腑抜けと危険な状態
「よ~し、じゃあ少し打ち合いをしてみようか」
「やったぁ!」「やったー!」
剣から鞘が抜けないように縛りながら、僕たちにサリー姉さんが声を掛けてくると、僕たちは逸る気持ちを抑えられなくなり飛び跳ねた後二人で木剣を構えた。
「ちょ、待った待った。先ずは一人づつだよ。あたいはあんたたちの事をまだ知らないんだ。順番にだ」
「……ごめんなさい」「ごめんなしゃい」
しゅんとした僕たちに、いちいち可愛いなあもうっ!と顔をコロコロと変えるサリー姉さん。
気を取り直すと、僕、妹の順番で打ち合う事になった。
「さあ、いつでも掛かっておいで。……うっ! えっ? おっ!? ちょっ、待っ」
相手は父さんと打ち合えるだけの腕を持った大人だ、僕は妹を相手にしている時のような手加減はせずに全力で木剣を振り下ろした。
すると、サリー姉さんが父さんと同じようにそれを難なく捌いていく。
僕は面白くなってグイグイと押し込むように次々に木剣を振り続けようとしたのだけども……。
「ちょっ、待て待て、ちょっと待てぇ!」
当然サリー姉さんに止められた。
頭の上にクエスチョンマークをいっぱい並べた僕に、ハァっと息を吐いたサリー姉さんが剣を離した側の手を額に当てた。
「この小さな体で、よくもまあこんなに腰の入った剣が振れるねぇ。全く、想定外だよ。ああ、悪い悪い。もっとお遊びな剣の稽古を考えていたんだ、ちょっと考えを改めるよ」
そう言ってもう一度息を吐くと、さっきまでの優しそうなオバちゃ……お姉さんの顔は消え、何処かカッコいい真剣な顔付きに変わった。
「まさか四、五歳の子を相手に、ちゃんとした剣の稽古をする事になるとはね。冒険者として、どんな時だって気を抜いちゃいけないとは心掛けていたけど……結婚して甘い時間を過ごしたせいで、いつの間にか腑抜けちまってたようだね」
そんな事を呟いたサリー姉さんは、今まで見た事もない低い構えを取って稽古の再開を宣言するのだった。
◇
「 …… ? …… ?」
「呼び出しです、メア二等軍医副」
「ん~? よびらしぃ~? …………ぇ? 呼び出し!? 呼び出しって誰からっ!?」
深い眠りの中、天幕が一緒だったS隊の子に突如たたき起こされたうちは、階級で呼ばれた事に気付いて一気に頭が覚醒する。
普段であれば名前だけで呼ばれるんだけど、急病人や怪我人が出た場合は階級で呼ばれる事が多い。
うちたちR隊……いえ、今は唯一人だけR隊から来ているうちの出番って事ねっ!
「そ、それが……」
口ごもるS隊の子。
何よ、これじゃ伝言役は務まらないじゃないの。
うちは他の隊の子たちよりも上等な寝袋から飛び起きて急いで制服に着替え、天幕を飛び出た。
「で、怪我人? それとも急病人?」
うちたちR隊やS隊の隊員に宛がわれた天幕は、見張りの目に入る一番安全性の高い場所にある。
焚き火の光が若干天幕の中に洩れ込んでくるけど、真っ暗闇よりは随分とましだし安心出来る場所だから不満はない。
すぐ近くで火を焚いていた見張りの人に尋ねると、その見張りの人は微妙な顔で顎をクイッとさせて呼びに来たであろう人物の方を差す。
……何よ、ちゃんと仕事しなさいよ。
と思ったら、意外な顔がそこにあった。
「……あなたが伝言役で来たの? シーシェリオン」
「悪ぃ、ちょっくら力を貸して欲しいんだ」
力を貸して欲しい? どういう事?
「仕事、じゃないの?」
「ああ、このチビのお袋さんが寝込んでいるらしいから、診てやって欲しいんだ。頼めるか?」
ちょうど火の影に隠れていた小さな子の頭をポンポンと振り返って叩く。
……何でこんな小さな子が夜明け前から出歩いているの?
