結界魔法と未明の人影
「やあ、おはよう。小さな剣士さんたち」
「おはよう、おばちゃ……おねえさん」
「おはよー、おねえちゃん」
翌朝、僕たちが木剣を手に庭へ出ると、門の外でサリー姉さんが昨日と同じ格好で腕を組んで待っていた。
「……おにさんだ」
その姿は、まるで絵本で見た棍棒を抱えた青鬼の隣で不敵な笑みを浮かべる赤鬼そのものだった。
思わず目を丸める僕に、妹もぶるりと身体を震わせて僕に思わずすり寄った。
「おいおい、お兄さんじゃない。お姉さんだ、お・ね・え・さ・ん!」
「……お、おねえさん」
「てか、昨日一昨日と顔を合わせたのに、まだ慣れてくれてなかった? いつもなら直ぐに打ち解けるのにな~、ちょっと自信を無くしそうだ」
何やら呟いた後、気を取り直したのかニッと僕たちに笑顔を見せて中に入る許可を求めてきた。
僕は当然の様に門の閂を抜いて門を開け、サリー姉さんを招き入れ……られなかった!
「痛っ! あ~びっくりした~。これって結界? まさかこんなのが掛かっているなんて……」
バチンッと門の中に入ろうとしたサリー姉さんが見えない壁に弾かれた。
初めて見る光景に、僕も妹も驚きのあまりその場で固まっていると、玄関から父さんが出てきた。
「ん? もしかしてスレンダーさんのところの……」
「あ、おはようございます。サリスタリアです。息子さんたちと剣の稽古を一緒にやる約束をしていて……。もしかしてこのお屋敷には結界魔法が?」
「ああ、日中は女子供しかいないからな。ちょっと待ってくれ」
そう言って門の脇に向かうと、何やらゴソゴソと門柱に触れる父さん。
「ほら、これで入れる筈だ」
「ありがとうございます」
「ただし、これはあくまでも今回に限っての許可だから、もしまた入るのであれば呼び出しベルを鳴らしてくれ」
後から知ったのだけど、この家には外周と建物に結界魔法が掛けられていて、許可のない人間は一切入れないようになっているらしい。
僕たちやお手伝いのサーファたちには常時許可が出ていて出入りは自由だったから、今までその存在すら知らなかった。
「はぁ~凄いものだな、子爵家ってものは。結界魔法ってものは定期的に掛け直す必要があるから、維持費が凄い掛かるって話なのに。てっきり伯爵家や侯爵家クラス以上でないと使ってられないと思ってたよ」
「はくしゃくけ?」
「こーしゃくけ?」
ししゃくという言葉は時々耳にしていて知ってはいたけど、それがどういうものかまではこの頃の僕たちには理解できていなかった。
どう説明するか困ったサリー姉さんが父さんの方へと視線を送ると、父さんはまだ知らなくて良いと僕たちの頭にポンと手を乗せる。
「さて、スレンダー婦人。この子たちと剣の稽古をするという話だが、一度その腕前を確認させてくれ。なに、軽く私と剣を合わせてみるだけだ。まだこの子たちに変な癖を付けられて欲しくない物でな」
「え……、聞いてないんですけど……。お、お手柔らかに……」
この後、無事に合格したサリー姉さんだったけど、朝の挨拶をした時の元気さは無くなっていた。
「流石は異常氾濫の最前線経験者、化け物だわ。ちょっとは自信あったのに、マジで自信失くしそう」
稽古に入る前からサリー姉さんは、随分と疲弊しきっているように見えた。
◇
「おー、痛かった」
まだ暗い空の下、何故か天幕から追い出された僕はヒノマさんから譲ってもらった剣を片手に、他の隊の天幕から距離を保てる場所を探しながら移動した。
それにしても、一体どうして叩かれ追い出されたんだろう。
普通に寝ていたところ、何かガサガサと音がしたような気もしなくもないけど、肌寒さを覚えていたところに妹がくっついてきたような温かみを感じたんだよな。
あれ? そんな夢を見ていたんだっけ?
