作戦会議
ある日の昼下がり。
私は部屋にいた。
いつものように『客』が来る予定だったが先方の事情で無くなったのだ。
そんなわけで突然出来たこの空いた時間を私はもて余している。
前世ではスマホやゲームで何時間でも時間が潰せたのだが当然この世界にはそれらはない。
出来ることといえば、読書や編み物など貴族らしいものだ。ふむ。一切興味がない。
とりあえずベッドにダイブしてみた。
小さなこの体では大した反動はなくポフッと音を立てて体が沈んだ。
はぁー。この感じが懐かしい。前世では休みの日は一切布団から出ない日もあったというのに。
貴族っていうのは忙しすぎではないだろうか。
お肉料理だけで三時間のマナー講座が続いた。出来るまでやり直しされられるためお腹がパンパンだ。
そのせいもあって私はウトウトし始める。
普段出来ないお昼寝をするのもいいかもなぁー。
意識がだんだんと落ちてきた時、突然扉が開いた。
「さて、作戦会議をしましょうか」
「へ?」
そんな第一声とともにやって来たのは北澤さんだった。
北澤さんは戸惑う私を気にせずベッドに上がってくる。
「そもそも悪役令嬢である貴方の死因は一体なんなのかしら?」
上半身を起こしてまだ眠たげな目をこすり、北澤さんの質問を考える。
「そりゃあ、乙女ゲームの世界なんですから処刑とかだと思うんですけど。え、私が悪役令嬢?モブの方じゃないんですか?」
「貴方、鏡を見てから言いなさい。その顔でモブとか務まるはずないじゃない」
ズバッと切り捨てられた。
あ、言われてみれば。
信じられないけど北澤さんが言うならそうなのだろう。……マジか。
衝撃にうちひがれている間にも北澤さんは話を進めていく。
「さて、悪役令嬢の死因は処刑だけじゃないわ」
「……なんで知ってるんですか?」
「私、この乙女ゲームやったことあるの」
「え!?」
北澤さんが乙女ゲーム!?あの高校入学1ヶ月で男女問わず100人近くから告白されたという逸話をもっている北澤さんが乙女ゲーム!?
「暇潰しよ。つまんなくて今日まで忘れてたし」
その横顔は四歳では到底出せない哀愁が漂っていた。疲れきったOLのようだと思ってしまった。
本当に神は何を考えているのか。私の顔なんて残してもしょうがないではないか。
「なんで残念そうに私を見るの?貴方の顔でしょ」
「え、いやいや、そんなことは。ただ前世の自分をこう、客観的に見ると色々と思うことが」
「私もよ。……確かにこれは襲いたくもなるわね」
最後の方は小声でよく聞き取れなかった。
「北澤さん?今、なんて?」
「何でもない。気にしないでいいわ、ってどうしてニマニマしているの?」
不思議そうな顔で見られた。
「え、えーとやっぱり北澤さんはその口調がいいなぁって思ったんです。リアルお姫様みたいで」
「今のところ、この口調で話せるのは貴方と二人の時だけね。そういう貴方は普段は私の話し方を真似してるでしょう。
そういえば、同い年なのに私に敬語なのはどうして?」
「だって北澤さんに敬語を使うなんて恐れおおくて!」
たとえ姿は私でも北澤さんが私の憧れなのに変わりはない。あの日からずっと。
「そう。まぁ、いいわ。とっさに出るのが敬語なら死ぬ確率も下がるかもしれないし」
「ああ、結局どういうゲームなんですか、これ?」
「フッ、超ご都合主義よ」
北澤さんの話はこうだ。
タイトルは『光の聖女~真実の愛とともに~』
舞台は12歳から貴族が入ることになる貴族院と呼ばれる学校から始まる。
そこでは基本的な文学や数学、貴族としての社交、芸術、人によっては文官や騎士としての授業を受ける。だが、最も特殊なのはその学校では魔術を学ぶ点だろう。
神が言っていたようにこの世界には魔術が存在する。魔術が使えることが貴族である条件なのだ。
