木登りと飲み屋の大将
「ぼくがやる!」
括り付けた枝ごと叩き落としてしまった棒を手にした父さんが、また植木職人に頼んでぶら下げて貰わないとと口にしたところで、僕が名乗り出た。
「やるって、うちには長い梯子は無いぞ?」
「ぼく、のぼれるよっ!」
魔法を使うのを禁止されてからというもの、何かと隠れてコッソリとやる事を覚えた僕たち。
その禁止された魔法は痕跡からサーファにはバレバレだったが、木登りは痕跡を残す事が無かったので今まではバレずに済んでいた。
「んしょ、んしょ、んしょ」
登ると言ってもそれほど高くはなく、大人が飛び付こうとしても届かない程度の高さだ。
離れて見ていた母さんが妹と共にハラハラとした顔で見上げてくるが、僕はおかまいなく登っていき、遂にはその枝に辿り着いた。
「オーヴさん、気を付けて!」
枝に跨いで肩にタスキ掛けしていた紐をそな残骸が残っている場所で括り付ける。
「これでいい?」
「ああ、落ちなければそれで良い」
切っ掛けは木の上の巣から小鳥の雛が落ちているのを見付けたからで、妹がかわいそうだと泣きそうになっていたからだ。
落ちた雛が痛そうだからと妹が痛いのは魔王のおまじないをした後、僕が木の上の巣まで登って届けたんだ。
「オーちゃん、はやくおりてきて!」
危なっかしく目に映ったのか、妹が心配そうな顔をして声を掛けてきた。
僕は枝から木の幹に移ろうと体を後退させて……そこで止まってしまった。
「こ、こわい……」
体を起こして後ろの幹に手を掛けようとして体を捻ったところで下を見てしまった。
思ったよりも高く感じた上に、幹も小さな体で抱えるには太かったからだ。
前に登った木はここまで太くはなく巣も幹から届く所にあったので、今回みたいに枝に移る事も無かった。
登って枝に移るのはずっと上を見ていたので苦もなかったけど、その枝から幹に移る行為がバランスの取り方が分からずに立ち往生してしまったのだ。
思わず強ばる体。
「旦那さま、オーヴさんを助けないと!」
枝にしがみついて動けなくなった僕を見て、母さんが父さんに懇願するけど、父さんはピクリとも動かずに母さんを窘めた。
「まあ待ちなさい。これはオーヴが自分からやると言ったんだから、最後まで自分でやらせるんだ」
わざと僕にまで聞こえるようにそう言う父さん。
助けがないと分かって、僕は泣きそうになるのを堪えて体を再び動かし始めた。
怖くて体を起こせなければ足を先に下ろすしかない。
お尻が幹に当たるまで下がると、腕で枝にしがみつきながら両足を下ろしていく。
次に、枝に体を預けながら少し離れてしまった幹の方に移動すると、足を幹に絡ませた。
「あれ? こんなにおおきかったっけ?」
足が幹に回りきらない事に焦りを覚える。
先程もそれは感じたけど、難なく登ってきた筈の幹に足が引っ掛からない事で更に焦りを誘った。
この頃の僕は、それが疲れによるものだとは全く思いも寄らなかったのだけど、父さんに睨まれたように感じた僕は足に力が入ってなかったにも関わらず焦って腕を幹に掛けようとしてしまった。
「あっ」
そのまままっ逆さまに落ちる僕。
下からも母さんと妹の悲鳴のような声が上がった。
◆
「また来たんか、ボウズ」
奥の厨房から漏れた言葉に、客たちの目が集まる。
何とも居心地の悪い状況だけど、背に腹は変えられない。
既にこの町の普通の飯屋はどこも日暮れの頃に全て閉店している。
今から帰って自炊しようにも食材が心許ないし、買い物をしようにも店はもう閉まっている時間帯だ。
「前にも言ったが、この時間ここは酒場だ。ガキの来るところじゃないんだがな」
料理中なのだろう、続けてその大将が目線を下に下げつつぶっきらぼうに愚痴を吐いてきた。
とは言え、今日は一人じゃない。
「今日は一人じゃなくて三人なんだけど……駄目、かな?」
「……酒は?」
その大将に睨まれてたじろぎつつ後ろの二人に目をやると、二人とも首を横に振った。
「あ~駄目だ駄目。酒も飲めねぇのに酒場に来る奴があるか」
「ええっ!? この前は良いって言ったのに……」
「この前はボウズが余りにも鬱陶しかったから、その場限りの約束で許しただけだっ。それをのこのことまた来おって……。それに今、三人も座れる席だってねえしな」
確かに夜の酒場に15歳を越えたばかりの僕たちがこんな酔いどれたちの中に入っていくのは問題がある。
お酒が飲めるのは20歳になってからという決まりがあるのだ。
「おうおう、大将の言う通りだぜぇヒック。お子ちゃまははよ家に帰って母ちゃんのオッパイ啜ってお寝んねしちゃいなぁヒック」
案の定、奥のテーブル席からそんな野次が飛んでくると、店内の客席からゲタゲタと野蛮そうな笑い声が。
「ヒュゥ~。こいつ、一丁前に女を連れてやがんぜ?」
「おい、ねぇちゃん。最高に悦ばせてやるから今夜一緒にどうだ? ん?」
別の席の目が据わった男が、僕の後ろにいた同行者を目ざとく見付けて声を掛けてくる。
そういえば前回も何だかんだと野次られたんだっけ。
前回と言うのは、この町に来た初日の夜の事。
無理やりスライム退治に駆り出されて引っ越し作業が出来ないまま晩飯を食べに食堂を探し回ったんだけど、どこも日暮れの頃には閉店……。
駄目元で飛び込んだ飲み屋に頼み込んで晩飯を食べさせてもらったんだ。
そして今日……。
ブラックドッグ戦が呆気なく終わった後、降雨で泥沼化した農地――元草原――ではZ隊の他の隊員たちや同じく土魔法小隊のY隊が魔法で畦道を作って、他の隊が魔石採取の為ワンコのケツブリッジの処理をしていった。
一方で、怪我をした人間が手当てを受けていたのだが、その中に僕もいた。
怪我と言っても僕以外の人たちはみんな軽傷で、僕の魔力暴走による爆発の影響で飛び散った石が当たった事による擦り傷程度ばかりだった。




