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 雷に打たれたようなショック、という言葉を身を以て知ったアマリアは、しばらく口も開けないほど狼狽した。その様子に、レオは怪訝な表情を浮かべた。


「知り合いか?」

「ええ。ちょっとね」

「聞かせてもらえるだろうか」

「今は、ちょっと……その、私も混乱していて……」


 リクハルドがサラが恋に落ちるかもしれない相手で、近いうちにアマリアを殺しにくるかもしれない人物だとは流石に言えない。


「わかった。何かわかったら教えてくれ」

「……ええ」


 アマリアは足元を見つめた。白い石畳が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。もし本当のことを話したとして、前世だのゲームだの、レオは理解どころか信じるわけもないと思う。


「……一つ聞いてもよろしいかしら」

「もちろんだ」

「どうしてそんなことを調べたの? サラのためではないわね?」


 アマリアがそう言うと、レオの碧眼がかすかに揺れた。彼はしばし黙っていたが、やがて意を決したように話し始めた。


「マルクス兄上を殺したのは、もしかすると例の教会の一派かもしれない」


 ぼそりと吐き出されたのは衝撃的な言葉だったが、アマリアは口をつぐみ、次の言葉を待つ。


「病死ということになっているが、実際は自殺だ。自分で首を掻き切って亡くなった」

「それは……」

「その通り。手首にも切りつけたような跡があったよ。ヨーナスと同じように……というより、この一件を調べていてヨーナスにたどり着いたんだ」

「マルクス殿下の死にも、教会が関わっていると? ……信じがたいですわ。むしろ……」

「言いたいことはわかる。次期皇帝の座をめぐる兄弟間の争いと考えたほうが辻褄は合うからな」

「違うのですか?」

「マルクス兄上の母君はじめ、もちろんその可能性を訴えている一派もいる。だが、状況を考えると明らかにおかしいんだ。その場合……その、狙われるのはマルクス兄上ではないはずなんだ」


 レオはどうにも歯切れが悪い。だがアマリアにはその理由がピンときた。


「皇帝陛下はすでに後継者を指名しているのね」


 レオは肯定も否定もせず、ただ目を伏せて黙っていた。アマリアはレオルートのあらすじを思い返し、この時期にはすでに後継者が決まっていたことを確認した。いくら元婚約者とはいえ、これはおいそれと外部に話せるようなことではない。ましてアマリアは、その次期皇帝の後ろ盾と犬猿の仲の家の令嬢なのだから。


 レオとアマリアはいつの間にか沈黙していた。庭園に響くのはそよそよと揺れる木々の音と鳥の鳴き声くらいだった。アマリアの肌を伝うねっとりとした汗は、果たしてこの夏の蒸し暑さのせいなのか。


 静寂の中、アマリアは今や淡くなリ始めた前世の記憶を必死にほじくり返していた。リクハルドルートも含め、全てのルートをプレイしていたはずだが、記憶にあるのはあらすじだけで、細かい設定まで覚えてなどいない。


 サラの恋模様と自らの破滅の未来に気を取られ過ぎたあまり、アマリアはそれ以外のことをあまりにも軽視していた。所詮乙女ゲームという先入観もあって、アマリアは国や皇位継承、そしてこの社会の現実を直視していなかった。


 破滅の回避だけを願えた日々の、なんと幸せなことだったか。アマリアはそのことを痛感し、打ちのめされていた。


 やがて、レオが沈黙を破った。


「……これ以上は話せない。だからいいか、サラから目を離すな。できるなら教会へはもう行かせない方がいい」

「言うまでもありませんわ。でも……」


 サラを守るためにはそれが一番だ。だが、今自分はその肝心のサラに嫌われてしまっている。遠くから見守るにも限界がある。


「……あの、レオ様」

「なんだ」

「サラのこと……お願いしてもよろしいでしょうか」


 二人を急接近させるいい機会だとアマリアは思った。あまり気乗りはしないが、弱々しく、できるだけ憂いを込めてレオの顔を見つめる。


「サラを助けることができるのはレオ様だけだと思っています」

「……珍しいな。そんな気弱なアマリアなんて」

「サラは私のことを避けています。ハンヌ先生のところで顔を合わせてもそっけないし、お茶に誘っても応じてくれなくなりました。側にもいられないのに、これではいざという時、サラを守れないかもしれません」


