転生した先は
「「ほぎゃぁー」」
赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
二重に聞こえるのから二人いるのかもしれない。
辺りを見回そうとするけど首がうまく回らなかった。
視界もぼやぼやする。
ここはどこで北澤さんはどこにいるか聞こうとしても口が上手く動かない。
いや、動いているが私の意思とは別に動いている。
どういうことだろうか?
必死に頭を回転させるが突然の浮遊感によって思考が止まった。
地面から離れた不安感は相当なもので慌てて逃れようとする。
しかしビクともしない
誰かに持ち上げられてる?どんな力持ちなんだろう。私だって平均身長にほんの少し足りないけどチビじゃない。おまけにインドアの私はふっくらとしているはずだ。
ひっ!
すぐ目の前に巨大な顔が現れた。
視界は相変わらずぼやけていたし、声も分からなかったけど本能がヤバイと告げてる。
触られる肌に鳥肌がたつ。なにこの人、気味が悪い。ベタベタしたでかい手が私のおしりをそっと撫でる。うわぁ、!!やめて!
必死に叫ぶが言葉にならない。そこでさっきから聞こえている鳴き声が一段と大きくなってようやく私が赤ちゃんになっていてその声の正体だと認識した。
引きこもり体質の私は漫画やゲームに大変お世話になった。
転生というのに憧れを持ったことも当然ある。
しかし、転生というのはもうちょい感動した人生の始まりが待っているものではないのか。
私のニューライフは決して明るいものじゃなさそうなんだが。いや、私なんかが期待するのなんて間違ってるんだろう。
不安と諦めのもと私は抵抗するのをやめた。
どっちにしろ、泣くことしか出来ずどんどん疲れていく体は瞼が閉じていった。
三歳になった。私は今すぐに神を殴りにいきたい。
最近の私の口癖である。いや、口には出さないんだけど。
まず赤ちゃんになったせいで何もかも世話をしてもらわないといけなかった。
何が悲しくてオムツをされるがまま変えられなきゃいけないんだ。
食事も着替えも、お風呂も一人では出来ない。
トイレトレーニングが始まったときには泣いた。
私は必死に自分に言い聞かせたのだ。これは当たり前のことだと。恥じるできことではない。人間誰もが通る道だと。
無理だった。私の心は立派な女子高校生である。いつになっても羞恥心は消えない。
今なら分かる。あの頭脳は大人、体は子供の歩く犯罪発生警報器の気持ちが。
よって全力で自力で出来るようになったら家にいる人たちが神童とか騒ぎ始めた。
ただ毎日を生活するだけで誉められるなんて嬉しくもなんともない。虚しいだけである。
私は十歳で神童、十五歳で天才、二十歳過ぎればただの人を証明する人間になるだろう。
「皆があなたのことを神童だって噂してるわよ。少しは手加減しなくちゃ」
困り顔で私をそう諭すのは北澤さんだ。
驚くことに私たちは双子として生まれてきていた。
しかし容姿は似てない、と思う。
鏡は高い位置にあるためあまり見たことがない。髪の色は前世と同じ二人とも黒髪だ。
けれど私はストレートだが北澤さんは癖毛っぽい。北澤さんの顔はなんというか平凡だ。特に特徴はない。しかし、重たそうな一重だったりそばかすがあったりとところどころ惜しいところがある。
しかも周りの大人たちも口を揃えて似ていないという。
一応私の方が妹だがあまり重要なことではない。
「北澤さんは何でんなに余裕なんですか?」
「別に余裕じゃないわ。でもどうすることも出来ないもの。注目を浴びて目をつけられたり出来ないことまで期待されるのは大変よ」
やけに実感のこもった言い方だった。
「うぅ。でも実際この体は動きやすいんてすよ。なんだか五感も優れている気がしますし」
『それは君の体は神から愛された北澤円香のものだからですね』
え!?どっから聞こえてくるの。この声?直接頭に響いてる気が。
『その通りです。君たちの精神に侵入されてもらってますよ』
「正面から現れたらいかが?元の体まで変えるなんてどういうつもり?」
『人生イージーモードでつまんなかったんでしょ?その姿だったら努力するしかないから面白いと思いますよー』
「赤ちゃんじゃ何も出来ないじゃない」
私の目にはいつの間にか天国の景色にあの美しい北澤さんの姿とその隣に神が見えていた。
北澤さんは相変わらず息を呑む美しさだった。だから最初私はこのあとの北澤さんの言葉を聞き逃しそうになったんだ。
「そもそも何で私とこの子の体が入れ替わってるの?」
この子といいながら北澤さんは私を指差した。
『だってせっかくの傑作でしたから残しておきたかったんですよ。美しいんでしょう』
本当に北澤さんは美しい。だから失礼だけど冴えない容姿の赤ちゃんになるなんて。これが私が一番神を殴りたい要因だった。
ん?残しておきたかった?
