神と北澤円香
北澤円香視点です
前回より時間は前のお話です
紙にこの世界の文字を書いて練習する。一度書いただけでは覚えられないし、書いた字もこの小さい手では上手く力が入らず汚いものだ。
「ふぅ。これが練習するっていうことなのね。なかなか根気がいるわね」
うー、と背伸びをして顔をあげると鏡にあの子が映っていた。
いや、今は私、だ。ぼわぁと広がる髪の毛は邪魔なので後ろでひとつにくくった。
この世界では金髪やプラチナ、はたまた緑などを地毛に持っている人もいるのだが、自分がそれでなくて良かったと思う。
前と同じ黒髪に黒い瞳は安心感があった。
でもやっぱり全然違う。重たげな一重の瞼も日本人らしい鼻筋やそれらのパーツの配置は失礼なのだけど決して整っているのは言えない。別にブサイクとでもないと思うのだけど、なんというか地味。
しかし、ふっ。鏡に映っている私は楽しそうね。努力することもそれが成果に現れることも楽しくて仕方がない。
この見た目もメイクとかしたら変わるのかしら。前は何してもあまり変化はなかった。
ああ、でも人に注目されないって楽だからほどほどにしときたい。
『さっきから随分といろんな女子に喧嘩を売ってますね。それに美貌も優れた頭脳も奪われたのに落ち込まないとは、アハハ、これは他の神達も想定外だったに違いないですね』
頭にあの神とやらの声が聞こえた。愉快そうな笑い方だった。
以前とは違い私の姿は変わらないし、あいつの姿も見えない。
これで一人で喋りはじめたら変人ね。念力みたいな感じで通じるのかしら。
『通じますよ』
『そう。それで何しにきたの?監視なの?変態』
『様子を見に来ただけですよ。どうですか?この世界は』
『新鮮よ。放っておかれるって自由なのね。それに学ばなくてはいけないこともたくさんあって面白いわ。欲をいえば私にも教師をつけてほしいのだけど難しいわね』
それでもなんとか今世の妹にあたるレジーナに頼んでこの世界の地理や常識、礼儀作法、貴族としての領地運営、もちろん数学や文学なども学んでいる最中だ。
レジーナは天才と言われているだけあって教師もどんどん先に進んでくれるらしい。
レジーナ自身もスポンジのようにそれらを吸収している。
私の体なのだ。座学など余裕だろう。
『あの子が妬ましいですか?』
『まさか。レジーナはきちんと学ぼうと努力しているもの。それで私に教えてくれようと頑張っている。私がありがとうって言うとレジーナはすごく可愛い顔をするのよ』
照れ臭そうなそれでいて誇らしそうな顔をしてはにかむのだ。
なんだか雛鳥になつかれたような感じがする。
『それにあの美しさは諸刃の剣よ。実際、あの糞両親はレジーナを利用している。このままいけば男を信じられなくなってしまうわ。なんとかしないと』
しかし、どうするべきか。いい案が思い浮かばない。
『実体験ですか。説得力がありますね。しかしまだあなたの時より酷いことにはなってない。あれぐらいあなたと比べれば全然不幸などではない』
前から思ってたのだけどこの神様とやらは随分と人間らしい思考の持ち主よね。人の不幸なんて比べるものではないでしょうし。
でも全て知っているのか。一応神様なのよね。
私はふとあることに気がついた。
『ねぇ、以前に特別に私に手助けしたって言ってたわよね?もしかしてあの時あいつが死んだのって』
『さぁ、どうでしょう。顔色が悪いですよ。あまり考えない方が良いのでは』
久しぶりに思い出してしまったからだろう。ちょっとだけ吐き気もある。目の前に鮮明な赤色が広がる。
意識を別のものに変えなくちゃ。
『それであの子はどういう人生を歩んできたのかしら?』
体が入れ替わって一緒にこの世界に来たクラスメート。
『ああ、意外とあの子も特殊でしたね。北澤円香の顔を手にいれてチヤホヤされてもそういうものに興味を一切もっていないのですから。あなたから見てどういう印象ですか?』
『そう、ね。前世では大人しい子ね。あと自分で言うのもあれだけど私の信者』
『この世界に来てからは?』
慎重にあの子の言動を思い出す。
『大人しいというよりは何にも関心を持ってないようにみえるわ。でも、私と話すときは別ね。目がキラキラして、まるで私が生きる意味はあなたですって言われているように感じるの』
最近はヒナと話すときも目に光がある。
しかし、ヒナはこの世界ではあまりいない私にも優しい人物っていうことに関係してる気がする。
『自惚れすることもなく的確に当ててきますね。彼女は誰にも愛されず期待されず認められず、心が通じ合う人も出来なかった可哀想な子です。だから自己評価はものすごく低いし、物事に対する執着心も期待もなにも無いんです』
ほら、やっぱり人間らしい。神の声には哀れみの感情がのっている。
『もちろん生きることへの執着も薄いものでした。でも貴方に出会ってからは変わったみたいですね』
私の一体何処にあの子はそんなに惹かれているんだろうか。
いや、もちろん自覚はちゃんとある。私を慕ってくれている人は大勢いる。
私がそうなるように頑張った。
それでも、あの純粋な好意しか込められていない瞳はくすぐったい。
私があの子の生き甲斐だと言うならそれは嬉しい。
でも、それじゃあ駄目だ。
私はあの子の生き甲斐になってはいけない。
『……死なせる訳にはいかないもの。いえ、でも放っておいたら悪役令嬢であるレジーナは死ぬのよね。ねぇ、神様どうしたら助けられるの?』
頬に手を当てて困ったわという風に小首を傾げる。
『……こっそりと手助けはしていたのですよ。気づいないのはあなたです。だからそう殺気を出さないでいただきたい』
やけに丁寧な口調だった。
それにしても手助け?そういえば前世で頼んだ覚えもないゲームが抽選で当たったとかで家に届いたことがあった。
確か、あれは乙女ゲームだったはずた。
あっ!この世界はあの乙女ゲームの世界か!
北澤さんは何かしていないと落ち着かないタイプです。