確か隣の女性陣との間には荷物で小さなバリケードを作っていた筈で、よく妹と一緒に寝ていた事もあって誤ってそれを越えるような寝相の悪さをしていない筈。
そんな事をしていたら妹を押し潰してしまう。
いや妹はここにはいないけど、もしそうだったらって話で、僕は絶対そんな事はしない。
てか……その感じた温かみで妹の夢を見たんだっけか?
何か泣かれながら抱き付かれた夢。
で、それをあやすように妹の体を抱き寄せようと……って、あれ?
何かその夢通りに体が動いたような?
「ま、考えても仕方ないか。目も覚めちゃったし、素振りでもして夜が明けるのを待つか」
今が何時なのかは分からないけど、昨日は殆んど身体を動かさなかったし馬車の中で仮眠もしたから、睡眠時間はちゃんと取れていると思う。
それにさっき見た星の感じだと、夜明けまではそんなに時間は掛からないと思う。
なら、無理して寝床を確保して二度寝するよりも、身体を動かしていた方が何倍も良い。
「ここでなら、多少素振りで音を出しても問題はないだろ」
結局、天幕群の端の通ってきた道に近い空地にまで移動したけど、みんなが起きてきてから戻れば問題ない距離だろう。
僕は剣の鞘が簡単には抜けない事を確認すると、構えを取り素振りを始めた。
暫く汗を流していると、近くの天幕から人が一人出てきた。
起床時間までにはまだ時間はありそうなのに随分と早いお目覚めで、と思いながら剣を振っていたところ、その人物はゆっくりと僕に近付いて声を掛けてきた。
「また随分と早い時間から素振りをしてるんだな」
「いや、ちょっと天幕を追い出されたのと、目がさめちゃったからね。って、あれ? もしかしてリオンか?」
これまた奇遇にも、先日のブラックドッグの件で一緒に叱られた仲のシーシェリオンだった。
少し離れたところで見張りの焚き火が灯ってはいるが、先程月が沈んでしまった為にかなり近付かないと暗くて顔が分からない。
背中で淡く光る光虫の明かりは後ろを照らすばかりで前方を照らしてはくれない。
……マジ使えないな~光虫は。
僕の居所を知らせるマーカーの役目以外にメリット何もないよ。
しかし、その先日の件で意気投合したお陰で声とシルエットだけで誰なのかが分かるくらいには仲が良くなって……あれ? それ程仲が良くなってたっけ?
「てかさ、お前、魔法部隊なのに剣の素振りっておかしくないか? それも、おれの先輩よか素振りが鋭いような気が……。よし、おれも素振りするわ」
そう言って天幕に剣を取りに行くシーシェリオンを見送って再び剣を構えた時だった。
小さな影が前の道を歩いて来るのに気が付いた。
学校に通う児童だろうか、それも低学年の小さな形で、その体に似合わない大きな鍬を担いでいたのだ。
ジャリッジャリッと小石の音を立てているから、容易にそれに気付いたけど、その音がなければ気付かなかったかも知れない。
その形に異常を感じたからではなく、その足音が何だか力ない事に気が付いたからだ。
僕は思わずその子を呼び止めた。
「こんな時間に何処へ行くの?」
「…………畑」
反ってきた声はやはり子供っぽい澄んだ声だったけど、元気はなく小さな声量だった。
「畑って……お父さんの手伝い? お父さんは?」
「おっとうはもういない。死んだ」
「……え? そうなんだ。じゃあお母さんは?」
「おっかあは……寝てる」
何だか悪い事を聞いてしまったなと思う一方で、母親が一緒ではなく寝ているのは遅くまで他の仕事でもしていたのかと首を傾げる。
もしや父親がいない事でこの子ですら働かなくちゃいけない程、生活が困窮しているのかと勘繰ってしまう。
それにしても、こんな幼い子がこんな早い時間から畑を耕しに行くのか。
たぶん学校に行く時間まで目一杯やるつもりなんだろうけど、こんな小さな体では碌に土を起こす事も出来ないだろう。
僕は周囲を見渡す。
うん、まだ誰も起きてくる気配はないな。
よし、ここは……。
「じゃあ一緒に行こう。僕も手伝うよ」




