魔法失敗と魔法の詠唱
それから丸二日半、僕は知らない天井を見る事になった。
「じゃあ、次は外に出て魔法を使ってみて貰おうか」
一日目に続き、二日目も室内で怖そうなおじさんたちにいろいろ聞かれたり服を脱がされて調べられたりした後、外の広い場所に連れて行かれた。
父さんは少し離れた見える場所に居てはくれたけど、他の怖そうなおじさんたちと何か怖い顔で話していた。
「君はもう魔法を使って遊んでいるそうだね。同じように魔法を使ってくれれば良いんだ」
若そうなおじさんがしゃがんでニッコリと笑顔でそう言ってくるから、いつもは服が汚れるからとサーファに叱られるんだけど、渋々いつもの泥んこの魔法を地面に掛けようとした。
バチッ……バチバチッ……ズッドーン。
しかし、それはいつものように泥んこにはならず、放電したかと思ったら突然爆発した。
「ひっ!」
「あらあら、大変。飛んできた物が顔と腕に当たったのね。痛くなかった?」
白い服の綺麗なお姉さんが慌てて駆け付けてくると、顔と腕をハンカチで拭った後、僕に向かって魔法を掛けた。
すると、何か顔と腕が軽くなったみたいで、それが治癒魔法であり自分が怪我をしていた事にやっと気が付いた。
離れた場所にいた父さんが慌てた様子で駆けてくるのを見て、僕は急に恐くなって大泣きするのだった。
◆
「……おいおい、本当によくそれで軍に入ろうって思ったな」
「呆れたもんだね。まるっきり農業や土木の魔法しかないじゃないか」
「……それに魔法士なのに帯剣してるし」
「上は何を考えてるのかしらね? まさか、アタシのオモチャに?」
「いや、それはないでしょ。てか、どう考えても何れも軍向きの魔法じゃないし、入るとこ間違ってるんじゃないのか?」
確かに魔法学院で教えて貰った魔法は農業や土木が中心で、更に火や水、風等、他の属性よりも数は圧倒的に少なく、三年通って最初の半年で大方覚えられるようなものだった。
元々土魔法に適正のある者が少ない上に、一般的に知られている魔法は数が少なく、加えてその魔法は農業や土木に関わるものばかりだった。
そしてそれを覚えたら、後はひたすら魔法の実習だ。
実地研修と銘打って卒業生と共に国内の農業地帯をはしごして回った事も幾度となくあったけど、あれは体の良い学徒動員だろう。
その事を話せば納得する顔をしたのは一番若そうなハングマン。
「あ~、そういやあのじいちゃん先生ってもう定年だったっけ。ならあり得るかも。特に土魔法科は学院の中では扱いが雑だったから、ちょっと使えるようになったら有効活用しようとでも考えたのかも」
「土魔法は農業土木の魔法さえ覚えりゃそれで良しか……儂らの頃はとにかく何でも詰め込まれたもんじゃがのぅ」
「学院出なのに詠唱……無詠唱は教えてない?」
「噂では今、詠唱で誰もが同じように魔法を使えるように教えているらしいね。お役人としては使いやすいだろうけど……」
「て事は他の隊に入ってる新人も詠唱を? やだね~、みんな横並びだなんて」
「あ、それは無詠唱できる人は無詠唱でいいって言われてて……」
「じゃあ全員が全員、そうではないんだね? そりゃ良かったよ」
「あらそうなの? 詠唱でだなんて初々しくていいわね~と思ったんだけど」
口々に現状の魔法学院の動向を嘆く先輩隊員たち。
それは僕も同じ意見で、学院には期待を裏切られた気分だ。
「ところで、学院は詠唱の時に棒読みするように教えているのか? さっきのを見て気になったんだが」
「ああ、それはたぶん僕だけかな?」
「ん? どういう事だ? 癖か何かか?」
僕の答に、聞いてきた分隊長だけでなく他の隊員も首を傾げた。
「いや、そうしないと僕、魔力を暴走させてしまうから」
そう、僕には魔力の暴走癖があった。
心を無にして詠唱しないと魔力暴走を起こす率が高くなるんだ。
「何だ、学校に入った時にちゃんと教えて貰わなかったのか? 魔力の制御は学校に入って一番に習うだろ」
「そうだよね。それにそんな暴走させるような生徒を、学院が黙って入学を許すとは思えないんだけど」
六歳に入る学校では、その頃に徐々に発現する魔力の制御を叩き込まれつつ、簡単な生活魔法を教えられる。
そしてその学校を卒業する頃に、魔力が多く魔法の素質が良さそうな生徒は魔法学院に推薦されるのだ。
さらにそこからふるいに掛けられて見込みのある若者が入学に至る、そんな仕組みがこの国だけでなく大陸の国々に定着していた。
この隊唯一の女性隊員が疑問を投げ掛けてくるが、それは僕には当てはまらない。
何故なら……。
「いや、その逆で魔力暴走を抑える方法を教えて貰いに学院に入ったんだ」
「は? なんだ、魔力の制御は学校の時に教えて貰うものだろ。学校でどんな魔力暴走をさせてたんだ?」
「いや、学校では魔法は一切禁止されてたから」
「何だって? どういう事なんだい? それは少しおかしくないかい?」
再び女性が口を挟んでくるから、僕は仕方なく打ち明ける事にした。
「魔力暴走を初めて起こしたのは、僕が三歳の頃なんだ」
「はあ!? 三歳で魔力暴走!?」
そしてその時、一緒にいた妹が一生傷痕の残る怪我をする事になったのだ。