「……近くなの? 説明はあるんでしょうね」
「ああ、すぐそこの集落の中の手前の方らしい。夜明けまで時間がないからちゃっちゃと済ませよう」
「何でうちが行く前提なのよっ! もうっ! 早く案内しなさい!」
寝込んでいる人が近くにいるだなんて聞いちゃっては見過ごす訳にはいかないわ。
うちは見張りの人にちょっと行ってくると一声掛けて、その近くの集落の方へと足を向けた。
その集落までは拠点にしていた広場から本当に目と鼻の先だったけど、その道中に経緯を聞き出せた。
「……オーヴって、あのオーヴが? こんな時間帯に素振りしてるのもアレだけど、偶々通り掛かったこの子に付き合って行動中にもかかわらず畑を手伝おうって思考回路がうちには理解し難いわ」
「まあ、そう言いなさんなって。そのおかげでコイツのお袋さんの体調の話も聞き出せたんだ。悪い事ばかりじゃねぇだろ」
「……そうね、お父さんも亡くなっていて、この歳でお母さんも倒れるだなんてこの子にとっては一大事だものね。良い判断だと思うわ。でも……」
「でも? って、着いたみたいだな」
それはとても小さな小屋。
実家の馬小屋よりも小さそうなそれはあちこち傷んでいてちょっとした嵐で飛んでいってしまいそうなものだった。
……家、よね?
今でも国内にこんな家があるんだ。
「あの、さっきも聞いたけど、お金はないから。こんな家だし、畑も大雨で水が浸くからって値段が付かないらしいから、明け渡したところでお金にはならないと思うよ」
「……バ~カ。そんなもん気にするなって言っただろ。何も貰うつもりなんてないぞ。ま、相手が金持ちならごねてやるところだけど、な」
は!?
まさかタダ働き!?
まあ、この家の様子からあまり期待はしてなかったけど、まさかうちの治癒魔法をタダで施せと?
世間一般では治癒魔法はその即効性もあって、普通の医者に掛かるよりも割高な料金を必用とする。
当然街の開業魔法医なんかはかなりの稼ぎがあるらしい。
うちがこんな軍に入ったのは場数を増やして治癒魔法に慣れ、将来的には名魔法医と呼ばれるような開業魔法医になる為。
侯爵家に次女として生まれたとは言え、家の言いなりになって政略結婚なんてしたくなかったから。
姉は早々に公爵家へと嫁ぐ事が決まって随分と余裕のある生活をしてるけど、あんな権力を笠に着たような男が相手だなんてまっぴら御免よ。
「 」
「まあまあ、そう言いなさんなって。今は軍事行動中なんだし、その途中で小遣い稼ぎなんてしたとあっちゃそれこそ軍法会議モノだぜ? それに、タダでやるって言い出したのはオーヴなんだ。文句はアイツに言ってくれ」
うぐっ、非番の日の小遣い稼ぎは認められているけど、仕事中は金銭のやり取りはご法度なのよね。
賄賂と捉えられかねない。
くぅ~、どっちにしても首を突っ込んだ時点でタダ働きは確定か~。
言い出しっぺのアイツに今度晩ごはん奢って貰おう、うんとお高いのを。
「……ちょっと。これヤバいんじゃない? 急いでお湯を沸かして! 沸騰したら冷まして薄い塩水を作って! 飲ませるんだから綺麗な水……アンタ水魔法使えたわよね、それって飲めるやつ? じゃ、それで作って。必ず一度沸騰させるのよ。早く!」
母親の寝る床の方から途切れ途切れにヒュー、ヒューと弱々しい息が聞こえてきていた。
これ既にかなり深刻な状態だ!
うちは慌てて指示を出しその母親の元に駆け寄ると、自分の魔力を母親に分け与える。
治癒系魔法士の魔力は当てるだけで体力の回復が見込める事が多い。
今、この母親は相当体力を奪われて虫の息な状態だ。
倒れた原因は兎も角、先ずは体力を回復させてこの場を凌がなくては。
「塩水、出来たぞ」
「ん……ちょっとこれ濃すぎよ、別の白湯にこれを少し混ぜるくらいで! あと匙もちょうだい」
飲ませる水は薄い塩水、そして匙で掬うくらいの量で少しづつ時間を掛けて。
与える魔力もだけど、一気にごくごくと飲ませるのは良くない。
暫くすると、漸く息も落ち着いてきたけど、まだ治った訳じゃないし魔力と水だけでは体力は元には戻らない。
次にやる事は……。
「何か流動食作れる? 材料になるものは?」
「サツマイモ、ゴボウ、ネギはあるけど……」
心配そうに見守っていた子に聞いてみると畑や山で採れた野菜があるけれど、みんな消化の悪そうな物ばかり。
もしかしたら今までそんな胃に悪そうな物ばかり食べさせていたのかも。
「みんな繊維質のものね。シーシェリオン、部隊に戻って何か消化の良さそうな材料を貰ってきて。いや、昨夜の残りか朝食でカボチャのポタージュを作ってるとこがあったら分けて貰ってきて」
「ポタージュ? ああ、カボチャのスープだな。分かった」
それにこの母親が倒れた経緯を聞く限り、ちょっと嫌な予感がするのよね。
「ポタージュがなかったらシチューとかでも良いから。勿論、濃くない味付けの。あと、S隊の子も連れてきて。もしかしたらこの村が危ないかも知れないわ!」




