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「元気そうね」

「ああ、アマリアも」


 庭園に現れたレオは以前とまるで変わらないように見えた。次はレオだというアルヴィの警告を受けて以来、アマリアもそれとなく彼のことを気にかけていたが、あの暗殺騒ぎのような不穏な動きはまったく起きていない。


「マルクス殿下のこと、残念ですわ」

「ああ、ありがとう」


 次期皇帝候補の筆頭だった第一皇子の死は、アカデミアにも大きなショックを与えた。皇帝重病の報も合わせ、今や誰もが次期皇帝は誰になるかを噂し合っていた。アマリアやサラのことなど、今では誰も気にも留めない。


「皇帝陛下のお加減はいかがですの?」

「相変わらずだよ。今や皇妃がすっかり皇帝の代わりだ。アルヴィ兄上も時々宮廷に戻っている」

「そうなんですか」


 アマリアが気にかけていたのは、先のアルヴィの警告だった。「次に狙われるのはレオ」と彼は確かにそう言った。


「……殿下の身の回りに、何かおかしなことは起きていませんか?」

「おや、私を心配してくれるのか」

「いけませんこと?」

「いや、ありがとう。……心配するようなことは起きていないさ。今のところは」

「そうですか」


 周囲に人の気配がないことを確かめてから、レオとアマリアは一つのベンチに並んで座る。「サラのことで話がある」——そんなことを言われては、たとえその相手がレオだろうと、アマリアも誘いに乗らないわけにはいかなかった。


 季節は巡り、木陰にいても夏の日差しが厳しい季節になっていた。じっとしていても肌が汗ばんでくるような暑さで、こんな日に庭園にいるような物好きは滅多にいない。暑苦しくてかなわないが、内緒話をする場としては悪くない。


「それで、サラのことですが……」

「最近、仲が良くないらしいな」

「よくご存知ですこと」


 アマリアは深いため息をついた。あの口論以来、サラはアマリアを露骨に避けるようになっていて、まともに会話すらできていなかった。サラと一緒に訓練を受けたいとハンヌに申し出てみたが、事情を知ってか知らずか断られ、「君はサラを信じて待つべきだ」と逆に諭される始末だった。


「二人が喧嘩するなんて珍しいな。サラがあんなに怒るなんて、一体何をしたんだ?」

「ご興味があるならサラにお聞きになればよろしいかと」

「聞いたけれど教えてくれなかったよ」

「……喧嘩の理由が知りたいなら、私はもう帰ります」


 そうアマリアが冷たく言い放つと、ふふっとレオが吹き出した。


「何がおかしいんですの」

「いや、姉妹揃って同じようなことを言うから。相変わらず仲が良くて羨ましいよ」


 レオは珍しく楽しげだった。どうやらサラとレオは相変わらず、会話する程度には親しくしているらしい。最近では珍しい朗報といえた。


「それで、そろそろ本題に入りませんこと」

「ああ。そうだな……ヨーナス・キヴェラという名を聞いたことはあるか?」

「存じ上げません」

「ヨーナスは3年前、サラの前に光のルーンを持ってアカデミアに入学した生徒だ」


 その言葉に、アマリアは思わず息を飲んだ。


「……まさか」

「さすがにその先は知っているか」

「初歩の魔術すら扱うことができず、放校処分になったと聞きました。そして故郷に帰ったはいいけれど、周囲からの失望と嫌がらせに耐えきれず……」

「自ら首を掻き切って自殺したそうだ」

「噂は本当でしたのね」


 親から子へと受け継がれる四つのルーンと異なり、光のルーンだけはある日突然、選ばれし者の身体に出現するのだ。光のルーンが現れるのは総人口の0.01%ほどとされており、貴族にも平民にもほぼ同じ確率で現れるとされる。その所持者は、国全体でもわずかしか存在しない。


「彼は平民の出身で、周囲に魔術を使える者はいなかった。教会での教育を短期間受けてからアカデミアに来たが、その程度の予習でついていけるほど、ここのカリキュラムは甘くない」

「……10を超えてからルーンを発現させた者が、事前の訓練もなく、たった一年で初級魔術を身につけるなんて、さすがに無理でしょうね」

「ああ。魔術を扱う感覚は短期間でどうにかなるものじゃない。かなり親身になって熱心に指導した教師がいたらしいが、結局どうにもならなかったそうだ」


 帝都から遠い田舎の出身、さらには平民の身の上では、きっと周囲の期待や重圧は、サラが受けたものの比ではなかっただろう。魔術師として大成するどころか放校されてルーンまで奪われては、故郷に戻ったとしても針のむしろだったのは想像に容易い。


「なぜ大神は、光のルーンと魔術の才を同時にお授けにならないのかしら」

「授けられた運の良い者もいるが、そういう連中は今、揃って宮廷にいるな。……考えてみれば全員貴族出身だ。確率からいえば、平民出身の方が数が多いはずなのに」

「それでも皇帝陛下のご病気は治せないのね」

「皆、癒しの魔術と光のルーンの所持者に過剰な期待を持ちすぎだ。あれらは優れた魔術師には違いないが、戦場で斬られて死にかけた初代皇帝を救ったという、古の聖女ヒルダには程遠い」


 二人きりで話をするとき、レオは時々アマリアでさえ冷やっとするほど辛辣な言葉を吐く。皇子として、国の行く末や政治にはいろいろと思うところがあるのだろうが、あまりに明け透けすぎやしないかと、アマリアはつい余計な心配をしてしまう。


「せめて、アカデミアはもっと大切に育ててあげればいいのに。癒しの魔術の使い手なんていくらいてもいいのですから、教育に何年かかったって良いはずです。それなのに、たった一年で見切りをつけるなんてあんまりですわ」


 アマリアの言葉にレオもうなずく。


「実はそこが不思議なんだ。なぜアカデミアは光のルーンの所持者を大切にしないのだろう」


 アカデミアは国立だが、その運営は魔術師ギルドが仕切っている。教職員も研究者も、アカデミアに関わる者は基本的に皆、このギルドの登録者だ。極論ではあるが、生徒たちはその登録資格を取るために勉強しているようなものである。


「平民に光のルーンが現れるとアカデミアで実験台にされて力を奪われる……なんて噂まであるらしいですわね。だから、光のルーンが出現したのに隠している方々もいらっしゃるとか」

「本当ならば由々しき事態だな」


 レオはちらりとアマリアを見て、それからやや声を潜めた。


「もっと気になるのは、放校になった者の処遇だ。あまり表沙汰にはされていないが、落第した生徒の光のルーンは封印処置を施されるんだ」

「その話なら存じております。……犯罪者でもないのに、どうしてルーンの封印までする必要があるのかしら」

「初級魔術師の資格に落第する者は時折いるらしいが、そのせいでルーンを封印されたなんて話があるのは光のルーンだけだ。そもそも、魔術が使えないからアカデミアを追い出されるというのに、その上ルーンの封印までしなければならない理由はなんだ?」


 考え込むレオの横顔に、アマリアはなんとも嫌な予感に包まれた。この世界では彼女だけが知るサラの運命の一つが頭をよぎる。


「器だから……」

「? 今、何と言った?」


 慌ててアマリアは口をつぐんだ。幸いにもアマリアの呟きは小さく、レオの耳には届かなかったらしい。本来なら知らないことを知っていると、こういう時に辛い。


「なんでもありません。それより、サラのことです」

「ああ」

「サラの身にも危険が迫っているとお考えなのですね」

「そうだ」


 レオは深くうなずいた。


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