夜のお出掛けと新しい職場
「オーヴ、今から出掛けるぞ」
その日、父さんが仕事から帰ってくるなり寝床に就いたばかりの僕を連れ出した。
「旦那様、こんな時間ですから、せめて明日の朝に出立なさった方が……」
僕と妹を寝かし付けていた母さんが、そんな僕を片手で抱えた父さんに心配そうな顔で見上げるけど……。
「いや、何かあってからでは遅い。もし明日にした事で、その子に何かあってからではあいつに顔向け出来ないからな」
その後、二、三、やり取りをしていたが、睡魔に勝てなかった僕は、微睡みから覚めた時には知らない天井を見る事になったのだ。
◆
「で、補強魔法が使えない一等魔法士様は何が出来るんだい?」
正式に隊に入った僕を紹介したバークタス小隊長(大佐)は、早々に手をヒラヒラさせながら分隊長のアーガリス大尉に押し付ける様にして去っていった。
入れられたのはウェストフォース基地所属、魔法部隊土魔法小隊の中の分隊、Z隊である。
昨日は碌に隊員の紹介もなくボロカスに言われて家に帰されたものだから、今日はゆっくりと紹介されるかと思ったんだけど、名前の紹介だけでいきなりミーシア伍長から僕の得意魔法の披露を求められた。
すると、誰ともなく歩き出したので付いていくんだけど……建物の裏に?
まさか人目の付かない所へ連れ込んで袋叩きにするつもり?
「それじゃあ取り敢えず、何が出来るのかやって見せて貰えるかしら?」
男だか女だか見た目ではよく分からないロドクア曹長が、腰をクネクネさせながらダミ声交じりの甲高い声でそう促す。
……どうやら男らしい、マジか~。
建物の裏に回った後、更に進んだこの場所は、どうやら魔法の練習場らしくあちこちに抉れた跡があり、その方々に水が溜まっていた。
更にその先にある小高い山肌の木々は焼け焦げて葉は付いてない。
よくよくみれば、その縁に土堤や壕が造られていた。
そこがこの隊の練習場なんだろうかと当たりを付けていたら、やはりそこを指定してきた。
「魔法は特に指定されなかったから、何でも良いんだよね……」
スン
無に……無に。
僕は頭の中を空っぽにすると、魔法学院で習った魔法の呪文を言われるままに詠唱する。
「土ニ宿リシ秘メタル力ヨ。我ガ願イヲ聞キ届ケヨ」
無に……無に。
ぶっちゃけこの詠唱、凄く恥ずかしいのだけど、心を無にしているので何とか耐えている。
それを見ている先輩隊員たちはそれぞれ腕を組んだりして見守っていた。
「水ヲ、糧ヲ、大気ヲ取リ込ミ、生ト共ニ踊レヨ踊レ。ソノ内包スル活力ヲ解キ放チ、大地ノ実リニ息吹ヲモタラセ」
無に……無に。
先ずは魔法学院で最も練習させられた魔法である。
つかえる事なくスラスラとその言葉を紡ぐが、見ていた先輩隊員たちの眉間に皺が寄った事に気が付かないままその詠唱を完結させる為の最後の言葉を続けた。
「豊穣ノ舞イィ!」
その言葉に地面が微振動を起こしだした後、目の前の土がモコモコと踊る様に盛り上がりだした。
そしてそれはしばらく続き、目の前に広がっていた固そうな乾いた地面を適度に湿り気のある柔らかそうな土へと変えた。
「ふぅ」
これだけ固くなった土地に掛けるのは久し振りだったから心配したけど、ちゃんと発動したな。
この上ない程に恥ずかしい呪文を詠唱し終わって、無事に発動した事にホッとした。
何だよ豊穣の舞いぃって。
ここまでして魔法が発動しなかったら、死んでも良いくらい恥ずかしいからね。
それに、その魔法の出来に僕は一人満足するのだけど、どうやら周囲の反応は違うようだ。
「って、お前……。これは畑を耕す呪文じゃねぇか!」
「ここでまさかこんな術を見る事になるとはのぅ……何を考えとるんじゃ?」
分隊長が叫び、続けて白髪の髭を擦りながらドアード准尉が溜め息を吐く。
「…………これマジでありますか?」
「呆れたね。まさか軍に入ってまで畑仕事をしようってのかい?」
口を開けたままワスターク軍曹が呟けば、ミーシアが肩を竦めた。
「これ、冗談よね? ねぇ、ウケを狙ったのよね?」
「ったく、良い仕事をしたって顔してんじゃないよ!」
手を頬に当ててロドクアが困った顔をすれば、最後にハングマン上等魔法士が突っ込みを入れてきた。
散々な言われようであるが、さっきは何でも良いって言ったから一番慣れているこの魔法を唱えたんだ。
文句言う前に、ちゃんと指示しろって言いたい。
「で? 他にはどんな魔法が使えるんだ? 全部言ってみろ」
聞いてきたのは偉そうに見える……いや、実際にこの中では一番偉い分隊長なんだけど、何か無理して偉ぶってない?
僕はその質問に、魔法を唱えるのではなく口頭で羅列していった。
だって詠唱したくないもん!