アイラ、それから国王
娘?ヒナがアイラの?
言われてみれば似ている。紫色の髪は一緒だし、背は二人とも低い。
瞳の色だけがアイラは灰色だがヒナは太陽みたいな橙色。
それだけで随分と印象が違う。全然気づかなかった。
「ヒナ、娘は今は何を?」
「シハーク家のメイドとして働いているわ。ヒナにはとてもお世話になっているの」
「……そうですか。あの子が、誰かに仕えるなんて。あんなに嫌がっていたのに。……何か粗末をしませんでしたか?ヒナは昔からおてんばですぐに手が出る子でした」
「気が利き、私のような子供に寄り添ってくれるとても良いメイドだわ。それにここにくる前も魔物から守ってもらったの」
「ああ。あの子は昔から異常なぐらい身体能力が高く、町の騎士団の方に稽古をつけてもらってたので」
遠い昔を懐かしむように細められた目。うっすらと涙が浮かんでいるのは決して気のせいではない。
ーーこれが子供を案じる優しい目というものか。
そっと目を逸らしてヒナについて考えた。
ヒナは家族に仕送りをしていたと言う。だが母親のアイラはヒナの働き場所を知らないようだ。
「ヒナとはどのようにして別れたの?あ、無理に答える必要はないわ」
「いえ。我が家はとある子爵家に仕えていたのですがその家の経済状況は火の車でした。それでも私と夫は仕え続け、ヒナにも随分と苦労をかけてしまった」
「だから、ヒナは家を出て稼ぎに?」
「……ただ私たちに嫌気がさして出ていっただけだと思います。まだ働くのは難しい十二歳の年にあの子は家を突然、何も言わずにいなくなりました。仕送りが来るようになったのは三年前からです」
ヒナは彼女が15歳の時からシハーク家で三年ほど働いている。
12歳に家を出たと言うなら三年間は何をしていたのだろう?
そもそも15歳から働くのは平民の間では一般的で15歳を雇う条件にしているところも多い。
ヒナを雇う時に過去を調べたりしたのかな、……してないんだろうな、あいつらは。
「三年前にヒナはシハーク家に来ましたから一致しますね。その、子爵家の方は?」
「当主が亡くなり、没落しました」
重い話に閉口してしまう。
「そんな顔をしないで下さい。今はこうしてサンダーズ家に拾っていただき、生活も出来ているのです。そうだ、ヒナに仕送りはしなくて良いと伝えていただけますか?」
「ヒナに直接会って伝えないの?」
「ヒナに合わせる顔はないのです。私は母親失格なんですよ」
悲しそうに微笑みながらアイラはそう言うが私からしてみれば立派な母親だった。
あ、なんかイラッきた。
何で私の親は前世も今世も私を愛してくれない人たちなのに。
「どうして?どの家庭も仕事を優先しなくてはいけないのは当然でしょう」
「仕事も変えることも出来たのに子供の幸せよりも忠誠心をとってヒナに貧しい生活をさせてしまったのですよ」
アイラは宥めるように優しく言う。その聞き分けの悪い子供を説得するかのような口調は無性に頭にくる。
「貧しい生活の何が悪いの?ヒナは愛されていたじゃない。何が不満だったのよ!」
声を荒げる私にアイラは目を丸くする。
「レジーナ様のご両親は、」
「シハーク・レジーナ様、至急謁見の間へお越し下さい。国王陛下がお呼びです」
アイラの言葉を遮って扉が開かれ、城の人に呼ばれた。
私は無言で歩き出した。アイラが後ろからついてくる。
ーーーー
重々しい扉が開かれ、謁見の間へ足を踏み入れた。
空間は広かった。
天井は高く、煌々と輝くシャンデリアがきらきらと輝いている。
壁にはステンドグラスの窓がはめられ、幻想的な美しさが広がっていた。
赤い絨毯は二段ほど上がった場所に置かれた王座へと続いている。
王座の上には圧倒的な存在感を放っている王が無言でこちらを見ていた。
まだ若いが、彼がこの国の王なのだと王家特有の示す輝かしい金色の髪に深い碧色の瞳。
事前に言われていた通りに膝をつき頭を下げた。
「私はジェラルド王国の王、エドワーズ・シルブァリルである。顔を上げよ」
「お初にお目にかかります。シハーク男爵の娘のシハーク・レジーナと申します」
「……」
怖い。何も言われない。ただ観察をされている。
真っ直ぐに国王を見ることが出来ず、再び頭を下げ、そっと周りを窺った。
この部屋には国王陛下だけでなく、十人近い使用人や文官、騎士、またローブを着た魔術師らしき人もいた。
あとはリカルド様とラリッサ様。
あともう一人、明らかに貴族だと分かる亜麻色の髪をオールバックにしたダンディーな男。
おじ様と思わず言ってしまいそうな色気だった。
「シハーク家の当主は今はシハーク・エミだ。お前の双子の姉のな」
「そう、ですか」
たっぷり数秒後、国王の返事は予想外のものだった。
えと、この後、私がとるべき行動は、
「お初にお目にかかります。シハーク男爵の妹のシハーク・レジーナと申します」
「……何故もう一回言った?」
国王の額に皺が寄った。不正解かよ!
