初めての城
目の前に広がる芸術とも言える庭に咲き誇る薔薇。
庭と言うには少々広すぎるそこはストレリチア王国の誇る王城の敷地内だった。
路面には赤い色を持つアッサム色の瓦礫が敷きしめられ、所々に置かれている白に統一された装飾品たちは植え込みの深い緑も相まってその存在を際立たせる。
とりわけ目をひくのが女の像だった。この国に伝わる聖女リリアーネ。
かつて闇に覆われたこの国を救った聖女。
これらの解説をしてくれたのはアイラである。
私には景色に感動している余裕などない。
「そんなに緊張しなくてもアレクは無礼を働かなければ寛容だ」
その、無礼を働くのを恐れてるんだけど。
見た目が子供だから忘れがちだけどカイディンは偉いのだ。
……王子を愛称で呼べるぐらいには。
「緊張もいたしますわ。どうして私のようなただの男爵家の娘がお城に。それに私を呼び出したのはアレクサンダー様だけではなくてよ」
「……まだ続けるのか、それ」
カイディンに訝しげな視線で見られた。
近くにリカルド様もラリッサ様もいるし、城の者たちもいるのだ。今の私は完璧な淑女である。
「全属性持ちなレジーナはただの男爵家の娘で納めるわけにはいかないからな。何かしらの処置をとられるのだろう。……しかしここまで早く呼ばれるとは」
そう。今は儀式を終えたその日の午後である。
あのお爺ちゃんはリカルド様たちに嘘をつくことなく、立派に仕事を遂行し帰っていった。
報告を聞いたリカルド様はたっぷり10秒固まったあと、「陛下にご報告しなくては」と呟いて魔術で鳥を創りだした。
鳥は実態がなく、ガラスのように向こう側が透けて見え、光に反射して七色に光り輝いている不思議なものだった。
その鳥に音声を吹き込み城へと飛び立たせた一時間後、届いたのは城への招待状だった。
そうして、今に至る。
「安心していい。もし、君を道具のように扱うなら私は陛下をひっぱたく」
キャー、ラリッサ様ったら男前。もし私じゃなかったら惚れてるよ。心の中でちゃかす。
え?冗談だよね。隣でリカルド様が「勘弁してくれ」って冷や汗をかいてますけど。
そっと話題を変えた。
「カイディンはブルクベリーに五年もいたのよね。どうして王子との仲がいいの?」
久しぶりに友人に会えることに密かに浮かれているカイディンに問う。
「三歳まではこちらにいてアレクと一緒にいることも多かった。その後も毎年一度は会っていたのだ」
「それはカイディンが王都へ?」
「ああ。大抵はな。だが一度だけアレクがブルクベリーを訪ねてくれたこともある」
頬がひきつる。私はとんでもない家にお世話になっているのではないか。
「あとは手紙のやりとりだな。互いに近況を報告しあっているんだ。くだらない内容のものが大半だが」
「……良かったね」
嬉しそうに目を細めるカイディンは子供ながらにがたいの良い体型に加えてドルゴ様やリカルド様同様の鋭い目付きを持っている。
同い年の女子には怖がられるかもしれないその見た目で手紙のやりとりとは。
随分と乙女らしいことをする。
素人目からでも分かるほど高そうな建物内の装飾品の数々からの現実逃避にカイディンの邪のない笑みは一役買っていた。
「騎士団長様と薔薇騎士様は謁見の間へ。陛下がお呼びです。カイディン様は王子が待ちわびていらっしゃいますのでどうぞ王子の部屋へ。ご案内します」
薔薇騎士様ってラリッサ様のこと?なんて分かりきったこと、私は聞きません。
「レジーナは俺と一緒でいいのか?」
文官の装いをした男が熟考した後「ええ」と許可を出した。
なんと。現実に連れ戻すのもカイディンの純心だった。
「いえ、私は王子のお目にかかれるような身分ではございません。どこか他のところで待たせて頂くことは可能でしょうか?」
王子の気分を害せば当主不在の男爵家の者なんて簡単に罰せられる。
いくらこちらが悪くなくても、偉い人が悪と言えばそれは悪となるのだ。身に染みて知っている。
