13
「サラは最近、教会に行っているか?」
レオの質問に、アマリアは先日のことを思い出し、ため息交じりに答えた。
「ええ。元々信心深い子ですから、入学当初から暇を見つけてはお祈りに行ってますわ」
「やはりそうか……。それと……なんというか、最近ちょっと雰囲気が変わった気がしないか?」
「サラが?」
「ああ。何というか、明るく真面目なのは変わらないんだけど、少し精神的に不安定な感じというか……」
サラの脳裏に、先日のサラの剣幕が浮かんだ。あんなに取り乱したサラの姿を、アマリアはこれまで一度も見たことがなかった。
「その、魔術が上達しないことを相当悩んでいるようで……。実は喧嘩の理由も……」
珍しく言い淀むアマリアの態度に状況を察したのか、レオは「なるほどな」とうなずいた。
「教会で祈ることで、何とか自分を支えていると言っていました。最近はお茶に誘っても断られてしまうから、遠くからそれとなく気を配っているのですが、暇を見つけては教会に行っているようですの」
「大神に祈りを捧げたところで問題は何も解決しないのにな」
奇しくもあの時、サラにかけた言葉だった。アマリアは俯いて呟く。
「それでも祈らずにいられない……人間だもの、そんな時だってあるでしょう」
その言葉に、レオは思いがけないといった表情を浮かべた。
「アマリアに信仰心を理解できるとは意外だな」
「殿下に言われたくありませんわ」
「どうせサラの受け売りだろう」
図星を指されてムッとするアマリアを見て、レオはほほえましそうに笑う。そんなレオに苛立ちを覚えつつ、アマリアは話を急ぐ。
「それで? ヨーナスという方の話も教会と関連があるんでしょう?」
「ああ。ヨーナスはやはり信心深い人物だったようでな、アカデミアでも仲の良い友人とよく教会で祈りを捧げていたらしい」
「光のルーンを与えられるような人間は、やはり信心深いものなのかしら」
「……いや、そうでもないぞ。うん」
レオは何かを思い出すように視線を空に向けていた。宮廷にいる光のルーンをもった癒しの魔術師たちとは一体どんな人種なのだろう。アマリアはわずかに疑問を抱いた。
「まあそんなことはいい。それでだな、ヨーナスはアカデミアを出て故郷に帰った後、子供の頃から親しかった村の司祭と相談して、修道士になることを決めたらしい」
「……え?」
「調べさせたところ、修道請願の予定日は自殺の翌日だった」
「どういうことですの? その方は人生に絶望して自ら命を絶ったはずでは……」
「不思議だろう? それで調べてみると、彼は両手首と首を自ら切りつけて亡くなっていた」
その様子を聞いて、アマリアは顔をしかめた。
「両手と首なんて……。まるで大神の冥界下りですわね」
聖典に曰く、死した妻を取り戻しに冥界に赴いた際、大神は両手と首を切り裂いて自ら命を絶ったという。
「そうだな。もうずいぶん昔の話だが、信心深い者がこういうやり方で死を選ぶことが流行っていた時期もあったそうだよ」
「聞いたことはありますが……未だにそんな死に方を選ぶ方がいるなんて。考えただけでゾッとしますわ」
「自殺じゃないかもしれない」
「はっ?」
「ヨーナスは殺された可能性がある」
眉を寄せたアマリアに、レオはかつて教会に存在していたという、ある異端派について話し始めた。
「その一派の中心人物は元々、教会の研究者だったらしいんだが、死者の蘇生という考えに取り憑かれ、やがて危険な実験を繰り返すようになったらしい。そのヒントとなったのが冥界下りだ。だから、彼らの実験の犠牲者は皆、両手首と首を切り裂かれていた」
聖典によれば、冥界に行った大神は妻を取り戻すことはできなかったものの、代わりに冥界の主人になって地上に帰ってきた。だが、体はすでに血を失って干からびていた。死した大神が冥界に再びさってしまうことを恐れた人々が血を捧げると、大神の体は息を吹き返し、生きたまま地上と冥界を統べる主人となったということである。
「もちろん、実験で殺された人間が蘇ることはなかった。幸いといっていいのか、彼らの所業はすぐに教会の知るところとなって、全員が処刑されたという」