 レオは眉間に皺を寄せた。まるで不愉快だというように。思っていたのと違う反応に、アマリアは内心戸惑う。


「……無論、私とてサラのことは心配だ。できるだけのことはする」

「ありがとうございます」

「しかし、私も近々一度、城に戻らなければならない。状況は切迫していて、残念だが、サラのことだけには構っていられないんだ。だから、早く仲直りをしろ」


 冷たい物言いにアマリアは内心ムッとしたが、精一杯気弱な女を気取り、絞り出すように声を出した。


「……それができたら苦労しませんわ」

「今もしサラに何かあったら、アマリアは後悔しないのか? 正直なところ、サラの身に何が起こっても不思議ではない気がしているんだ。それはあなたも同じではないのか?」


 まっすぐに自分を見据えるレオの視線に、アマリアは思わず目をそらした。彼の言うことは正しかった。


「あまり考えたくないが、サラにも命の危険が迫っていると思う。それこそヨーナスのように。それをみすみす見逃すのか?」

「そんなこと、許すわけがありません!」


 血まみれになったサラの姿がどうしても脳裏に浮かんでしまい、アマリアはギリッと歯を噛みしめる。考えるだけで、胸の奥で小さな火が燃え上がる。


「我がルーンにかけて、サラを害するものは全て、この手で燃やし尽くしますわ!」


 アマリアの力強い宣言にレオはうんうんとうなずいた。


「それでこそアマリアだ。そうでなくては張り合いがない」

「はっ?」


 アマリアは怪訝な顔をしたが、レオは先ほどとは打って変わって機嫌が良さそうな表情をしていた。


「……先ほども言ったが、近く私は城に戻る」

「退学でもなさるの?」

「バカを言うな。母上と祖父たちが父上の治癒を願って、聖ヒルダ教会に巡礼に行くのに付き合うだけだ。一週間ほどで戻る」

「そうですか……」

「だから、まあ、早いうちに仲直りすることだ」

「ご助言、痛み入りますわ」


 その時ふと、アマリアはレオに関するゲーム内のイベントを思い出した。レオとその母方の一族が旅先で事故に遭い、多数が死亡、彼自身も大怪我を負うというものだ。おそらく、その事故はこの巡礼中に起こるのだろうとアマリアは確信した。


 ゲームでは、知らせを聞いて駆けつけたサラが瀕死のレオを光のルーンで治すという展開になる。サラが秘めた力を解放する重要なイベントだが、アマリアはどうにも嫌な予感を消せずにいる。万が一、サラが力を発揮できなければ? 彼が死ねば、サラを守ってくれる数少ない協力者が減ってしまうことになる。


 サラの力を目覚めさせるチャンスを作るため、レオを犠牲にすべきか否か?


「あの、レオ様。その巡礼、どうしても行かなければならないのですか?」

「そうだな。聖ヒルダ教会でちょっと調べたいことがあるんだ」

「それなら……」


 アマリアはちょっとしたアドバイスを贈ることにした。比較的簡単にできるリスク分散法で、万が一の事態が起きた際の保険のようなものだ。


「そこまでする必要はあるだろうか?」

「用心に越したことはなくてよ。あなた様だって皇子なのですから」

「……わかった。用意させる」


 不意に、アマリアの顔に小さな雫が落ちてきた。反射的に空を見上げると、先ほどまでの青空はどこへやら、灰色の雲が辺りに立ち込めていた。


「そろそろ戻った方がよさそうですわね」


 アマリアはベンチを立ち上がると、レオに向き直った。


「レオ様、貴重なお時間をありがとうございました」

「いや、こちらこそ……今度はサラと三人でお茶でも飲もう」

「そういえば、聖ヒルダ教会のある西方は有名なお茶の産地でしたわね」


 アマリアがにっこりと笑ってみせると、レオはやや苦笑いを浮かべてうなずいた。


「わかった。二人のために最高級品を用意しよう」

「楽しみにしておりますわ」


 二人はその場で別れ、各々別の道を通って寮へと戻った。アマリアが自室に戻ると、窓の外はすっかり大雨になっていて、ゴロゴロと重苦しい雷の音が辺りに響き渡っていた。


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