弟はよく私に、いたずらの罪を押し付けていた。学校でもクラスでの弱い立場だった私は上位カーストの者たちに都合よくいろんなことを押し付けてきたのだ。
違うといっても私の言葉は信じられることはない。彼らが涙目で訴えればそれは真となる。例え、こっそりと唇が弧の形を描いていたとしても。
そんなんだから、私の性格があまりよろしくないことは仕方がないといえよう。
「その、このように弱音を吐いてはいけないと分かっているのですが、見知らぬ土地で不安なのです。その上、王子と会うなんて、緊張でどうにかなってしまいそう」
涙を溜めるほどの名演技は出来ないが、憂いの顔で目を伏せる。
周りにいるサンダーズ家の使用人や城の案内人、護衛の者たちから同情の視線をあびた。
「気がつかなくて申し訳ない。レジーナに一部屋用意してくれるか?」
「かしこまりました」
「私たちは君の味方だよ」
伯爵家のご夫妻がこんなにお人好しで大丈夫なのか心配になったが無事に願いは叶った。
そもそも王子は攻略対象者。会わないにこしたことは無い。男同士の友情を邪魔するつもりもないしねー。
「よろしかったのですか?王子にお会いしなくて」
「ええ」
別室を用意していただき、そこで紅茶とお茶菓子を戴いて一息ついたところでのアイラからの質問だった。
アイラは私に付き添ってくれた。
この質問の意図はお茶の用意は全て城の侍女達の手で用意され、手持ちぶさたになってしまっていたのもあるだろうが、私が退屈しないよう話題をつくってくれたのかもしれない。
肯定を返すとアイラは純粋に疑問に思ったらしい。
「何故でしょう?レジーナ様のお年頃のお嬢様たちは皆、王子とお近づきになりたがっていらっしゃるというのに」
え、えー。そうなの?王子って人気なんだ。
北澤さんの話では王子は俺様キャラで婚約者の悪役令嬢に対しても冷たい態度だったらしい。
悪役令嬢は婚約者である自分は愛してくれないのに平民出身のヒロインちゃんが王子に気に入られているのが面白くなかった。
そっからヒロインちゃんへの虐めが始まり、弾圧ルート。
王子ルートではどっかの国の何人も妻がいる変人陛下に嫁ぐという名の売りとばされる。
わぉ。近づきたくな~い。
北澤さんの神聖な体を汚してたまるかっ。
「アイラ、内緒にしてくださる?私は騎士が好きなのです。自分も騎士になりたくて鍛えたぐらいですのよ」
昔、今世の父であるブラッドリーに伝えた設定をふと思い出した。
それを利用して王子に興味がないとこっそりと伝えたつもりだったが、アイラは目をキラキラさせ始める。……嫌な予感がする。
「まぁ!それはカイディン様のような?カイディン様はきっとお父様の後を継いで騎士様になるでしょう。ぴったりですよ」
うぇー。そうなる?そうなっちゃう?
確かにカイディンは騎士を目指しているけれど彼はアウトである。
まず、カイディンのことはいい人だと思ってるし、素を出せるという意味でも貴重な人だが恋愛感情と言われてもしっくりこない。
そもそも色恋に首を突っ込んだら最後、彼自身の手によって殺されてしまうのだ。
私はカイディンとヒロインとの恋は傍観に徹するつもりである。
「カイディンに迷惑ですよ」
「確かにまだカイディン様に自覚がないようですが、時間の問題です。大丈夫ですよ!」
ニコニコしながら応援された。ヤバい。もしリカルド様達の耳に入ったら外堀を埋められそうだ。
「い、いえ。その騎士というのは一例で強い方がいいというか。あっ、違くて普段は可愛いけどたまに強いのがギャップ萌えというか。ヒナみたいな」
慌てて誤魔化そうとしたらはちゃめちゃなことを口走った。強いやつこそカイディンだよ。ギャップ萌えとか、伝わらないに決まってるじゃんか。
余計に収拾がつかなくなった。
「……ヒナ?レジーナ様は娘をご存知なのですか?」
「へ?」
ポカンとしたアイラの顔はよく似ていた。
――――魔物から私たちを守ってくれた、可愛いくて、強いシハーク家のメイドに。