「挨拶の内容が間違っているとのことでしたので改めて名乗らせていただいた所存でございます」
「そうか。いや、そうではなくてだな、何故驚いていない。八歳で当主など異常だぞ。正式の手続きのもと申請があったから受け入れはしたが。レジーナは両親を失った家のことをどのように考えていた?」
何も考えていませんでした、って正直に言ってもいいかな?
何も、というか貴族としての家の問題は考えていなかった。
前世のようにどこか、養護施設のような場所に引き取られるるとかじゃないの?
北澤さんは既にそういうところで過ごしているものだとすら、漠然と考えていたんだけど。
「子供ですので難しいことは考えておりませんでした」
嘘はやっぱりよくないよね。前半は大嘘だけど。
「子供らしからぬ反応だと思いきや、今度はぶしつけな子供の反応とは。そうだな、レジーナは家を継ぎたいとは思わないのか?」
人の反応をこの人はおもちゃにしてやがる。なんて国王だ。
とはいえ国王の問いには答えなくてはならない。
私に貴族の当主なんて無理だし、出来たとしても継ぎたいと思わないのはインドア派だからだろうか。
北澤さんなら貴族として立派に務めてくれるだろうから問題はないしね。
うんうん、私が継ぐことにならなくて良かった。
領主のことなど分からない。
あー、でも北澤さんの助けをなるなら少しは政治を学ぼうかな。
おっと、思考が逸れた。
「令嬢としての教育は受けてましたが、政治の方はさっぱりなのでそのようなことは思いません」
「エミの方は受けていたと?」
「姉は優秀ですから、すぐに出来るようになるでしょう」
「ほぉ。噂と違うな」
どんな噂があるんだ!?睨まれるような悪いもの!?
心当たりがあるとしたら『仕事』だけど、あっ、それだわ。多分ビッチとか言われてるかも。
文句なら地獄へ言って下さい。
「国王陛下、あまりレジーナ嬢を睨まないでいただきたい。陛下が幼女趣味があると仰せられるのなら多目にみますが?」
ひぃー。ラリッサ様何いってんの?国王だよ。
足を組んで眉間にシワを寄せてる国王様は威厳がある。
「ラリッサに見られたら国王としての態度がやりにくいよ」
ん?威厳が、あ、る?
「人の嫁を呼び捨てするな」
「リカルドと結婚する前からずっとこの呼び方じゃないか!?」
お、おう?拗ねたように口を尖らせ組んでいた足も正した国王は子供ぽっい。はっきり言おう。威厳はない。
「いい加減にしろ。私は忙しいんだ。お前らの下らない茶番に付き合っている暇はない」
突然耳に響いたとんでもなく色気のある声にゾクッと身震いをしてしまった。
声の主は貴族のダンディーなおじ様だった。
いやいや、あなたも何者ですか?
目の前にいるのは国王と王家と密に関わる伯爵夫妻ですよ?
「ああ、そうだね。単刀直入に言おう。シハーク・レジーナ嬢、君にはグレッシェル・ヴィルフリート公爵の養女になっていただきたい。つまりは公爵令嬢だね」
国王陛下は先程の仏頂面はどこにいったのか、にこっと親近感の溢れる笑顔でそう告げた。
私の中でカチャリと何かがはまる。
北澤さんは言っていたではないか。
悪役令嬢は公爵令嬢の娘だと。
名前も聞いていた。悪役令嬢の名は『グレッシェル・レジーナ』
ゲーム開始へのカウントダウンが始まった。
王子よりも国王との対面が先になりました。
王子が出てくるのはまだ先になりそうです。




