妹の駄々とマ☆オウ!
「ほら、離れないとお着替え出来ないでしょ?」
「やー!」
「ほらほら、ごはんのお時間だから、自分の席に座りましょうね」
「やーー!!」
妹は朝から晩まで、終いには寝ている最中まで帰って来た僕にべったりになってしまった。
そんな妹に、母さんもサーシャもすっかり困り果ててしまっていた。
「まあ、お坊ちゃんと一緒であれば、お機嫌がこれ以上悪くなる事は無さそうですから、これで良しとしましょう、奥様」
引き離されていた三日間、妹は朝から晩まで泣きづめになり、夜泣きも酷かったらしい。
尤も、昨夜寝入ってから僕から妹を引き離そうとしたら途端に泣き出したようで、文字通り朝から晩までべったりとなってしまったのだ。
「……そうね、旦那様は魔力の暴走を危惧してらっしゃったけど、取り敢えず魔法さえ使わせなければ良いみたいだし」
諦めとも取れる深い溜め息を吐く母さんは、サーファと共に僕に魔法を使わせないように誓いを立てるのだった。
◆
「あ、おはようございます。今日も暑くなりそうですね」
そして今、ダンディなお隣さんと何処へ行くのか分からないまま歩いているのだけど、ダンディなお隣さん、すれ違う人たちに声を掛けまくっていた。
「おはようございます。今日もチロちゃん元気ですね」
品の良さそうなオバちゃんに声を掛けるんだけど、僕はそのオバちゃんが紐に繋いだある生物に目が行った。
チロちゃんって……魔物に見えるんだけども。
「ん? ペットが珍しいのかい?」
「ええ、まあ。どう見ても魔物なんだけど、あれ」
一角兎、名の通り一本角が特徴の兎型魔物の筈……マジ?
よく見ればあちらにはスライムを抱えたお姉さん(?)の姿も。
あ、あっちには黒妖犬が!
何、この町は。
犬や猫なんかの普通のペットよりも魔物の方が多いよ?
「まあ、この町は魔物がよく沸くから、ああして簡単にペット化出来るからね。それ専門のお店もあるよ」
興味あるなら紹介しようかと言うダンディなお隣さんに断りを入れると、もうひとつ気になっていた事を尋ねる。
さっきから見た覚えのある方へと進んでいってる気がするんだ。
「いったい何処へ向かってるのか分からないんだけど?」
「ああ、うちの会社の裏にだよ。うちの会社、橋の向こうにあるからね」
ええっ!?
橋の向こうって、魔物の発生源があるからって危険地帯に指定されているエリアだよ!?
そんなところに会社だなんて……と思いながら歩いて行くと、僕たちを追い越して橋を走って渡っていく人が何人も見受けられた。
それだけではなく、国外から輸入された魔動二輪車までカッ飛んでいく。
もしかして本当にこの先に会社が?
「あ~、今のはスピード出し過ぎで危ないな。ちょっと注意が必要だな」
そう言いつつ、その人たちが向かう先に歩いて行くと、次第に大きな建物が目に入って来た。
……会社っていうよか、大工場だよこれ。
なんだか門のところに見覚えのある社標が……
ってか、この会社は!
「この奥にうちの会社の製品実験場兼魔法の練習場があるんだ。付いてきなさい」
「って、ここ、あの魔道具メーカーのシーラー魔道具社じゃ……大丈夫なの!?」
「魔道機社、な。心配する事はない。特に今日は休日出勤の工場の者しか出勤してないから、実験場は誰も使ってないだろうからね」
いや、そういう事じゃ無くて……。
まあ、良いって言ってんだから、勝手に使うのを気にしない事にしよう!
「ところで、目標なんかはあるのかね? その魔力暴走を克服したら」
「勿論! 魔王を倒すのが僕の目標なんだ!! って、あ……」
勢いで出てしまった言葉に、またもやシマッタと口を塞ぐけど、ダンディなお隣さんは立ち止まって目を瞬かせると大声で笑った。
「はっはっは! そうか、魔王を倒すか。うん、若い者はそのくらいの気概を見せないとな!」
あれ?
笑われるのは変わりないけども、何だか好印象に捉えられてる?
「さあ着いた。ここなら大爆発を起こしても良いように建物の方には結界が張ってあるから思う存分練習するが良い。当然向こう側は魔物が湧き出てくるエリアだから、どれだけ破壊しても良いぞ」
そこはこの町に来た日、無理やり連れて来られた魔物との一戦の防衛線の端だった。
横を見ればその時に見た土堤が長々と続いている。
こんなところを実験場にしてるなんて……。
「いやあ、タイミングが良かったよ。トラブルがあってこの前のスライムの後始末に日にちが掛かってしまってね、片付けが終わったのが昨日の午後だったんだ」
こんな場所だから、魔物の発生時には会社ぐるみで防衛する事になるという。
何故こんな危険な場所に会社を建てたのか聞いてみれば、大きく二つの理由が挙げられた。
ひとつ目は、この場所が魔物が湧く孤島だから、ほぼタダで手に入った事。
橋の向こうでも当時は僻地だったからそんなにも高くはなかったそうだけど、それでも金額に差が出たからという理由。
もうひとつは、魔道機の材料確保に都合が良かった点。
魔道具や魔道機には魔物を倒すと得られる魔核が使われるのだが、魔物が湧くこの地ならロスが少なく取る事ができ、雇い入れる冒険者の数も最小限で済むからだと言う。
参加する社員も臨時収入が入るからと協力的らしい。
「へえ……って、そんな事まで知ってるって、お隣さんって何者!?」
「ん? そういえばお互いまだ名乗ってもいなかったな。よく聞け。ある時は古い長屋の大家、ある時は会社取締役。して、その正体は!」
いつの間にかダンディが何処かに吹っ飛んでノリノリな男の子のような姿になっていた、オッサンだけど。
そういえば挨拶はしたけど、まだお隣さんとしか認識してなかった!
てか、大家さん!?
だけど、まだ更に何か秘密があるらしく、お隣さんは勿体ぶりつつババーンと格好よくポーズを取る。
「 魔 ☆ 王 である!!」