突然の優しさ
寒い。
冷たさで意識が無理やり起こされる。
うー、まだ、ぼおっとするし、体が動かない。
周りの音が遠い。
突然口に液体を流し込まれた。
……美味しくない。変な草みたいな味。きっと薬のようなものだろう。吐き出すわけにもいかないのでごっくんと飲み込む。
体の気だるさが少しとれた。
例えるなら三徹している時の2時間だけの仮眠後だ。
つまり、体が動かせるほどではない。
「レジーナ、ちょっとは楽になったか?」
心配そうなカイディンの声が聞こえる。だが、返事をするほどの気力はなかった。
また意識が落ちかけてきた。誰だよ。こんな冷房冷たく設定したやつ。体力がどんどん奪われていくのを感じる。
とどめをさしたのは低い唸りを帯びた怒りの声。本能的な恐怖から私は再び意識を手放した。
不味っ!
「うぇ、むぐっ!」
反射的に吐き出そうとしたら読まれていたかのように口を押さえられる。
「それはポーションだ。効果が高い分不味いが毒じゃないから安心しろ」
人に毒だと思わせるようなものを飲ませるのはどうかと思います!
心の中で恨み言を言いながらなんとか飲み込む。
喉まで不味さを感知した直後に体のだるさが、すぅーと抜けた。
鉛のように重かった体が楽になったので起き上がる。
広がっている光景に思考が一度止まった。
「え、なにこれ?」
辺り一面に地面から氷のトゲトゲが生えていた。
「レジーナの魔力が暴走して植物を成長させたの覚えてないのか?」
「いや、それは覚えているんだけど氷は?」
「それはジオルド様が」
カイディンが見た方に頭を動かす。
ジオルドは人の良さそうな笑顔を貼り付けている。
射るように細められた目つきは一瞬だった。
「薬、不味かったでしょう。後で甘いものあげるね」
「え、あ、ありがとうございます。それで、この氷って?」
「君は魔力が枯渇する寸前だったんだよ。どうやら君の魔力を植物が吸いとっていたようだったから植物を凍らせてみたんだ」
うん?なんで、植物が私の魔力を?
「植物活性は植物を成長される魔術だが、範囲は魔力量によって決まっているし、成長具合もそうだ。だが、レジーナは一度に大量の魔力を使って植物活性を使ったから適応範囲は広くなった。おまけに突如莫大な魔力を得た植物がさらに成長しようとレジーナの魔力を吸い尽くそうとしたんだろう」
ほぉほぉ。お父様の解説は分かりやすい。
どうやら私は普通なら十分の一程度しか魔力を使わないような魔術に一気に半分以上の魔力を使って発動したらしい。
そういえば以前に火球を使った時もたった二発で魔力切れが起きた。
魔力量が少ないわけではなかったようで良かった。良かったのか?うーん、魔力のコントロールとか出来るのかな?
今の状況だと私はただ破壊することしか出来なくなってしまう。
そんなのただの出来損ないじゃないか。
爆弾よりもナイフの方が使い道が広いのと一緒だ。
「へくちっ」
前世では絶対にしないような可愛らしいくしゃみが出た。
どうやらくしゃみはその体によって生まれつき決まっているらをしい。
というか寒い。
最近は夏ほどではないが春を過ぎたあたりの気温なので薄手な服を着ている。
だから氷の中はとても寒い。
よく三人とも平気だなぁ。
カイディンは脳筋だからいいとして、ジオルド様とか線が細くて体力的な面では弱そうなのに。
両手で肩を抱きながらそんなことを考えているとお父様が焦りだす。
「大変だ、風邪を引いてしまう。レジーナはまだ『身体強化』を使えないからな。少し待て。すぐに暖める『灼熱息吹』」
途端にお父様の目の前から炎がうまれた。名前からしても竜の息吹のような炎は三方四方に動き出す。
暖めるっていうか燃やしてますけど。
あっという間にあらかたの氷漬けされた草木を呑み込んだ炎の後に残ったのは土だけだ。
「おお!すごいな!……カッコいい」
カイディンは興奮したように目を輝かせた。
確かにこれは男子が好きそうな魔術だよね。
いや、でも私もこれはちょっとテンション上がるな。
下の氷も溶けていたので立ち上がる。
否、足に力が入らず倒れた。
