お父様、登場
少し気分の悪くなる表現があります。
先日の話を聞いて私は武力を身につける必要があるのでは、と思った。
物理的な力があれば奴隷などになっても逃げ切れる可能性がある。
そんなわけで護身術を習いたい。
この世界には魔物という存在がいることや貴族社会故の泥沼な権力争い、村の治安の悪さ、また戦争が起きたりもするため剣術はわりと簡単に習えるらしい。
騎士という職業もあるため女性でも剣を習っている人はいる。
そんなわけで剣術まで習いたいところだが私はまだ五歳。何をするにも親の許可が必要なお年頃だ。
そんなわけで『お願い』をしなくてはならない。
勝負は朝食の時間。
理由は朝に弱い母がいないことと、こいつらは基本何かを食べてれば機嫌が良いためだ。
エミは一緒に食事をとることが許されてないので部屋のすぐ外で待機している。
「お父様との朝食は久しぶりですね」
「そうだな。仕事が忙しくて構ってあげられなくて悪いな」
「お父様がお仕事しているのは私たちのためって分かってますから。お仕事頑張って下さいね」
「レジーナは本当に良い子だなぁ」
機嫌をよくするためにヨイショをする。朝から最悪だ。
鼻の下伸ばしてるし、このおっさん。そもそも仕事って私を売るための営業だろう。ふざけんな。
私はこの人が大嫌いだ。レジーナの父であり男爵家の当主、シハーク・ブラッドリー。自分の利益のために何でもするお腹が出たカエル野郎。実の娘に発情する変態。
自分でもびっくりするぐらいこいつには思考が荒くなってしまう。
しかし私を溺愛してるのは確かだしこの家での決定権はこいつにあるので頼むならばこいつしかいない。
早速切り出していく。
「お父様、私剣を習いたいんです。以前騎士様が私にお仕事のお話をして下さったのが忘れられなくて。騎士になれないのは分かっています。だから習うだけでいいので駄目ですか?」
騎士になるという大きめのハードルを出しておいて本来の目的を小さく見せるという古典的な交渉術だ。もちろん北澤さん直伝の。
「駄目だ。お前が傷ついたらどうするんだ」
しかし、間髪入れずにノーと言われた。父、いや、ブラッドリーは癪にさわったようで脂ぎった顔をしかめる。
「でも私は自分の身は自分で守れるようになりたいんです。いつまでもお父様に甘えっきりは嫌です」
そうしないと命が危ないので手段は選ばない。
ぷくぅと頬を膨らませたあざとく言ってみた。
ブラッドリーは頬を緩ませてニキビだらけの口元を歪める。
「女のお前は強くなくていいんだ。将来嫁ぐんだから」
「でも、最近、その太ってきましたし、運動もしたくて」
恥じらいながら体をもじもじさせる。
「ほぉ。料理人にはレジーナの料理には最大限気を付けろと言ったんだが。それに太ってきているようには見えないぞ。どれ、お父様が見てやろう」
野卑に目を光らせたブラッドリーにごくりと喉が鳴った。
自分よりも数倍でかい人間に狙われる恐怖にひきつった声がでる。
「や、やめて。あ、その身長も伸びてるからそう、思った、だけです。多分太ってない、から」
「ふーん。それじゃあ剣は習う必要ないだろう」
「で、でも、私は狙われやすいってお父様がよく言ってるではないですか。だから私が強くなればお父様も安心ですよね?」
珍しくなかなか諦めない私にブラッドリーはガチャガチャと食器の音をたてながら肉を噛みちぎり不快感を顕にした。
それに少し慌ててるのは私がお客さんに抵抗するのを恐れてなんだろうな。
うん。ここで引いたら二度目のチャンスはないだろう。
作戦bだ。
「それではエミだけでも剣を教えてあげて下さい。お父様は将来エミを外で働かせるつもりなのですよね?体を鍛えていれば出来る仕事も増えるのでは?」
いい案だと思う。酷くムカつくことだけれどこいつはエミを将来働かせて家に金の仕送りをさせると息巻いていた。
護身術が使えれば護衛などの仕事も出来るため手取りも大きい。
また、貴族の淑女としてエミを扱うつもりはないのは分かっている。だからこそ、一定の貴族の間では野蛮といわれる習い事をさせるのはブラッドリーにとって悪い考えではないのでは?
