お茶会スタート
お母様はさっそく次の日から会場となる庭の大改造を始めた。
そもそも、本来なら夫人が家のことを切り盛りし、お茶会などの開催の役割を受け持つが、グレッシェル家では長年、公爵家夫人であるお母様が病で寝込んでしまっていた。
それ故に公爵家でありながら庭には装飾類はなく、花などの植物類も満足に整備されていなかった。
当然、人を呼べる状況ではなかった、んだけど……。
「うわっ。すごいな。よく短期間でここまでの庭園が出来たな。下手したら城にも引けをとらないぞ」
以前の状態をよく知るカイディンが驚いて呆然とするレベルまで二週間にも満たないうちに我が家のガーデンは変貌した。
カイディンは明日に迫ったお茶会の前に誰か他の意見を聞きたいと言い始めたお母様に招待されて来てくれたのだ。
「そうでしょう。こちらは以前ただのまっさらな芝生でした。周りを囲うように生えていた広葉樹も時にはここで魔術の練習が行われていたため、何本かの木が消滅していました」
「ああ。そういえば前レジーナが木を魔術でぶっ倒してたな」
「枝に当てるだけのつもりだったの!というか、しぃー。内緒なんだから」
「ばれてないのか?」
「広さだけはあるんだから一本ぐらいばれないって」
その時犠牲となった木の残骸はきちんと闇属性魔術でお片付けしといたからきっとばれてない、はず!
あっ、しまった。紹介を途切れさせちゃった。
「ごほんっ、まぁー、なんということでしょー。今の時期に花を咲かせる萩が満開となって入口で人々を向かい入れます。菊やリンドウが植えられた花壇は和風さを感じさせ、落ち着きのある雰囲気となりました。お次は今回のリフォームにおいて匠が最もこだわった池、」
「おい、待て。なんだ、その喋り方は」
まだ途中だったのにカイディンの怪しげな視線により中断させられる。
「お家をリフォームした時の定石的な紹介方法だよ」
「なんだかよく分かんないけど、リフォームを超えてるだろう、これ。こんなに大量の花どっから持ち込んだだよ?」
「種だけもらってきて後は魔術で成長させたの」
花はともかく木を購入して植え替えるには時間が足りなかった。
なので種と苗だけ買って埋め、後は魔術で成長させた。
最後に庭職人に整えてもらえば完成だ。
「は!?これ全部か?」
カイディンの声のトーンが上がった。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔っていうのはこういうのをいうんだろうか?
一度でいいから実際にやってみたい。
ていうか、そこまで驚くこと?
「考えてみて。ここには国の魔力量トップ3がいるんだよ。出来ないわけないじゃん」
「……そうだな」
カイディンは私を通り越して凄い遠くを見始めた。
顔の前で手を振ると戻ってきてくれたみたいで目が合う。
カイディンの赤い瞳が私を映して、それから細められた。
「緊張してるのか?」
今度は私が目を見開く番だった。
いつも通りにしたはずなのに。明るいふりをするのがわざとらし過ぎただろうか。
でも緊張の原因がここまでお膳立てされといて友達が出来るか不安、とか恥ずかしすぎる。
でもカイディンのちょっとだけぶっきらぼうな優しい目を見てたら甘えたくなった。
「カイディンも明日来てよ」
「それじゃあ、意味ないだろう。アレクと一緒で俺の方に皆が集まってきたらどうするんだ?」
分かってる。言ってみただけだ。
カイディンも侯爵家であり、カイディンの父のリカルドは王家騎士団第一部隊の隊長である。
グレッシェル家にも負けず劣らずの身分だ。
そして、貴族のお茶会ではそこで一番身分の高い人物を壁の花にさせることは失礼に当てるので代わる代わる挨拶に行く習慣がある。
普通だったら私も挨拶させる側であり、そこで友達も出来るものだが、私の隣にはいつも王子であるアレクがいたので私ではなく王子を優先する人が続出した。
私はアレクと一緒にいるからついでに挨拶されるだけ。
そうした結果、私にはお友達と呼びる存在が皆無になってしまったのだ。
ちなみにアレクは王子として毎日のようにどこかしらのお茶会に参加しているだけに三日に一度の頻度で同じ会場にいる私がまさか本当にそれだけしかお茶会にいっていないとは夢にも思わなかった、とのことだ。
自分がいないところで友人はつくっていると思っていたらしい。
だけど私はアレクがボソッと呟いていたのを聞き逃さなかった。
「レジーナといれば令嬢たちに囲まれなくてすんだのに」
やっぱり、というか私を女避けに使っていやがった。
でも別に腹が立たなかったのはアレクがあまりにもウンザリしていてイケメンも大変なんだな、と同情の方が上回ったからである。
そこでふと思った。
明日のお茶会に招待されているのは女の子がほとんどなので男の子は少ない。
「もしかして、女の子に囲まれるのが嫌で断ってる?」
「そ、そんなことない」
怪しい。
私は知ってる。
カイディンは同学年の女の子とは緊張して上手く話せない。
幼い頃からサンダーズ家の伝統として親元を離れ修行していたカイディンはいわば男子校育ちのスポーツ少年だ。
つまりはムッツリなのである。
一応、以前になんで私は緊張しないのか聞いたらキョトンとされて「だってレジーナだし」って言われた。
いや、うん、私も同じようなもんだけど……。
家族を除いてカイディンだけが唯一、私が触っても恐くない男だから。
「レジーナ、安心しろ。もし、友達が一人もいなくても俺がお前の友達だ」
ニッと自慢げに笑うカイディンに、ああ、カイディンと出会えて良かったなと思った。
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「皆様、皆様には本日お集まりいただいたことに感謝申し上げますわ。ぜひグレッシェル家自慢の庭園を楽しんでくださいませ。では、今日は貴族院入学前である貴方たちが主役のお茶会ですので私はこれで失礼いたします。何かあったら使用人にお申し付けください」
普段は可愛いお母様が今日は綺麗だった。
病気の関係もあり普段はゆったりとした服が多いお母様だが今日は髪をまとめ、体のラインがよく見える大人っぽいドレス姿だ。
流れるような優雅さで礼をし、はじめの挨拶を行ったお母様はどこからどう見ても公爵夫人だ。
あ、脇で見ていたお父様がお母様が戻ると同時に抱きしめた。
いつもとはまた違った魅力に我慢出来なかったらしい。
ふぅ。ちょっと緊張がほぐれた。
グレッシェル家で開催したお茶会なので私も挨拶をしなくてはならない。笑顔を浮かべて一歩踏み出した。
所定の位置について一度目をつぶった後、視線を全体に巡らせれば30人ほどの人が目にはいる。
多数の目にはもう慣れた。
アレクといれば嫌というほど視線を浴びるのだ。
ゆっくりと口を開く。
「皆様、ご機嫌よう」
その一言だけで頬を赤く染める者が多数いるのだから改めてこの容姿と声は反則だと思う。
「皆様、ごきげんよう。グレッシェル・レジーナと申します。皆様とは別のお茶会でお会いした方も大勢いらっしゃると思いますが今日はさらに親交を深められれば嬉しく存じます。今日一日、いえ、これからどうぞよろしくお願いいたしますね」
ほとんどアイラが考えてくれた挨拶を終え、一礼して下がると会場は拍手に包まれた。
さあ、お茶会の始まりだ。




