二回目の魔術授業
目の前に広がる大量のドレス。
数人の針子さんに商人。
女の子の子供用のドレスを手に取るイケメン。
「うーん、何でも似合うからどれにすべきか迷うな。いっそ全部買っちゃう?」
「そんなにいりませんから。ていうか、何でいるんでいるんですか?」
「いろんな服を着た可愛い君が見たくてお願いしちゃった」
おい、針子さんにウィンクするな。
次々に私にドレスを当てていくジオルドにため息が出てくる。
グレッシェル家に来てから今日で四日目。
もともと持っていた服は少なく、質も公爵令嬢としては不十分なものだったこともあり、私の服を買うために急遽お父様は商人を家に呼んだ。
そこについてきたのがジオルドだ。私の服を選ぶ気満々である。
「僕の選んだ服を君が着てくれるなんて嬉しいよ」
「何でもいいんで早くしてください」
八歳の子供に流し目をしないでいただきたい。通報するか。
あの魔術暴走の一件の次の日から組まれた教育スケジュールの量はえげつかなかった。
公爵令嬢として礼儀作法やダンスなど今まで習っていたものは全て底上げを要求される。また王子の婚約者として学ぶべきことも大量にある。
そんな怒涛のスケジュールの合間にジオルドはやってきて甘い言葉をささやき、時にはもので釣ってくるのだ。
好きでも何でもないくせに何を企んでいるんだか。私はすっかり塩対応である。年上だから敬語なのでカイディンほど言葉は乱れていないとは思いたい。
「ジオルド様、それは姫様にはまだ大人っぽすぎます。こちらの方が可愛いかと」
「そう?シンプルすぎない」
ジオルドと一緒にドレスを選んでいるアイラの手にはマーメイドラインのレースがあしらわれたドレス。
一方のジオルドはシルクのノースリーブタイプの大人っぽいデザインのもの。
「君はどっちがいい?」
「姫様はどちらがいいですか?」
「どっちも嫌。赤は止めて」
勝手なイメージだが赤は悪役令嬢っぽい。
「えー、絶対に夜空のような黒髪に赤は映えるのに」
「かしこまりました。赤意外でお選びいたしますね。魔力属性の判定の儀式に着ていた赤いドレスは似合っていたので惜しい気はしますが……」
最終的に赤以外のものだが、予想の数倍の量のドレスを買うことになった。
ーーーーー
グレッシェル家に来てから今日で一週間後。私のスケジュールに魔術が入ってきた。
「何でジオルド様が教師なんですか!?」
「君の魔力は何が起きるか分からないからね。その辺の魔術師に任せるわけにはいかないよ。僕としては君と一緒の時間が増えて嬉しいけど」
「黙って授業を進めて下さい。先生」
「黙ったら授業にならないでしょ」
ただの言葉の綾だ。
「えー、魔術の教育では変則的だけどまずは『身体強化』を身につけてもらおう思う」
いざ、始まってみればジオルドは真面目に教師をし始めた。
「『身体強化』は魔術において唯一詠唱無しで使える無属性魔術だ。無属性魔術っていうのは分かる?」
「誰でも使えることができ、六属性に含むことが出来ない魔術、ですか?」
「うん。間違ってはないね。だけど無属性魔術の大きな特徴はその魔術自体が危害を加えることが出来ない点なんだ。例えば『メサジュ』。これは連絡手段のための鳥をうみだす無属性魔術だ」
リカルド様もヴィルフリート様も使っていたやつだ。
「他にはまわりに音を届かせない『消音』、あとは道に迷わないようにする『印』とかね」
なんだか地味そうなものが多い。だからこそ魔力を持つものなら全員使えるのかもしれない。
「『身体強化』は無属性魔術の中で強力な魔術なんだけど使うのが難しい。魔術のコントロールとある程度体を鍛えていないと使えないから出来ない人も大勢いるよ」
「初心者の私にそんな難しいのを教えるつもりですか?」
「詠唱じゃなくて、きちんと魔力をコントロール出来ないと発動出来ないからちょうどいいんだ」
苦笑された。私が詠唱だけで発動出来る魔術を使えば何が起きるか分からない危険案件だ。
北澤さんにゲーム中のレジーナは魔力の腕がからきしだったと聞いた。ゲーム中のレジーナから遠のくためにも、力を手にいれて生き残るためにも魔術はきちんと使えるようになりたい。
