーフを上へと押し上げた。重厚な見た目に反し、大きなレリーフはほんの少し力を込めるだけで、音もなく静かに上方にスライドしていく。


 半分ほど開けたところで、アマリアは床に頭をつけてその内部を覗き込み、指先から小さな火の玉を飛ばした。ほんの一瞬だけ明るい光が暗闇に瞬き、地下深くへと続いていく階段を照らし出した。


「ああ……」


 アマリアは思わず呻いた。心臓がドキドキと高鳴り、どうにも息苦しさを感じ、額や背中には冷たい汗が流れ落ちていく。


 おもむろに立ち上がり、もう一度周囲を見回す。相変わらず人の気配はなく、聖堂内は静寂に包まれていた。アマリアは浮き上がったレリーフの上部に手をつくと、今度は下の方へと押し込んだ。レリーフはやはり音もなくスライドし、床につくと静かに引っ込んで、元の場所へと収まった。


 アマリアはもう一度レリーフを改め、すっかり元どおりに戻っていることを確認すると、青白い顔で足早に教会を後にした。


 教会の陰から、その後ろ姿を見送る人影があったことも知らずに。


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