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魔物の襲撃

ついに儀式の日が近づいて来た。

この儀式は王都だけではなくわりと色々なところで行われるので馬車に乗って二日ほどの距離の栄えた都市へと向かう。


移動して二日目。予定では今日の午後には着くはずだ。


「私も馬車ではなくて馬が良かったのに」

「私は北澤さんと一緒で嬉しいです。馬には私、乗れませんし」


北澤さんはヒナにお願いして乗馬の仕方を習っている。

それにしてもヒナは何者なんだろう?

外で警護に雇った男達と共に馬で私達の馬車を囲っているヒナをチラと見る。


乗馬をする女子っていうのは珍しいらしくてヒナは呆れられてた。



「「わぁ!?/なに!?」」


突然馬車が止まったことで私達の体に衝撃がくる。

向かい合って座っていた私達はお互いに支えるように手を伸ばす。


抱きつくような形になって私は一瞬ドキッとしたけど北澤さんは警戒した様子で周りを見渡す。


「何かしら?」

「さぁ?木でも倒れたんですかね?」


外を見るとヒナがこっちに近づいてくるのが見えた。

焦っているのが見てとれる。

私は慌てて窓を開けた。


「お二人ともこの場から動かないで下さい。魔物です!」


それだけ叫ぶとヒナはナイフを取り出して駆け出していった。


本当に魔物はこの世界にいるんだ。

私達の村には魔物は生息していない。

その分、魔物を倒すことによって得られる素材や魔石が手に入らないので資金が得にくいから田舎なのだと以前に聞いた。  


異世界らしさが溢れる魔物の出現にどこか心がときめくところがあった。好奇心で窓から顔を出す。


見えたのは狼のような姿の魔物が五匹。

しかし、ただの獣でないことは雰囲気から伝わる。遠目からでも分かる筋肉の発達した四本の足、灰色の毛が全身を覆っており、威嚇するかのように逆撫っている。


そんな様子の五体の魔物に対峙するこちらの護衛はヒナを含めて三人。大丈夫だろうか?


「心配しなくてもヒナがいれば平気よ」


北澤さんは優雅に頬杖をついて観察している。


「あっ、本当だ。ヒナがもう二匹倒してる。どうなることかと思ったけど意外と魔物って普通の人でも倒せるんだね」

「ねぇ、一つ思い出したのだけれど『光の聖女~真実の愛とともに~』って少しRPG要素があったのよね。そこで魔物が出てきたの。倒せないと先に進めないから戦闘力をあげるイベントもいくつかあったわ。つまりそれなりに強くないと生き残れないかもね」


いい笑顔で言われた。

なにそれ、聞いてない。

本格的に鍛えないと駄目ってこと?無理だって。


魔物を倒せるようになんてなれるはずがない。前世では運動音痴もいいところで体育の成績はいつも赤点ギリギリだった。


あ、でもヒロインが倒してくれる感じじゃない?

そうするとストーリーはそのまま進んじゃって弾圧ルート!?


北澤さんとずっと一緒に生きるって決めたのに。最近では私がこのまま育てば大人になった北澤さんを見れることに気づいて今から楽しみなのに。


「色々考えてるところ悪いけどちょっとヤバイわね」


外を見るとさっきの狼の魔物が三倍ほどの大きさになり、進化したような魔物がそこにいた。


足の先端に加え額の毛が赤く燃え上がるような色に染まっている。注目すべきは額についている紅色の宝石だろう。なんだか魔術でも使えそうだ。


「馬車にいる皆様、どうかお逃げ下さい!守りきれません。森を抜ければ目的地のブルクベルーがあるはずです!」


ヒナが大きな声で叫んでいる。

待って、それじゃあ今ここで戦っているヒナ達は?どうなるの?


私達が逃げれば思う存分戦える?でも全員もう体力が残ってなさそうだ。どうしよう。私に出来ることなんて。


「あなたは逃げなさい」


北澤さんはあのときと同じで何の躊躇もなく馬車のドアを開けてするりと降りていった。

全速力で一体の魔物の突っ込んでいく。



「え!?エミ様!?何してるんですか?早く逃げて!」

「嫌だよ。一人でも戦える人がいた方がいいでしょ」

「いやいや、なんでちゃっかりナイフなんて持ってるんですか!?」


ヒナはそう言いながらも魔物を自分に引き付け、木にぶつけさせる。

そうして止まった一瞬の隙を逃さず北澤さんはナイフを首に滑らせた。


しかし、すぐにサイドステップで後ろへ下がる。


「うわぁ、硬い。でももう一発行けば!」


今度は助走をつけて思いっきり魔物に斬りかかる。

血飛沫が飛ぶこともなくその魔物は倒れた。


「嬢ちゃん。すげぇな。ヒナの弟子とは聞いてたけどここまでとは」


護衛の一人が頼もしそうに北澤さんの肩を叩く。

私は馬車の中でただその一連の流れを見ていた。

―腰を抜かして。


あ、ヤバい。足が動かない。なんで北澤さんはエミとして接する余裕まであるの?


あの時と一緒だ。何も変わっていない。私は何も出来ない。

どうして北澤さんにライバルになりたいなんて思えたんだろう。


中身はただの出来損ないなのに。





―――――――――――――――――――――




―私は何をしても駄目だった。人よりも出来るのに時間がかかる。両親はできの悪い私を放って弟ばかりを可愛がる。学校でも上手く人と話すことなんて出来なかった。周りの人は私の何倍もの速さで進んでいく。



無視されることはあっても自殺を謀るような壮大ないじめがあったわけでも、虐待があったわけでも無くて、ただただ私の毎日は何かをポキポキと折っていく。




だんだんと期待することをやめるようになった。


そうすると随分と楽になった。最初から諦めてしまえば良かった。








中学三年生の夏休み。

申し訳程度に塾に通うことになった。


いつもみたいに塾に向かう途中で柄の悪い声が耳に入った。

聞こえないふりをして歩くことに罪悪感なんて抱かなかったし、何も感じなかった。

ただ女の子の声が聞いたことあったから振り向いてしまったのだ。




振り向かなきゃ良かった。


そこには近所のお姉さんがいた。

彼女は唯一私に笑顔で話しかけてくれる優しい人だった。

数人の男に迫られていて助けなきゃって思ったのに足は動かない。


だってしょうがないじゃん。行ったところで何も出来ないのに。




「放しなさい!」




美しい声が聞こえた。いつの間にかお姉さんと男達の間に割って入った女の子がいた。全然気づかなかったのは彼女は見つけた瞬間ためらいもなく走ったからだと後から分かった。




「なんだよ!ってやべぇ、めちゃくちゃ可愛いじゃん。お前も俺らと来るか?」


「行くわけないでしょう。失せなさい」


「っ、このアマ!」




数秒後には男全員は転がされていた。


お姉さんの手を引っ張ってこちらに向かってくる彼女は綺麗だった。




私とは違うさらさらの絹のような黒髪もぱっちりとした大きな目もパーツ全てが完璧だった。


私だけではなく周りの人も全員彼女を見つめているのは容姿だけではなくオーラが普通の人とは違うからだろう。




私はすぐに彼女と同じ高校を受けることを決めた。

たまたま同じ塾でたまたま知った彼女の志望校は今の私の学力では手が届かない。


だから努力した。成績は少しずつだけど確実に上がっていき、私は彼女と同じ高校に滑り込んだ。


北澤さんを眺めている毎日は幸せだった。

生まれてはじめて生きるのが楽しいと思えたのだ。

何か危険がある度に株が上がる北澤さんです。

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