しかし、希に平民にも魔術が使えるものが現れるらしい。このゲームの主人公がそうだ。村で魔術が使えることが判明。しかも貴重な全属性持ち。貴族院への入学が決まった。
もう、すでにテンプレートでしかないのだがさらに続く。ヒロインちゃんは学校で平民だからという理由で苛めにあうのだ。
その苛めの筆頭が私、レジーナというわけだ。
「もう聞かなくても先が分かるぐらい何の捻りもない乙女ゲームですね。一ついうなら悪役令嬢役が男爵家の娘っていう弱い立場だってことぐらいですか」
「いいえ。貴方は公爵家の娘だったわ。しかも王子の婚約者」
「本当にお手本みたいなゲームですね!ん?じゃあ私が悪役令嬢ではないのでは?」
「それは無いわね。最初の基本設定の名前はレジーナだったわ。いかにも悪役令嬢っぽい。地名や学校名も一緒なのよ。何より悪役令嬢は容姿が優れている設定だったわ。その美しさは1000年に一度の美貌とも評されていたわね。……今は私の姿だから見た目の特徴こそ違うけど」
「それは私ですね。間違いない。でもなんで私は男爵家に生まれたんでしょうか?」
「分からない。でも、これから公爵家の娘になるかストーリーが変わっているかどちらかだと思うわ。エミという人物はいなかったけど神は確かモブだといっていたから、ストーリーには名前すら出てなかっただけかもしれない。そこも不確定ね」
「流れに身を任せるしかないですね」
「あら、それじゃあ貴方は死んでしまうわ。個性をつけるためにか冗長したかったのか知らないけどこのゲームの売りはザマァ展開よ!」
「何ですか?それは」
乙女ゲームなどやらない私には意味が分からないがなんとなくろくな展開ではないと思う。
頬がひきつる。
「ザマァ見ろのことよ。貴方は人の心がないのかと思うぐらいヒロインをいじめるの。一晩中倉庫に閉じ込めたり、魔物の群れの中に一人置いていったり無理やり犯そうとしたり、それはひどいものだった」
「私じゃないんでそんなごみくずをみるかのような目をしないでください」
普段は誰にでも優しい北澤さんだけど時々こういう目もする。あ、ちょっとゾクゾクしてきた。
「当然あなたにはそれ相応の罰が下ったわ」
「北澤さん、私はそんなことしてないです!私、北澤さんにだけは嫌われたくないです!」
「……分かってるわ。それでゲームの話に戻るわ。軽いもので拷問、重いものでは奴隷ね。どっちも死ぬことに変わりはないけど」
「R18ですか、それは」
「R15ぐらいよ。多分このゲームをやっていた人がは悪役令嬢を倒すために頑張っていた人も多いんじゃないかしら?」
さらりととんでもないことを言う。
「私は、どうすれば!?」
私はともかく北澤さんにまで被害がいくかもしれない。
そんなことは許されない。
「ヒロインを虐めない、攻略対象と関わらない、自力で逃げれるだけの力をつけるしかないと思うわ」
一つ目は絶対に守れる。二つ目はゲームの強制力がどこまであるのかが分からないけど、三つ目も、この体なら大丈夫だと思う。
「そういうことでマナーのお勉強しましょうか。少なくても動作、話し方が美しい人に人は悪い感情を持たないものよ」
ニコッと北澤さんは笑った。天使のような笑顔で美しい笑い方だった。
だが私には悪寒が走る。
あ、これバレてるわ。この体はすぐ身に付くから全然練習してないのがばれてる。
うっ、勉強は昔から出来ようが出来まいが嫌いなのに。
「生きたいのでしょう?まだまだ今日は長いわよ」
「……はい」
テレン。
私は北澤さんの前世での経験を生かした会話の話術を手に入れた。
「実践で使ってみて初めて身に付くものだから今度誰かに使ってみてね」
……手に入らなかった。
今回は説明回でした。
次回は北澤さん視点の話になります。
ちなみに主人公は北澤さん至上主義です。