動き出したゲーム
今日は初めて食堂でお昼を食べる。
前にリリアーネに誘われたけどテストがあったりして忙しくてなかなか来れなかった。
昨日テストが終わってようやく今日念願の食堂デビューなのだ。
名称こそ食堂となっているがそこは貴族たちの通う場所。
椅子も机もお高めのレストランと遜色がない。
当然メニューもコース料理が存在する。
学生にお昼からキャビアやらステーキやら、目がくらみそうだ。
一日でコンビニのパン二週間分は賄えるな、と頭の中で計算し始める私は未だに庶民感性が抜けない。
しかし貴族たちの間にも当然身分差はある。
コース料理はあくまでも上級貴族用だ。
隣にひっそりとうどんやラーメンとまではいかないもののオムライスやサンドイッチなどの喫茶店のようなメニューも売っている。
「それじゃあ私はあっちで買ってくるね」
リリアーネはあっち、とおばちゃんたちが窓口で注文を受けている方を指さした。
そのまま一人で歩きだしてしまう。
「リリアーネ、待って。私も行くよ」
「そうなの。残念。味見させてもらおうと思ったのに」
リリアーネはいたずらっ子みたいに舌をペロッと出す。
リリアーネには申し訳ないけどお昼から胃もたれするようなご飯は食べたくありません。
あ、私がリリアーネに奢ればいいのか。
「リリアーネはどのコース料理が食べたいの?
どれ、言ってみて。私が奢ってあげよう」
「やだ、レジーナったらおじさんみたい。友達にそんな高いもの奢ってもらいたいとは思わないわよ」
……おじさんみたい。
グサッと心臓に槍がささる音がした。
いや、うん実年齢的にはそんぐらいだけど、おじさん、おじさんか。
「お風呂上がりにこっそりスルメを食べるのやめようかな」
非常食が保管されているところにスルメを見つけてから最近の私の夜食は魔術でこそっと炙ったスルメだ。
「スルメ?私もスルメは好きだよ。ああいうお酒のつまみって美味しいんだよね」
「リリアーネ、大好き!」
リリアーネはやっぱり私とよく気があう。
こうしてリリアーネと友達であることに嬉しくてニコニコしてたらなぜか人混みが割れた。
リリアーネは美人だ。美少女につきまとう変態にでも思われたか。
リリアーネが照れくさそうにしているのが見れたから周りの視線などどうでもいっか。
「うーん、スルメの話をしてたらおつまみ系を食べたくなっちゃった。唐揚げとかないかな」
「唐揚げって?」
微妙に食文化が違うこの世界には唐揚げがないらしい。
なんということだ。
今度、絶対作ろう。さて、唐揚げってどうやって作るんだろうか。
……やっぱ作ってもらおう。
リリアーネに唐揚げの素晴らしさを説明しつつ注文を終え(私はカルボナーラ、リリアーネはビーフシュー的な何か)席を探していると二人の令嬢に囲われアワアワしている男を見つけた。
「あれってカイディン様じゃないの?怒ってるみたいだけどどうしたんだろ?」
「あれは怒っているんじゃなくて困ってるんだよ」
傍目からは仏頂面に見えるが目は挙動不審で誰かいないかを探している。
あ、見つかった。カイディンが口パクしてきた。
助けろ、だと。
「ごめん、先に席とっといてもらってもいい?」
「うん、それも持っていこうか?」
「ありがと。すぐ戻るよ」
リリアーネに私のお皿をもってもらいカイディンのもとに足を向ける。
近づいていくにつれて会話が聞こえてきた。
「カイディン様、お一人でしたらわたくしたちと一緒にたべませんか?」
「俺に構わないでいい」
「実はわたくし、カイディン様に騎士教育の授業について質問がございますの。駄目でしょうか?」
「質問に答えるのはいいがお昼は」
「滅多に食堂にいらっしゃらないカイディン様とこうしてここで会えたのも何かのご縁ですもの。それともわたくしたちのことは向かいあっているものも苦痛でしょうか?」
「え、ち、違う!そういうことでは」
二人組の女子生徒はかなりのやり手とみた。
リリアーネが怒っていると称した顔に怯えることなく着々とカイディンを追い詰めていく。
