母さんの暗い顔と誰のせい?
「あらまあ。もう来ていただけたのね。旦那さまからうかがっていましたが、こんなにも早くからだなんて。お世話になります」
「奥様のトワラリーヌさんですね。ジュリア・アルフと申します。一週間休みを取っているので、その間お世話になります」
母さんと、連れてきたお姉さんがお互いに頭を下げ合うのを妹と一緒に見上げる。
どうやら暫くここに泊まっていくみたい。
「トワラリーヌさんは……」「トワと呼んでいただいて構わないわよ。呼びにくいでしょ。暫くここにいてもらうのだから、呼びやすいように呼んでね」
「……ではお言葉に甘えて。トワさんは以前軍に在籍していたそうで」
「ええ、看護魔法隊に。ですがお恥ずかしい、肝心な時にお役には立てられなくて……」
「ああ、異常氾濫の際に産休だったって……でもそれ、仕方ないかと思いますよ?」
「でも、その時に私のせいであの人が……」
「思い詰めないで、トワさん。それは仕方のなかった事だって。それに、そんなに思い詰めてはお腹の子に障ります。お子さんたちも見てますし」
お姉さんが僕たちにチラッと視線を向けるけど、母さんの顔がいつになく暗くなっていた事に僕も妹も気付いて不安になり、二人で母さんにすり寄って抱き付いた。
そういえば、妹の誕生日の頃に似たような顔をしてたような気がする。
すると母さんは悲しそうな顔に無理して笑顔を張り付け、涙目で僕たちの頭を撫でてくれた後、ぎゅっと抱き寄せてくれた。
「ありがとうね、オーヴさん、スーちゃん。あの時も助けてくれたのは二人だったわね」
何の事なのか分からなかったけど、離れた母さんの顔から暗い感じが消えているのを見て、僕も妹も安心しニッと笑うのだった。
◇
大雨被害のあった村からは、それまで隊別だった馬車もごちゃ混ぜでの移動になった。
使えない者は先に進ませ、役に立つ人ほど最後まで残る事になったからだ。
僕はかなり遅い方の馬車に乗る事となったけど、土魔法隊の先輩隊員の半数と他の基地から応援を呼んだ治癒魔法隊は最後まで残るらしい。
「ふぅ、やっと着いたな」
ウェストフォースにあるそれよりも高くて丈夫そうな堤が見えてくると、来た事のある他の隊員たちがホッと息を吐く。
そして、初めて見る僕たち新人はその規模に目を丸めた。
「えっ、これどこまで続いているんだ?」
「これ、川の堤防じゃないのか?」
「北側も南側も、ずっと途切れず続いているように見えるんだけど」
「マジ、ッパネェな!」
そう、見える範囲でその大きな堤は途切れる事なくずっと続いていた。
高さだけでなく、長さもウェストフォースのそれとは比較にならない規模に、僕らは目を瞬かせるばかり。
「何だ、学校で習わなかったのか? あれはそれぞれ隣国の国境まで続いているぞ」
「マジか! ッパネェな!」
「……いや、授業で習ったぞ? 忘れたのかよ。なあ、習ったよな?」
一人がそう指摘すれば、半数以上がウンウンと頷く。
うん、僕もそれはちゃんと覚えている。
いるけど……それでもこの堤の迫力は想像を超えていたのだ。
大河川の堤防に匹敵する大きさを誇るその堤だけども、用途の違なるそれの存在感が半端ない。
「やっぱ、あれが中央の魔物を堰止めているのかと思うと、迫力があるよな~」
そう、堰止めるのが川の水ではなくて魔物だと思うと尚更だ。
そして……。
「てかさ、何かめっちゃあちこちから音が聞こえてくる気がするんだけど」
「ああ、気のせいじゃないと思うぞ。たぶんどれも魔物の討伐をしている音だ」
「え? 魔法の練習じゃなくて?」
「音がこだましているんでもなくて?」
「この音全部が?」
「うわぁ、イーストフォレストの魔物の大量発生は規模が違うなぁ」
「こんな遠くからでも聞こえてるって事は魔物の数もハンパねぇって事だよな」
