雨の日の稽古と異常な補強魔法
「えいっ! えいっ!」
「えい! えい!」
あれ以来、僕たちは毎日欠かさずに木剣を振るっていた。
それは雨の日も、だ。
風がなければ軒下で、風もあって雨が吹き込めば玄関の中で。
父さんやサーファは屋内で木剣を振るう事にあまり良い顔はしなかったが、母さんは周りに気を付ける練習になるからとそれを善しとした事で、二人も目を瞑った。
「……ちょっと、そこを通りたいんだけど。そこは邪魔でしょ」
「あ、ごめんなさい」
玄関の中で木剣を振るっていると、下の兄がレインコートを着た格好でそこに立っていた。
それで学校に出て行く時間帯だった事に漸く気付く。
最近は朝食が出来た後、サーファが呼びに来たり来なかったりだ。
「……もうちょっと周りにも目を配らせないと。敵は目の前だけとは限らないんだから」
玄関を塞いでいた事に気が付いて縁に寄る僕たちをひと睨みすると、下の兄は僕たちの前を通り過ぎていく。
一言、ぼそりと吐き捨てて。
威張っていた上の兄は魔法学園の寮に入ったので、滅多に家に帰って来なくなった。
今では子供の中のリーダーは下の兄だ。
「……スゥちゃん、ごはんいこ」
興をそがれた僕は一緒に木剣を振るっていた妹にそう声を掛けると、木剣を壁に立て掛けて食堂へと二人で足を向けるのだった。
◆
「……かなりの硬さだな」
翌早朝、コンコンと斜面を見上げながら拳で軽く叩くD隊の分隊長。
「それが、堤の端から中央付近までか……なあ、この範囲って実際問題、補強魔法で可能なのか?」
「いや、数人でやる範囲だな」
機嫌が悪そうな表情でD隊の分隊長に答えたのはパリッとした制服姿の壮年の男。
Z隊と同じ土魔法小隊のもうひとつの分隊であるY隊の分隊長だ。
昨日は後番だった為、ブラックドッグの対処に駆け付けたのは事が終わってからだった。
「……で、あそこの抉れているところが魔力暴走させた場所か」
補強魔法でツルツルカチカチになってしまった岩場の一ヶ所に出来た窪みを見上げるD隊の分隊長。
何かを考え込んだ後、D隊の隊員を呼び寄せた。
「全員で爆破魔法を放って見てくれ。場所は……そうだな、あそこの岩場の少し窪んだところにしよう。良いか、全力で放ってくれ」
「え? 全員で全力ですか?」
「それはちょっと危険では」
「近くの者を退避させないと」
そう指示された隊員たちが戸惑いを見せる。
当然だろう、時々この場所でも演習で魔法を放つ事はあるが、一所に全員で一斉に全力で放つ事は今まで無かったのだから。
「一番近くにいるのは我々だ。あの距離なら問題ないだろう。さあやるぞ」
ただ、一番威力の強い魔法を放てる分隊長が腕組みをしてそれに参加しない素振りを見せた事で、渋々だが隊員一同で魔法の詠唱に入った。
そして、分隊長の指揮で一斉に放たれる爆破魔法。
ただ、隊員たちを驚かせたのは、見ているだけだと思っていたその分隊長までが爆破魔法を放った事だった。
ドッゴーーーーーン
一分隊一斉に放たれた爆破魔法は相当な威力で、近くにいた他の隊の隊員たちが爆風に煽られて転倒した程だ。
暫くして爆煙が晴れる。
しかし、そこに顕れたのは焦げ痕だけが付いたツルツルの岩場だった。
「マジか……。抉るどころか傷も付いていないじゃないか」
突如の爆発に他の隊の分隊長たちが慌てて集まってくる中、D隊の分隊長は顔を顰める。
「なあ、この硬さって実際問題、土魔法で可能なのか?」
「……いや、これ程となるとちょっと難しいな」
直ぐ近くにいたY隊の分隊長に投げ掛ければ、首を横に振られた。
「おい、何があった!」
「魔物の残党か!?」
「いや、ただの実験だ。問題ない」
いや、問題だ。
報告では一人の力で魔力暴走を起こしたとあったが、魔力暴走程度の爆発に火魔法小隊の中でも優れた者が集まるD隊全員での爆破魔法の威力が劣ると言うのかと戦慄を覚える。
「問題ないって、あれだけの爆発を起こしておいて問題ないはないだろ。何人かは腰が抜けて立ち上がれないじゃないか」
E隊の分隊長がここぞとばかりに目をつり上げて非難する。
どうもこの男はD隊の分隊長に劣等感を感じていて、日頃から何かと事ある毎に絡んでいた。
だが、D隊の分隊長はいつも通り軽くそれを受け流した。
「すまんな。どうしても確認しておきたかったんだ。う~ん、この硬さなら上位の魔物の攻撃魔法でも損壊を免れそうだな。しかし、それにしても硬いな」
一応謝罪の言葉を口にするが、その視線はツルツルカチカチな堤の斜面に向いていた。
全く相手にされていない事に苛立ちを募らせるE隊の分隊長。
顔を歪ませたまま、何処かに行ってしまった。
「一晩経ってもあんな硬さを維持しているだなんて……」
一方で、E隊の爆破魔法を直に目にしたY隊の分隊長も何やら考え込んだ後、調査の為に早朝から駆り出されていたY隊の隊員を集めて堤の反対側へと移動していく。
「は? アレと同等の補強魔法を?」
「ああ。こちら半分の斜面は昨日の雨で昨日の補強魔法が解けかけている。お前たちでアレと同等の補強魔法が出来るか試してみろ」
「試してみろったって……」
突然無理難題を言い渡されたY隊の隊員たちは戸惑いを隠せない。
どう見ても普通の補強魔法には見えないからだ。
単純に見ても、表面を平らにする平準魔法をした後に平らな面を滑らかにする平滑魔法、その上で一般的とは到底思えない硬さの補強魔法を施す必要が見て取れる。
「言いたい事は分かる。均す必要はないし、範囲も限定的で良い。同じ強度を再現する事を優先だ」
これを聞いた隊員たちはホッと胸を撫で下ろす。
同じ強度を出そうとすると何度も重ね掛けをする必要があると予想される。
先程の火魔法小隊の爆破魔法の結果を見ての判断だ。
一部の隊員は何かの間違いだろうと焦げただけの岩場を見て否定したが、爆風は堤の反対側にまで届いていた為に説得力は失せ、その声は次第に窄んでいった。
兎に角、やってみなくては分からないと堤の反対側の端で補強魔法を重ね掛けしていくY隊。
しかし、結果は思わしくはない。
いくら重ね掛けをしていっても硬度は一定以上には上がっていかなかった。
「……何故なんだ? 何が違うんだ?」
Y隊の分隊長が顔を歪ませていると、またしても離れた場所で大きな爆発が起こった。
再び火魔法小隊が実験でもしたのかと思ったが、それは岩場の更に向こう側であった。
「……シーラー社の実験場の方か。製品のテスト……ではないなあの規模の爆発は。それにこんな早い時間は……また奴の魔法の練習か」
最近毎朝のように起こるここでの爆発は、Z隊の新人の自主練での魔力暴走が原因だと基地の連中には知れ渡っている。
Y隊はZ隊よりも格上でなければならないと心の何処かで考えていた分隊長は、魔力暴走させるような未熟者にも劣るのかと、姿の見えないZ隊の新人に歯をギリリと噛み締める。
しかし、その大きな爆発はその新人のせいではなく、調子に乗った火の魔王のパフォーマンスだった事は極一部の者しか知る事はなかった。