「……興味深い話ではありますが、それがヨーナスの死とどのような関係が?」
魔術師の卵として、その手の話は実のところアマリアの好むところではあった。だが、今はその詳細を聞くような時ではない。
「過去50年でこのアカデミアに在籍した光のルーン所持者がどのくらいいるか、知っているか?」
「光のルーンが現れるのは2〜5年に一度というから、20〜30人程度というところかしら」
「調べた限りでは32人。そのうち21人が放校になっている」
「なっ……! 3分の2が落第ということじゃありませんか」
「これを聞けばもっと驚くぞ。そのうち実に19人が放校から10年以内に亡くなっていた」
「え……」
アマリアは絶句する。
「多くが平民で、ほとんどが2年以内。記録上は自殺と他殺が半々といったところだ」
「まさか……」
「そのまさかだ。自殺にしろ他殺にしろ、遺体の両手首と首を切られていたという記録がゴロゴロ出てきたよ」
アマリアは絶句した。こんな設定、ゲームに出てきただろうか? 恋愛がメインテーマなのに、その背景はここまで血なまぐさい話だったのか。
「一体、誰がそんなことを……」
俯いて考え込むアマリアの横顔を、レオはしばしの間じっと見つめていた。それから、おもむろに口を開いた。
「ここからは我々の推測だが……聞きたいか?」
「もちろんですわ」
「サラには絶対に言うなよ。……怪しいのは教会だ」
レオの口から発せられたのは、アマリアの予想通りの言葉だった。
「……教会が、魔術師になれなかった光のルーン所持者を殺害しているというのですか?」
「直接手を下しているかまでは、残念ながらはっきりしない。ただ、そのことを隠蔽しているのは間違いない」
「殺人という記録も残っているのでしょう? なら、その犯人は教会ではないのですか」
「ほとんどのケースで犯人が捕まっていない。現場の様子から殺人とされただけだ」
「現場の様子というと?」
「ああ。例えば切るのに使った刃物がないとか、頭に殴られたような跡があったとか、抵抗の形跡があったとかそういうことだ」
「でも犯人は捕まっていない……」
「そうだ。……あまり考えたくないことだが、それだけ光のルーンを持った落伍者は厄介者ということだろう。死んでしまっても構わないと思うほどに」
「……期待の分だけ落胆も大きくなるということですか。なんという身勝手な!」
アマリアの心に思い浮かぶのは、訓練の際、魔術をろくに使うこともできず苦しんでいた妹の姿だった。ここ最近、サラの顔色はずっと良くなかった。信仰を支えになんとか頑張っていた妹に、自分はなんとひどいことを言ってしまったことか。
「でもちょっとお待ちになって。ヨーナスは修道誓願の前夜に亡くなっています。もし教会がその死に関与していたなら、それこそ手にかけるのは修道士になってからでもよろしいではありませんか。教会の内部なら、隠蔽はもっと簡単でしょう」
「そこはわからない。……聖職者殺しは聖典にも書かれた大罪だから、と推測することも可能だ」
「それなら修道誓願なんて最初から拒否すればいいでしょう。念願かなった修道誓願の前日に自殺するなんて、明らかにおかしいですわ」
「だが、誰もヨーナスの自殺を疑わなかった。家族でさえな」
「……それだけヨーナスはひどい状況におかれていた、とおっしゃるの? 自殺をしても当然と受け取られるくらいに……」
「まあ、そうなるな」
ふぅ、と憂鬱を吹き飛ばすように小さく息をついて、レオはさらに続けた。
「おそらく、教会も一枚岩じゃないんだ。何かをしようとしている一派もいれば、それを阻止しようとしている一派もいる」
「確かに、そう考えるのが自然ですわね」
「そうそう、もう一つ気になっている点がある。アカデミアに在籍中、ヨーナスと仲が良かった卒業生が、つい先日修道士としてアカデミアに戻ってきたんだ。彼は修道誓願に立ち会う予定になっており、ヨーナスが死んだ日も同じ村にいたことがわかっている」
ドクン、とアマリアの胸が高鳴る。
「……その方の名前をご存じ?」
恐る恐る聞いたが、アマリアはもうその答えを知っていた。
「ああ。リクハルド・タハティという」
レオの口から出たのは予想通りの最悪の言葉だった。