待て、北澤さんはさっき何て言ったんだ?
入れ替わってる?私と北澤さんが?
「えぇぇぇーーー!!!何で私が北澤さんと体を交換しているの!?」
「っ、ビックリした。え、気づいて無かったの?」
「さすがに幼児の姿じゃ分かんないですよ!」
『バカですね。そろそろ本題にいってもいいですか?』
なっ、バカってなんなの!?確かに頭は悪いけどさ。
『ゴホン。お二人は悪役令嬢とモブとしての役割をもっています。実はこの世界は乙女ゲームの世界でして』
「役割?運命ってこと?しかも悪役令嬢ってあれでしょ、ヒロインをいじめて最後には弾圧される的な」
『さすが、よくご存じで。しかし、この乙女ゲームは少々ハードなので最悪死にます』
にこりと今日の夕飯を言うかのように神はとんでもないことを言った。
いやいや、乙女ゲームの世界なんでしょ。『少々ハード』で殺さないでよ。
私は乙女ゲームというものをやったことがない。趣味も特技もなく友達もいない私はゲームをそれなりにやり込んでいたがジャンルはRPGものだった。乙女ゲームは現実の男に少しも優しくされなかった私には虚しいものでしかなかった。
一人も友達がいない私がゲームでも人と仲良くなろうなんて思うはずもなく。
そんな私だが、北澤さんは別だ。人とかそういう次元の存在じゃない。もう北澤さんが神でいいんじゃないかな。こんな胡散臭い男より。
『ちょっとそこ、現実逃避で私の悪口止めてもらえますか』
あっ、心が読めるのか。
「それで私たちはその役割を全うしろっていうわけ?死ねって言いたいのね?」
『いやいや、まさか。私はそれを避けるために今、貴方達に話しかけているのです。やはりどうしても北澤円香の体は消したくないんですよ。そのために寿命まで頑張って生きてくれませんか?そうすれば自然の理で次の魂をいれて生を授けることが出来ます』
全然理解出来ない。だが神の世界のことなんて分からないんだから考えるだけ無駄だろう。
「あら?それじゃあ、あなたの愛してる体を持たない私はどうなってもいいのかしら?」
『まさか。精神も必要です。頑張って生きてください』
勇者として魔神を倒せとかじゃなくて生きろって言われるとは思わなかった。言われなくてもそう二回も死にたくない。
「あの、どうすれば死ななくてすむんですか?そもそもどうして死ぬんですか?」
『……ヒロインをいじめないでむやめに男に近づかなければ?』
なんで目をそらすわけ!?
『いやぁー、詳しいことは分かんなくって。テヘペロ』
「役立たず」
絶対零度の目で北澤さんは神を見ていた。
『なっ、失礼ですね!とにかくこの世界は魔術とかもあるから頑張ればいいんじゃないですか?それじゃあ、私はこれで』
逃げるように去っていく神、違う。私たちが引き戻されてるんだ。隣で「面白そうね」という美しい声が聞こえた。
北澤さんの方が主人公要素は兼ね備えているんですが、このお話のメインは『冴えない彼女』の方です。
いつか、北澤さんメインで書きたいなぁー