土が湿っていたため痛くはない。痛くはないんだけど恥ずかしい。
「駄目だよ。急に立ったら。僕が部屋まで連れていってあげるから」
甘い声。
ゾクッと体が反応する。
突然体が宙に浮いた。
ジオルド様が私の膝と肩に手をまわして持ち上げたのだ。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「ひっ」
「大丈夫だよ。落とさないから。きちんとつかまって」
突然地面から離れた恐怖心と思いの外、ジオルド様と顔が近かったこともあって喉からひきつった音が出た。
「大丈夫なので、おろして下さい」
「大丈夫じゃないでしょ」
暴れたものなら落ちそうで動けない。
そもそもどういう風の吹き回しだ。
話しかけないで、優しく出来ない、って言ったのそっちだろう。
裏のある優しさほど怖いものはない。
「ヴィルフリート様、俺が連れてきます。だからレジーナを返して下さい」
「カイディンはもう少し大きくならないと連れていくのはきついでしょう。僕に任せなさい」
ジオルドの声は穏やかなのに不穏な空気が漂う。
「何なんですか?この状況?ヴィルフリート様が突然会議をぬけたと聞いて来てみれば。貴方は女性を縄で縛るようなご趣味がおありでしたか?」
聞いたことがない声。
首だけ動かすと入り口に初老の文官の人がいた。
華美な刺繍が施されている上着を着ているからそれなりに良い立場なんだと思う。
それでもよく無表情でヒルシュール先生に縄を巻き付けているお父様に声をかけられるね。
私は、すぐに目をそらしました。
「そんなわけなかろう。娘に危害を加えた人間だ。罰しなくてどうする?」
「はぁ。仕事が貯まっているんですよ。しょうがない。ジオルド様が代わりに仕事をして下さい」
「え、僕がどうして?」
「ほぉ。城にはジオルド様が親しくしている女性が数人いるのでは?」
「何で知っているんですか!?……分かりましたやります。やりますよ」
ホントに何者だろう。この人。
「ごめんね。部屋まで連れていってあげられないみたい。カイディン、連れていってあげてね」
そっと地面に下ろされた。
そのままジオルド様の肩を支えに立つ。
え、カイディンにもお姫様抱っこされるの?
身長はあまり変わらないし、無理なんじゃ、って思っているとカイディンは私に背を向けて片ひざをついた。
おんぶの待機の格好だった。
「こっちの方がいいだろう」
「あ、うん。ありがとう。重かったらごめんね。ってひゃあ」
急に立ち上がられてビックリした。
「俺がレジーナぐらい持ち上げられないとでも?」
そうでした。こいつは身体能力に関してはそんじゃそこらの子供とは違うんだった。遠慮無くつかまらせてもらう。
「バイバイ」
ジオルド様が私たちに手を振る。その貼り付けている笑顔が無性に苛ついて思わず睨んでしまった。
ジオルド様はただ笑みを浮かべていた。
そんな彼を尻目に私たちは廊下に出る。
「また倒れて」
「またって二回目でしょう。今回は不可抗力だもん」
「……また俺は何も出来なかった」
「え、ヒルシュール先生の魔術から助けてくれたのカイディンでしょ」
「起きてたのか?」
「ちょっとだけ意識はあったよ。ありがとう」
突然しゃがみこまれた。
もしかしたら疲れたのかもしれない。
一回降りて壁を背もたれに座った。
カイディンはなにやらごそごそしていると思ったら口に何かを放り込まれる。
「むっ、え、甘い」
「苦かったんだろう。だからヴィルフリート様から甘いのは貰うな」
あまりにも真剣な表情だったから思わず頷く。
甘い味が口のなかで広がった。
カイディンはその後も途中で会った執事にも私を渡さず部屋まで連れていってくれた。
口に飴が残っていて甘かったから私は、何もしゃべらなかった。カイディンも何も言わない。
ようやく甘いのが溶けたのはカイディンが私を部屋まで送るだけ送ってかえってしまった後のこと。
ジオルドが突然レジーナに優しくなりました。
しかし上がるのはカイディンの株のみ。
頑張れ、ジオルド。
サブタイトル変えました。




