帰ってきた妹と大家の代理
「……スーちゃん? スーちゃん!」
翌日の夕方。
母さんに抱き抱えられた妹が漸く家に帰ってきた。
「……にぃに?」
その声は凄く弱く、儚いものだった。
今まで疲れて寝ていたからだろうか、目を擦り声も掠れていた。
「スーちゃん、ごめんしゃい! ごめんしゃぁ~ぃ! ぅわぁ~」
母さんが妹を抱えたまま、僕の目線に合うように腰を下ろしてくれた。
僕はその小さな体に抱き付いて、喚くように謝った。
「お坊ちゃん、あまり強く抱き付くと、お嬢様が潰れちゃいますよ」
サーファが優しく僕を妹から引き剥がすので、僕は慌ててそれに従う。
すると円らな瞳をパチクリさせた妹が、抱き抱えていた母さんから降りようともがいた。
「あら、大丈夫? 自分で立てる?」
母さんが妹を床に立たせると、妹は心配そうに僕を覗き込んだ。
「にぃに、いたぃいたぃ?」
事もあろうに妹は僕が何か痛がっていると思ったようで、それが不安になったらしい。
「うっぐ。ぼくはいたくない。でもスーちゃんが……」
そんな妹の小さな体の細い腕には、痛々しい包帯が。
僕のせいで怪我をしたにもかかわらず僕を気遣ってくれる心優しい妹を、今度は優しく抱き締めて再度謝罪の言葉を降らせるのだった。
◆
「てか、君は誰なのさ!」
そもそも正義感たっぷりな目の前の子が誰なのかが分からない。
先ずはそこを明らかにしないとと切り返したんだけど、ちょっと喧嘩腰になってしまったのは仕方ないと分かって欲しいところ。
「ボク? ボクはここの大家の代理だよ! オヤジが急用で来られなくなったから代わりに来たんだよっ! さあ、憲兵に突き出してやるから大人しくしろ!」
「いや、だからさぁ。僕がこの荷物の持ち主なんだってば! 早く部屋の鍵を開けてくれないと荷物が雨に濡れてベタベタになっちゃうだろ!?」
鍵を持ってるなら早く開けて欲しいと訴えると、まだ疑っているのかジト目を返してきた。
どうすれば信じて貰えるってんだよ!
「じゃあ、あんたの名前は?」
「オーヴ、僕の名前はオーヴ・サムスウェーターだよ! 荷物を避難させたいから早く部屋の鍵を開けてくれよ!」
「……まだだよ。それを証明する物は? 身分証だよ、身分証。それを見るまでは信じないから!」
こいつ~!!
結局、身分証はその荷物の中に埋もれていて、それを探す為に荷物三山を小雨が降る中でぶち開ける事になった。
何であんなところに入り込んでいたんだろ……、てか何でこんな事までしなければ……。
雨に当たって泥の着いた服の山を前に項垂れていると、その身分証を見ていた大家の子が視線をこちらに移してきた。
「何で自分の荷物なのに、そんなに探す必要があるんだい? 怪しいなぁ。本当に本人なの? 魔法士だって話なのに帯剣しているし。本当に怪しいなぁ」
「いい加減にしてくれよ! 身分証が中々見付からなかったのは荷物を造っている時間がなかったから適当に放り込んだからだよっ! 魔法士だからって剣を使ったっておかしくないだろ? 早く仕舞わないと雨に濡れちゃうし引っ越しが終わらないじゃんか!」
「……本当に~ぃ?」
「だああああぁぁぁぁ! 何でも良いから先に荷物を中に入れさせてよぉぉぉぉぉぉぉ!」
僕の心からの訴えに、漸く玄関の鍵を開けてくれた大家の子。
だけど、雨が本降りになってくる中を慌てて運び込む僕に対して、その子はカラフルな傘を差してそれを監視監督するように見ているだけに止まらず、何かと指図してきた。
「そこではきものを脱ぐんだ」
「ええっ!? 脱ぐの!? 服を?」
「違うよっ! 着物じゃなくて履き物だよ! 床板が傷まないようにだよ!」
土足禁止、所謂土禁の部屋らしいけど、そういう事は荷物を持っている状態で言わないで欲しい!
ブーツだがら紐を解かないと脱げないし、さっき解いた荷物の中に脱ぎ易いサンダルがあったのにっ!
「窓から逃げるかも知れないから窓は開けるなよ? まだあんたを信用した訳じゃないんだからね。ああ! そんな土の付いたまま入れるんじゃない! 部屋の中が汚れるだろ!? さっき出してた雑巾を敷いて! 置いた荷物を引き摺らない!」
「こんのぉぉぉぉぉぉぉ! そんなにも言うなら手伝ってくれよ! それにこれは雑巾じゃない! 僕の気に入っていた服だよっ!」
くそぉぉぉ!!
僕は雑巾扱いされた泥まみれの愛用の服を抱えるとキッとそいつを睨むけど、返ってきたのは拒否の言葉だった。
―― 暫く後
「……くっそぉ。まだ全然引っ越し作業も終わってないってのに暗くなってきたよ!」
新しい職場からの緊急呼集がなければ、運搬業者に大物の家具から入れて貰って小物をそれに移していくだけの簡単な仕事だった筈。
それが、緊急呼集で時間が無くなった上に雨に降られた事で手当たり次第部屋の中に入れたので、家具を置くのに良さそうな場所に小物の入った荷物を置いてしまって順番が無茶苦茶になってしまった。
既に部屋の中は足の踏み場もない状態な上、一人では家具を動かすのも一苦労だからどうにもならない。
邪魔をしまくった大家の代理だと言う子は、気が済んだのか気が付いたらいなくなっていた。だけど、最後まで一切手を貸してくれなかった。
まったく、散々な一日だ。
ふと気を緩めたところで、ぎゅるると腹が景気良く鳴った。
「……腹減ったな」
よくよく考えれば緊急呼集のせいで昼飯も食わず終いだったのを思い出す。
そりゃ力も出ないよなと一人納得すると、作業も途中やりのままで晩飯を食べに行く事にした。
大通りに出れば飯屋くらいあるだろう……と高を括っていたのは間違いデシタ。
「って、飯屋は一軒も開いてなくて、開いてるのは飲み屋ばっかじゃん!! 15歳の僕は入れないじゃんっ!!」
つくづく運の無い一日だった。