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「ヨーナスの身に……そんなことが」


 アマリアの話を聞いている間、ハンヌは眉間をぎゅっと寄せ、いつもより一段上の苦々しい表情を浮かべていた。


 サラとの関係修復はできたものの、アマリアの心が晴れることはなかった。ゲームのどのルートから離れてしまっているとしても、サラの身が危険にさらされているのは確かなのは間違いないのだ。


 サラを守り、アマリア自身も生き延びるためには、まず味方を増やす必要がある。


 ルートは不明とはいえ、ゲーム内の様々な情報を持っていることは、アマリアにとって相変わらず大きなアドバンテージだ。本来なら知らぬはずの人間関係や過去の事情もある程度把握しているし、信用して良い人物もわかる。


 アマリアがまず選んだのは、攻略対象その3こと、今や師でもあるハンヌだった。基本的にマンツーマンで行われる訓練の後、アマリアは相談事があると言ってヨーナスの話をぶつけたのだった。


「先生はヨーナスさまをご存じなのですか?」


 白々しく質問するが、もちろんアマリアはその答えを知っている。


「ええ。彼を指導したのは私の師に当たる方です。そういう意味でも後輩ということになりますね」

「会ったこともあるんですか?」

「いえ。彼がこのアカデミアにいた時期、私は北方の分校にいたので直接の面識はありません。ですが、師からはいろいろと話を聞いています」

「まあ。彼はどんな生徒だったんですか」

「真面目な頑張り屋だったそうです。成績は極めて優秀でした。……魔術以外は。彼を導いてあげられなかったと、師は後悔されておられました」


 ハンヌの顔色も曇る。眼鏡越しに、理知的な黒い目が憂いを帯びて揺れるのが見えた。


「あの、その先生は今どこにいらっしゃるのですか?」

「患っていた胃病が悪化して、去年亡くなりました」

「そうでしたの……残念ですわ」

「師が今もご健在なら、サラのことで助力を願うこともできたのですが」


 ゲームでのハンヌは、自分の師の志を受け継いでサラの指導を申し出たことになっている。このあたりの設定はやはり変わっていないようだ。


「その、彼を殺したかもしれない古い教会の一派について、何かご存知のことはありませんか?」

「実は一つ、気になったことがあります」

「それは……!?」

「残念ですが、今はまだ話すことはできません。この件は……私が何とかしましょう。サラのことは心配しないでください」

「ですが……」


 アマリアが問いただそうと声を上げた直後、ハンヌの居室のドアがノックされた。


「ハンヌ先生、サラです」

「……どうぞ」


 ドアの向こうから現れたのはサラだった。あまりのタイミングの悪さにアマリアは内心ため息をついた。これでもう、今日はこの話を続けることはできない。


「まあ、お姉さま……ごめんなさい、少し時間が早過ぎたかしら」

「いいえ。私もちょっと長居し過ぎたみたい。課題でわからないところがあって質問していたのよ」

「そうでしたの」

「ちょうど終わったから、気にしないでね」


 アマリアは座っていた椅子から立ち上がり、サラに向かって微笑んだ。つられたようにサラも笑顔を浮かべる。


「それじゃ、私はもう戻るわ」

「ええ。お疲れ様です、お姉さま」


 足早に立ち去ろうとしたアマリアだったが、その背中に思わぬ声がかけられた。


「ああ、ちょっとお待ちなさい」

「はい。なんでしょうか?」

「昔の教え子に面白い物をもらったんです。良かったらちょっと見ていきませんか」


 そう言って、ハンヌが持ち出したのは白磁のティーセットと茶葉の入った小瓶だった。ソファに並んで座る弟子たちの前で、師は手ずからティーポットに茶葉を入れ、隣室で沸かしたばかりのお湯を注いだ。ポットの口から湯気とともに、部屋の中に爽やかなお茶の香りが広がっていく。


「すてきな香りですわね」

「ええ、とても爽やかです」

「香りも良いですが、面白いのはここからです」


 ハンヌは白いティーカップにゆっくりとお茶を注ぎ入れた。それを見て、姉妹は思わず歓声を上げた。


「まあ! なんて素敵な色」

「青いお茶なんて初めて見ました!」


 喜ぶ二人に気を良くしたのか、いつも固い顔のハンヌもやや顔を緩めていた。


「これはレディーブルーという銘柄のお茶です。今、帝都で流行っているそうですよ」

「噂には聞いてましたが……これがレディブルー……?」


 レディーブルーという単語に何か引っかかるものがあったが、初めて見る澄んだ青さにアマリアも目を離せないでいた。興奮していたのはアマリアだけでなくサラも同じで、目を輝かせてティーカップを覗き込んでいた。


「素敵! まるで春の空みたいな青」

「面白いでしょう。でも、実はこれだけではないんです」


 ハンヌは傍らに置かれたミルクポットを手に取ったが、その中身はクリームではなく透明な液体だった。


「それは……?」

「見ていてください……ほら」


 ミルクポットの液体がティーカップに注がれた瞬間、それまで青かったお茶が鮮やかな赤色に変わった。これにはサラもアマリアも驚き、身を乗り出してその様子を眺めた。


「今度は夕日みたいな赤……なんて素敵なの」

「これは……一体どんな仕組みなんですの? 先ほど注ぎ入れた液体は何なのでしょう?」

「これは柑橘系の果実の絞り汁です。このお茶は果汁を入れると色が変わる性質があるんですよ」

「そんな不思議なお茶があるんですね! なんて素晴らしいんでしょう」


 サラは赤と青、二つのティーカップを見比べては楽しそうに声を弾ませた。その様子を見て、アマリアも自然と心和んでいくのを感じた。


「せっかくだから飲み比べてみてください」


 ハンヌの言葉に、姉妹はありがたくそれらのお茶を飲んだ。青い方はその見た目にそぐわぬ爽やかな香りが印象的で、赤い方は果汁の酸っぱさが良いアクセントになっていた。思いがけない体験に、姉妹はきゃあきゃあと年相応にはしゃぎながらティータイムを楽しんだ。


 その様子を、ハンヌはお茶を飲みながら一人満足げに眺めていた。

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