カイディンは悲しそうに顔を伏せた令嬢に困り果て今にも頷いてしまいそうだ。
しょうがない、助けてやりますか。
「まぁ、こんなところにいたのね。探したのよ、カイディン。あら、お話し中?もう終わるかしら?」
「レジーナ、あ、ああ。終わる!」
ようやくやってきた助けにカイディンはホッとした顔で声の調子が上がる。
そこで二人の女子生徒はようやく私に気づいたみたいで二人で顔を見合わせた。
「悪いが今日はこれで」
「待ってください!」
目で一体なにを会話したのか、攻撃的な目を向けられた。
「レジーナ様はアレクサンダー王子の婚約者ですよね。あまり他の殿方と一緒にいるのはよろしくないのではないですか?」
「アレクもカイディンとは友人だし、私とカイディンの仲は理解してくれてますの。アレクは優しい婚約者ですから。それよりも私の大事なお友達を困らせないでくれる?」
優雅に笑ったつもりだったのに余計なことを言い始めたこいつらに怒りが抑えきれかったようだ。
二人とも顔を真っ青にしてしまった。
「っ、申し訳ございませんでした」
「行きましょう。カイディン」
「ああ」
さっさとカイディンを引き連れてその場を去る。
ついてきたカイディンが後ろをチラチラ見ながら心配そうに尋ねてくる。
「あんなこと言っていいのか?」
「カイディンとの仲をごちゃごちゃ言われる筋合いはないもん。それよりなんで一人なの?」
「今日はアレクと一緒に食べる予定だったんだが急に先生から呼び出されたみたいで無しになったんだ。お弁当は持ってきていないからいつも食べているクラスの人達とも食べるわけにはいかなくて」
「もう、それじゃあ一緒に食べる?リリアーネも一緒だけど」
「俺は構わないがいいのか?」
「一人でいたらまた絡まれるでしょ」
「うっ」
今日はリリアーネと二人きりが良かったけど仕方ない。
カイディンはいつも数人の男友達と一緒だからあまり女の子たちは近づいてこない。
しかし家柄と本人もアレクやお兄様と違う系統のイケメンであり、婚約者もいないため令嬢たちの間ではカイディンは優良物件なのだ。
放っておいたらすぐにまた囲まれるに違いない。
全く、いっそ誰かと付き合ってしまえばいいのに。
でもソフィア、あいつは駄目だ。
私の大事なカイディンをあの子に預けるわけにはいかない。
「そういえば今日は誰と一緒に来たんだ?クラスに一緒に食堂に来てくれるような人はいないだろう」
「うるさい!今日はリリアーネと来たの」
「リリアーネ?あそこにいるけど二人用のテーブルに誰かと一緒にいるぞ」
「え、誰?」
180㎝を超えるカイディンからは人混みの中でもリリアーネを見つけられたようだ。
私の視界にはまだ入ってこない。
「あれは確か例の平民の……」
「ソフィア!?」
「ああ、そんな名前だ。って急に走るな。危ないだろ」
慌てて人混みを搔き分けていくとそこには困り顔のリリアーネとキョトンとした顔でこちらを見るソフィアが向かい合って座っていた。
「何しているのよ!?」
寮でリリアーネに迷惑をかけている話を聞いていただけにリリアーネに何かしたんじゃないかと思って少し声を張り上げる。
「そうよね。あの席は上級貴族専用なのに平民のくせに座るなんて生意気よ」
近くにいた誰かが呟いた。
は?
違う。そうじゃない。
バッと振り向くと不満そうな顔をした人たちが数名いることに気づく。
どうやら平民であるソフィアを快く思っていない一部の生徒のようだ。
ていうかこの席って上流貴族専用なの?
知らなかったし、別にその事でソフィアに声をかけたわけではないのに。
「え、あ、そうなんですね。すみません。知らなくて」
「おい、レジーナ何している?」
訝しそうな低い声。
カイディンの声じゃない。
振り返るとアレクがいた。
いつの間にか食堂にいる生徒が全員こちらに静かにでも興味津々に視線を向けていた。
急速に頭が冷える。
今のこの状況を客観的に見れば、そこには大袈裟なぐらい平謝りしてくるソフィアに仁王立ちで立つ私。
っ、しまった。これは乙女ゲームのイベントだ。




