どこでも一緒と慣れた魔法
「にぃに」
「にぃに」
「にぃに」
それから妹は、何処へ行くにもいつも僕と一緒で、与えられた人形にも見向きもしなかった。
妹は僕とまた引き離されると、今度こそは永遠に帰ってこないのではないかと思ってしまったらしい。
「にぃに、ぃっしょ?」
とは言え、僕と一緒であればご機嫌で、普段は嫌っていたお風呂なんかも若干嫌がりながらも素直に入っていた。
付き合わされる僕もお風呂自体が嫌いだったけど、お兄ちゃんとしては妹の前で駄々は捏ねられない。
サーファさんはさぞ楽になっただろう。
「にぃに、おとしょ」
「うん、おそといってあそぼう」
そして、この頃から妹は言葉を沢山喋るようになった。
僕はそんな妹の言いたい事が分かる理解者となっていた。
「お坊ちゃん、お外で遊んでくるのは良いですけども、魔法は駄目ですからね? 約束ですよ」
そして僕は今日も釘を刺されるのだった。
◆
「なっ! なんだってーーー!?」
ダンディなお隣さんがポーズを決める中、僕は驚きの目を向けた。
「まさか……まさかまさかの……」
勿体ぶった甲斐があったと、ウンウンとお隣さんが首を縦に振って満足そうだ。
しかし僕は感じたままを伝える義務がある!
感想は伝えてこそ意味があるのだ!
「マさんが実在したなんて!」
「……は?」
「いや、架空の物語でクベ家にマという名前の人がいるって聞いた事があるんだけど、所詮架空なんで実在するなんて思ってなかったんで!」
教えてくれた同級生は実家の農業を継いで魔法で楽をするんだと言って田舎に帰って行ったっけ。
少し耕すとすぐに魔力切れを起こして休憩が長かったのが気になったけど。
「……え。いや、その……」
「某スポーツの元選手で監督も勤めた人がオウという苗字なのは知ってたけど、もしかして親戚か何か!?」
「……ちょっ。ま、待っ」
「いやいやまさかお隣さんが大家さんだったなんて知らなかったし初日に鍵を持ってきてくれたお使いの子がやたらと細かい事を言う子だったから大家さんも厳しい人なのかなと思ってたけど……」
こんな就職したての若い僕なんかに、随分と丁寧な口調で世話も焼いてくれて、なんていい人なんだ!
多少ボロい長屋だけど、反対側の隣人がちょっとおっかなそうでどうしようかと思ってたけど、あそこで良かった!
「……何か失礼な事を思われた気がしたけど……名前は別にあってだな?」
「そういや何か、元だけどって聞こえた気がしたけど、何が元?」
「あ、いや……な、何でもない」
何故か急にモジモジとし出した大家のマさんだったけど、取り敢えず気を持ち直したようだ。
「それにしても、あの長屋は凄いよね! 魔道具が充実してて!」
「あ、いや……それは軍からの要望で、軍の寮と同じレベルの設備を要望されたから余ってた試作品を……」
「それに、家賃が凄く安いし!」
「あ、いや……それは軍が一括して借りてくれてるから、たぶん寮と同じ金額かと……」
何やらマさんが呟いているけど、僕はあの長屋の部屋を凄く気に入っていた。
あと足りないというか欲しいのは噂の冷蔵庫くらいか。
お金が貯まったら買っちゃおうかな。
「あっ! そういえば僕の方もまだ名乗ってなかった! 僕はオーヴ・サムスウェーター、今は15歳で年明けには16歳になるんだ!」
「あ、ああ。オーヴ君だね、よろしく」
15歳だとまだ学生にも見られかねないが、16歳なら立派に働いている人の方が多く一人前に見られるから、そこは念押ししておかないと!
今更な自己紹介が終わった後、練習中の魔法を見せて欲しいと声を掛けられたので、僕はすぐ傍の小さな土堤に向けて詠唱の為に深呼吸をし心を落ち着かせる。
無に……無に。
頭の中を空っぽにして馴れた冒頭部をスラスラと口にする。
「土ニ宿リシ秘メタル力ヨ。我ガ願イヲ聞キ届ケヨ」
無に……無に。
そのまま覚えたてで最近ひたすら練習しまくっている呪文を詠唱……しようとしたところで止められた。
「手ト手ヲ繋ギ合ワセーー」
「ちょ~っと待て、待て。何でそんなに無心で片言なんだ? それでは発動しないだろ」
「いや、逆にこうしないと普通に魔法を放てないんで」
「何? どういう事だ? それじゃあちょっとその方法で一番馴れた魔法をやってみてくれないか?」
そう言いつつ、僕の肩に手を置くマさん。
慣れない魔法を詠唱したところで安定してなければ参考にならないという。
それなら定番の豊穣の舞いかな?
肩の手が少し気になるけど、そのまま魔法の詠唱をする。
スン。
「……ん?」
「土ニ宿リシ秘メタル力ヨ……」
無に……無に。
何か詠唱を始める前から変な声が聞こえてきたけど、今は頭を空っぽにして気にしないように。
「んん? んんんー?」
無に……無に。
マさん、ちょっと静かにしてて。
「…………豊穣ノ舞イィ!」
狙ったところの土がモコモコモコと踊るように膨れ上がり、サラサラに乾いていた黄土色の土に湿り気が混じって黒っぽく見た目にも肥えた土へと姿を変えた。
「んんんんんー?」
無事に魔法は発動したけど、さっきからマさんがんーんーと煩い。
「ふぅ。ええっと……どう、だったのかな?」
「……う~ん、中々に興味深い。あれだけ無心になりながらこの規模を耕してしまうとはね。うん、結論から言うと、詠唱の時に魔力が駄々漏れしてるね。これで意図的に魔力を出そうとすると魔力が余剰になって暴走するって流れなのかな?」
いや、僕に聞かれても……。
それが分からなくて困っているんだからさ……って、駄々漏れ!?