しかし、
「エミに教育するつもりは一切ない。働かせるのは奴隷としてだ!あんな出来損ない、お前と双子なのが信じられない。一生文字もかけないだろう」
吐き捨てるように蛙は言った。
頭を鈍器で殴られたような衝撃が頭を襲う。
アハ、アハハ。そうだ。私が一番理解してたではないか。親は自分が思っていた通りに子供が育たなければ簡単に見放す。いくら努力しても振り向いてなんてもらえない。
でも、私のときは結果が残せなかった。北澤さんならきっと充分な実力を示せる。
だって北澤さんは私が諦めたあの体で毎日努力している。私の何倍も。
誰も構ってくれないこの家で、彼女はたった一人で自分を磨いている。私の数十倍も。
それでもきっと無駄なのだ。
エミに対して軽蔑だけしか感情がないこいつを目の前にしてはっきり分かってしまった。
ブラッドリーのエミに対する扱いは私の『両親』が私に対する扱いと同じだった。
あのとき私がどれだけ頑張って結果を残したとしても『両親』が振り向いてくれることはなかった、ということだ。
理解、したのに否定したくて声を荒げた。
「お父様、エミは出来損ないなんかではありません。エミは文字は書けま、」
「あの、差し出がましいようですが私が剣を教えるのはどうでしょうか?レジーナ様には実践的なものではなく運動の一貫として指導するつもりです」
震えた私の声は後ろから遮られた。
ヒナの声だった。いつも通り微笑んでいるが手が震えている。
「……ヒナ?あなた、強いの?」
「私がレジーナ様に付いてる理由は武力ですよ」
ポカンとしてしまったのだろうか。ヒナが少しだけ私に向かって可笑しそうに笑った。
少しだけ緊張がほぐれた。
「ふむ、特別手当ては出んぞ。それに傷一つレジーナにつけたらお前はクビだ。それでもやるのか?」
なんて野郎だ。端から認めるつもりなんてないじゃないか。ブラッドリーはニィと嗜虐的に口元を歪める。
「やらせていただきます」
「ヒナっ!」
「なっ、お前は家族に仕送りしてるだろう。家族に金を送れなくなってもいいのか!?傷一つでもつけてみろ!クビだぞ!クビ!」
「絶対にレジーナ様に傷はつけません」
「ふん、勝手にしろ!」
ブラッドリーは机を蹴飛ばしすっかり平らげた皿をひっくり返しながらダンダンと大きな体を揺らしながら部屋から出ていった。
あいつが振り返らないことをいいことに私は目を細めてブラッドリーを睨む。
突然ヒナがその場に座り込んでしまった。
「ヒナ!大丈夫!?」
「あ、すみません。腰が抜けてしまって」
「ヒナ、なんであんなこと言ったの?私、ヒナにそんな迷惑なんてかけるつもりじゃ無かったのに」
「エヘヘ、少しでもレジーナ様の力になりたくて」
はにかむヒナは本当に可愛い。抱きしめていいかな?良いよね。可愛いは正義。
そっとヒナに抱きつく。
「レジーナ様、あったかい」
「ヒナだって柔らかいしあったかいわ」
うん。柔らかい。
「ゴホン。あー、朝食はもう終わりか」
女子二人が抱きついてるところに気まずそうに料理人のゴンが声をかけた。
「あっ、はい。騒ぎをおこしてしまってごめんなさい。皆さんの朝食の時間が遅くなってしまいますよね。私はもう部屋に戻りますね。ゴン、今日も美味しかったわ。ありがとう」
そうだ。扉の前で聞いていた北澤さんにも報告しないと。
パタパタと軽やかな足音で部屋を出ていったレジーナを見送るとヒナは大きく息を吐き、その場にしゃがみこんだ。
「やっちゃった!あー、今まで頑張って我慢してたのに!いや、でも、あいつにエミ様が優秀なことしられたらすぐにでも奴隷に出すだろうし、そもそも私の腸が煮えけりかえそうだったし」
頭を抱えながらウーとヒナは唸る。
その頭をゴンはポンポンと叩く。
「お前はよく我慢したよ。昔はすぐに手が出てたのになぁ」
「昔のことでしょ!」
「あー、三年前を昔と言うならな」
「うるさい!」
二人は慣れた様子で会話のキャッチボールをする。
「それにしても俺はレジーナ様の食事のカロリー制限より旦那様達の食事をどうにかしたいんだけどな。料理人としてあんなの作ってるのは気持ち悪くなりそうだ」
「それでもちゃんと作るんだから、偉いよね。私は無理だな」
「お前さんより精神が大人なもんで」
「なっ、」
ヒナが何かを言い返す前にゴンはすぅと顔を引き締めた。
「それで、いいのか。本当に剣を教えるんだな?」
エミは真面目な顔になって頷く。
「うん。あのお二人が少しでも身を守るための力をあげたいんだ」
「そっか、頑張れよ」
「ありがとう」
ヒナは自分を心配してくれる幼なじみに笑って返事をした。
明日は午後1時ごろの投稿になるかと思います。