「イーストフォレストなんてウェストフォースと大して変わらないって思ってたけど、ホントに丸で違うんだね」
「…… 」
誰かがボソリと漏らした言葉は魔物の断末魔に掻き消されて聞き取れなかったけど、ここが普通ではない事だけはみんな感じ取っていた。
暫く進むと店や宿が並ぶちょっとした町が道沿いに出来ていて、その先の突き当たりにある独特な形の大きな建物へと馬車は吸い込まれるように入っていく。
「よし、到着だ。荷物を降ろしたら先行している自分の隊と合流して天幕の準備を手伝え! これから徐々に気温が下がってくるし、この地は風も出る。途中で吹き飛ばされない様にしっかりと張るんだぞ!」
「は……? 天幕?」
「いや、この基地って宿泊所も兼ねてるんだろ? 何で天幕を?」
周りの新人たちから不満の声が上がるけど、先行していた他の隊の先輩隊員たちが少し離れた広場でいそいそと先に天幕を設営しているのが見えた。
「いくらここがデカいからって、各地から集まってくる隊員全てを受け入れるだけの部屋は余ってねえぞ」
「いや、それなら手前の町の宿に泊まっても……」
「そんな費用、直ぐにでも辞めちまうようなお前らに出る筈がねえだろ。よく考えろよ」
「直ぐに辞めるって……んな事ないだろ」
「いいや、毎年出るんだよ、この研修で。そんな甘っちょろい考えはとっとと捨ててとっとと天幕張りに向かえ!」
指図するどっかの分隊長に何人かが不満の声を上げるけど、それが覆る事はないと諦めると、天幕が出来上がっていく広場の方へと足を向けた。
「これでもよ、まだ宿泊所に泊まれる可能性はゼロじゃなかったんだぜ? この研修が始まった当初は宿泊所は本部の連中に割り当てられてたんだとよ。それを良い事に、本部の連中は時間スレスレになるまで手前の宿場町で遊んで時間稼ぎしてたらしい」
「えっ、ズルい! そんなん許されるん?」
「いや、やっぱ当時問題になったらしい。で、今ではそれぞれの基地毎に設定された日数で早く到着した順に割り当てられるようになったんだ。だけどなぁ……」
その設定された日数はそれぞれの基地からの距離換算で、道中の地形は考慮されてないが為に移動速度の差が出てしまい、おのずと到着時間に差が出来てしまう……即ち順位がある程度決まってしまうというものであった。
更に……。
「サウスウェーブ基地の連中、地形的有利な癖して、出発時間をかなり早めているって噂だ。だから毎年どこよりも真っ先に到着して宿泊所を独占しているんだ。今年は対抗して出発時間をいつもより早めて道中も頑張ったから、ウエストフォースが獲得できる可能性もなくもなかったんだけど……」
その先を言うのを止めた先輩隊員の言葉に、じろりと僕の方に視線を向ける他の新人隊員たち。
「あ~、何処ぞの誰かが余計な仕事を増やしたせいで……」
「そうか~、施設に泊まれる可能性があったのか~」
「誰かのせいで天幕生活になったのか~」
うわぁ、何かみんなの白い目が僕に集まって……って、仕方ないだろっ、困ってる人がいる事を知ってしまったんだからっ!
てか、村の人たちの大半が病に臥せってるだなんて僕だって知らなかったよっ!
流石に食事は施設の食堂で食べる事が出来たけど、サウスウェーブ基地の隊員と思われる連中からからかわれたうちの隊員たちからの白い目に、とても味わってる余裕はなかった。
ああ、実家の飯が恋しいな……。
お読みいただき、ありがとうございます。
途中、書いた筈の文章(立てたフラグの数々を忘れない様に書き込んでたものまで)がごっそりと消えてへこたれそうになりながら、何とか書き上げました。
積み上げてきたフラグ、思い出せるかなぁ……。
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