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魔術授業

ひとけの少ない廊下。

私は不機嫌なカイディンと共にペタペタ屋敷のなかを移動する。


広いし同じような道ばっかだ。迷子になりそう。

そんなことを考えていると無言だったカイディンがようやく口を開いてくれた。


「一言ぐらい何か言ってってくれてもいいだろ」

「ごめん、ごめん。せっかくの王子との相瀬を邪魔するのもなぁーって思って。ほら実際にすぐに会えたでしょ」

「あいせ?あいせが何かは知らんが悪いと思ってないだろう。まだしばらく一緒にいれると思ったのに」


カイディンは昨日私が何も言わずに帰ってしまったことにお怒りのようだ。

少しだけ焦る。


だけど、ここまでカイディンが私を慕ってくれていることに驚いた。


考えてみればカイディンはずっと叔父の領地で修行をしていたのだ。

対等に話せる同学年の子供はいなかっただろう。

唯一の友人の王子とは、一年に一度程度しか会えない。


そんな中で私はカイディンに遠慮がない。


だって、貴族らしい環境ではない場所だったし、北澤さんと離れたことで不安定になっていたし。

いろいろ言い訳してみたが要するに化けの皮が剥がれてしまっただけである。


そんなこんなで、私はカイディンにとっては二人目の友人となった。

私にとっては唯一の友人だ。

ー前世も含め。


あれ?結構私にとって重要な存在じゃない?、カイディンって。

カイディンに絶交されたら、と考える。


私は慌てて本気で謝り倒した。

何とか許してもらえた。



「俺らは魔術に関しては他の貴族より遅れているから頑張ろうな」


機嫌が治ったらしいカイディンはワクワクしている。うんうん、やっぱり魔術ってこう、中二病心をくすぐるものがあるよね。


「そうだね。魔術の先生ってどんな人だろうね?」

「また猫を被るのか?」

「貴族として当然でしょ」


私が今、素なのは二人だけで屋敷の中を移動しているからだ。


アイラは魔術に関して貴族でないものが知識を得ることはご法度なので部屋の片付けをしてもらっている。


「ああ、公爵家の令嬢になったもんな」

「ちょっと、その不安そうな目はなに!?」

「いや、頑張れよ」


何故前世を含めれば余裕で年下の彼にそんな憐れむ目を向けられるのか、解せぬ。


 