それにしても、普段は作り笑いをして歯の浮くような台詞を言ってくるジオルドだが彼は優秀な魔術師だった。きちんと考えてくれたらしい。
「それじゃあ全身に体内の魔力を体にいきわたらせてるところから始めよう。いきわたらせられたら、それらを外に出すイメージだよ」
魔術を使った二回とも感じた熱い何かが体中に駆け巡る状態を思い出す。
「中心に石を投げて広がる波紋を想像して、って待って!そんな大量の魔力を動かしたら!」
ジオルドが制止の声をかけるのと私が外に魔力を押し出したのは同時だった。
体がまるで重力を感じていないかのようにふっと軽くなった。視力がぐんぐん良くなり壁の砂粒まで見えた。
「え?」
驚いて一歩前に踏み出し足が地面をえぐった。
とんでもない反発力が働きわたしの体は前に押し出される。響きわたる絶叫。
「えええーーーーーー!!!!」
「っ!『追風』」
風が私の体の勢いを止める。
勢いが止まった体は地面にスライングした。
膝を思いっきりうちつけるのを覚悟したけど地面は柔らかかった。直前にジオルドが何かを言っていたから魔術が発動されたのかもしれない。
「体の力を抜いていって。魔力を元に戻すんだ」
そのまま横たわっていると熱が引いていく。
体が重さを取り戻したところで起き上がると息がきれた。全速力で走った後みたいだ。
上から声が聞こえる。
「君は魔力の無駄が多すぎる。あまり余った魔力で無理やり魔術を使ったみたいだけど今ので豊富な魔力が半分も無くなってるし、何よりコントロールが出来ていないんだね」
冷静に分析しているように見えるジオルド。
その声には落胆の色が見えた。
「ここまでコントロール出来ていないでその膨大の魔力を使うのは危険だ。最悪、命を落としかねない」
「訓練しても出来るようにならないんですか?」
早口でまくしたてる。
「その過程が危険なんだ。魔力を抑える特殊な装備が存在するからそれをつけて最低限の魔力だけ使うようにした方がいい」
期待外れの失望した目。どうせやっても無駄なのだから、という無言の圧力。前世で私の心を折ったそれら。
でも、今はそんなのどうでもいい。
「嫌です。魔力コントロールの仕方を教えて下さい」
「話を聞いてたの?残念だけど君は、」
「ねぇ、とある少女の話なんですけど」
「急になにかな?」
ジオルドの話を遮る。
ジオルドはもう癖なのか笑顔で小首を傾げて甘いマスクをつけて尋ねた。
私が憎いくせによくやるよね。もう私を懐柔する意味もないと思ってるだろうに。
「少女は両親にそれはもう大層な期待をもたれて産まれてきたの。でも、彼女は人より成長が少し遅かった。歩くのもしゃべり始めるのも。両親は彼女に失望したわ。少女はただただ悲しんだ。誰かに期待されることは幼い子供にとって生きる糧だから。だんだんと少女は周りから目を耳を塞ぐようになっていった。何にも興味を持たなくなった」
ジオルドは理解出来ないって顔をしている。彼は五属性であり、魔力の使い方も一流だ。幼い頃から筋が良かったのだろう。
周りから多大な期待を受けてもそれに応えられたにちがいない。
「でも、少女は幸運なことに尊敬すべき人を見つけた。少女はその人を見ているだけでも満足でそれだけを生き甲斐にしていた」
「それは君?」
「ううん。私は少女よりずっと恵まれているんです。私の大切な人はすぐそばにいたし、才能もあるから」
「自分で言うの?」
「あなたも言ってくれたでしょう。こんな可愛い子見たことないって」
私はそれに全面的に同意する。私は可愛い。そんなの私が一番よく知っている。
「だから私は見ているだけじゃ満足出来ないの。私があの人を守れるようになりたい。もっと頼られたい。特別になりたい。だから頑張るって決めたの」
私は笑って見せた。北澤さんのお得意の突き放すその笑顔で。
「あなたの意見なんてどうでもいいわ。私に教えるつもりがないならどこかに行って」
実は毎日更新を辞めることにいたしました。これからは二日に一度の更新となります。
詳しいことは活動報告に書きましたので目を通していただけると嬉しいです。
最後にいつも読んでいただきありがとうございます。