目的地に着いた。

そこはドーム型の空間で観客席などを取っ払い東京ドームのグラウンドだけを設置したかんじだ。


「私はフォスター・ヒルシュール、魔術師です。グレッシェル公爵閣下にこの度雇われ、あなた達に魔術を教えます」


そこにいたのは全体的に細くて三角メガネをつけた40代半ばの女性だった。

魔術師っぽい茶色いローブに身をつつみ、魔術師っぽい杖を持っている。


厳しそうな人だなぁ。

こういう教師に好かれたことはない。

苦い思いを胸に抱きながら挨拶を返す。


「あなた達は私よりも上級の貴族ですが生徒です。敬称は省かせていただいても?」

「勿論構いません」


私たちは彼女のことをヒルシュール先生と呼ぶことになった。


さて、ようやく授業開始だ。

すぐに魔術を打つのかと思いきや、設置されている簡素な学校のような椅子に座らされ、本を渡された。


「これは魔術を習い始めるさいに誰もが使う魔術教本です。冒頭には魔術とはどのようなものかが記されています。ではまず二ページを開けてください」


ヒルシュール先生はキンキンと高めな声で書いてあることをそのまま読めはじめる。


自分で読み進めていくと基本的なことが書かれている。


まず、属性は六つ存在する。『火、水、土、風、光、闇』だ。加えて魔力を持つものなら誰でも使える無属性魔術と言われるものも数多くある。


しかし、属性が多ければ多いほど魔術の幅は広がるため重要だ。


ただ属性や魔力は血筋に大きく影響していて、生まれながらに決まっている。

魔力量は年とともに増えていくがある程度の伸び幅は定まっている。身長のようなものらしい。



魔力発動方法は主に2つ。

一つ目は詠唱。これは魔術名を一言言うだけでいい。

昔は長々と台詞を言っていたらしいが魔術技術が進み、必要性が無くなった。


二つ目は魔方陣。

こちらは主に結界や保護などに使われている。

魔力を籠めることによって長時間使えるのだ。


他にも色々と細々書いてあるが重要なのはそんぐらい。

基本的すぎて大体私も知っていたけど。


「では、まずは一回魔術を発動してみましょう。カイディンは風と土と水でしたね。一番簡単な土魔法を使い、魔力の流れを掴んで下さい」


ヒルシュール先生が鞄から取り出したのは小さな種だった。


「種?どのような魔術なんですか?」


カイディンは拍子抜けように尋ねた。


「植物の成長を促す魔術です」

「農民達に喜ばれそうな魔術ね」

「村ひとつ分の食料を作るのに30人ほど必要なのでそんなことはありませんよ」


花を咲かせるぐらいなら魔力量は少ないらしいが実がなるほどの植物となると魔力量は膨大らしい。


ふと、ひとつ気になった。


「それは土属性なのでしょうか?植物属性という別の属性にはならないのですか?」

「そのような意見も魔術師業界にはありますが植物関連の魔術は成長と草木を操るだけです。また、土属性の者は全員使えるものなのでひとくくりにされています。質問は以上ですか?」

「はい」


カイディンは特に無いようだ。

私も今のところはない、あ、そういえば。


「先生の属性は何ですか?」

「その質問は今、必要ですか?」


じろりと睨まれてしまった。

腕を組み、神経質そうに指をトントンするのを見る限り、相当苛立たせてしまったみたいだ。


私は思わずむっとする。聞いただけではないか。

どうしてそんなに怒られなきゃいけないんだ。


「質問する上で先生の属性を知っておいてもよろしいのでは?」

「そろそろ魔術を使いたいです、先生。レジーナもとりあえず先に進むでいいだろう?」


険悪な雰囲気になってしまった。

カイディンが困った顔をして私を宥めるように声をかける。


私は我にかえった。

こんな八歳の子供に気をつかわせてしまった。

確かに嫌がっているのだから追及すべきではない。 

反省する。


「ええ。ヒルシュール先生、すみませんでした」

「ふんっ。先生に反抗するのは実際は下級なのに運よく上級貴族にのしあがった厚まかしさからかしらね」


今度はカイディンが怒る番だった。口を開きかけたカイディンの足を踏み、無言で首を振る。


「それでは魔術名を教えます『植物活性(プランクレセール)』です。ではまずはカイディンから。大丈夫です。落ち着いて唱えて下さい」


緊張した顔色でカイディンが地面に置かれた一つの種に向き合って唱えた。


「『植物活性(プランクレセール)』」


一拍おいてから種がぐんぐん成長し始めた。


テレビで早送りした植物の成長の様子のように地面から芽が大きくなる。


咲いたのはいくつもの花がついたマーガレットのような花だった。


「ふぅ、」


体力が無尽蔵に思えるほどあるはずカイディンが汗をかいていた。


そういえば私も前に火球(ファイヤーボール)を使ったときは凄く疲れた。

体力と魔力による疲労は別物なのかな?


うー、疲れるのはやだなぁ。


「次はレジーナ」


ヒルシュール先生は一言言ってぽいっともう一個の種を地面に落とした。

どうやら嫌われたみたいだ。


大人なんだから切り替えてよ!

絶対成功させてやる。


ふぅと一つ深呼吸。


「『植物活性(プランクレセール)』」


タイムラグもなく種からすぐに芽が出始める。

朝顔のような花が咲いた。

そこは問題ない。


「えっ?なにこれ!?」


足元の芝生が成長し始めた。

土が蠢き、生命の息吹が芽生える。

瞬きをしている間にあっという間に胸あたりまで草が伸びてきた。


「なっ、用意した種が全て反応していますわ!?何をしたんですの!?」


ヒルシュール先生は金切り声を上げた。

 

「わ、分かりません。魔力が吸われて」


体の中で動きまわる熱い何か。

この感覚は覚えがあった。森の中で魔物に向かって魔術を使ったときと同じ。


しかし、あの時とは違い少しずつ熱い何かが外に吸い出されていく。


体はどんどん冷えていく。

っ、体が鉛のように重い。

その場に膝から崩れ落ちるが衝撃は来ない。

カイディンに抱き止められていた。


「レジーナ、おい!ヒルシュール先生、何が起こっているんですか!?レジーナの顔色が!」

「きっと魔力が枯渇しかけているんですわ。……このままいけば全ての魔力が吸われて、死にますわ」

「な、何とかしろ!」

「……無理ですわ」

「なっ!」


ヒルシュール先生の全てを諦めた無気力な声と切羽つまったカイディンの声は朦朧とし始めた意識の中で遠くなっていく。


ほんと、ゲームが始まる前に二度も死にそうになるとか、意味わかんない。


氷陣(アイスエリア)


魔術の詠唱が意識を失う寸前、聞こえた。

やっと本格的に魔術を書けました!

だけどいきなり暴走しちゃうレジーナです。


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