妹の木剣とダイブワンコ
「オーちゃん、みてみて!」
屋敷のロビーで小さな歓声が上がると、それに釣られて周りの大人たちにも笑顔が広がった。
「わあっ。スゥちゃん、カッコいい!」
その声に僕は心から称賛すると、一層その笑顔の元が弾けた。
僕が5歳、妹が4歳の頃、父さんから妹に一振りの木剣が手渡された。
今僕が使っているのは上の兄が使っていた物で、下の兄も使っていた物なので年季が入っている。
対して妹が新たに手にしたそれは、真新しく僕が使っている木剣よりも細身の物だ。
父さん曰く、女の子が太くて重い剣を振るうものではないから、と。
「オーちゃん、おそといこっ! おそと!」
妹が真新しい木剣を手に、外へ行きたいと僕の腕を取ってせがむ。
いつもならその役は僕だ。
勿論それに僕は快諾しようとして、ふと父さんに目をやった。
「……おそと、いっていい?」
「ああ。後で見てやる。私はトワやサーファと今後の事について話をするから、私が行くまでは素振りと打ち込みだけだぞ」
僕たちは自分の木剣を手に、元気よく外に駆け出す。
この頃、母さんが調子を崩したかと思ったら、続けてサーファも調子を崩した。
父さんが他にお手伝いさんを雇おうとしたのを、二人が大丈夫だからと止めた。
まだこの頃はその理由を教えて貰えなかったけれど、悪い病気ではないからと心配する僕や妹に言い聞かすのだった。
◆
「くそっ! 奴ら小型のブラックドッグを犠牲にして足場を作ってやがる!」
「とんでもない奴らだ! 絶対許せねえ!」
「あいつら、ギッタギタに切り刻んでやるっ!」
堤の上で待機している兵たちの士気はいつになく高まっていたが、その根源は私怨がかなり含まれているようだ。
肉眼でも見える距離にまで近付いてきたが、回ってきた単眼鏡を覗いてみれば、ワンコが頭からダイブして僕が豊穣の舞で耕した農地に前半身が埋まってしまっていた。
あちこちから聞こえてきた刺さっていると言うのはこの事かと納得する。
ダイブしたての奴は足と尻尾をもぞもぞと動かしていたが、暫くすると足がピクピク、尻尾は垂れ下がっていた。
そして、その上を後続のワンコたちが踏み進んで来て、またダイブしていく。
跳べばこちらまで届くと思っているのかな。
「ん? 何だあれ。そう言えば、前にも見たな」
隣にいた他の隊の人に単眼鏡を渡した後、何気なく堤の下を見ると、何か光る小さな物が飛んでいるのが見えた。
前回のスライムが出た時にも見た覚えがあるけど、何だろうかと堤の上から覗き込むが、この距離からでは何だか分かる大きさではない。
すっかりそちらに気を取られていると、いよいよワンコの尻の橋が近付いてきた。
「総員、迎撃用意! 気を引き締めろ! いきなり大型から来るぞ!」
キャンキャンという小型犬っぽい鳴き声がほぼ消えて、ヴァウヴァウと図太い鳴き声が近付いてきていた。
それぞれの分隊長からの号令に、少し気の弛んでいた周囲の兵たちが再びそれぞれの武器を構え直す。
この町に来た初日のスライム戦よりも迫力があって、危険度が高い事が肌で感じるけれども、これでもランクは数が多い事が理由で一段階しか上がらないそうだ。
高ランクの魔物はどのくらいなんだろうかと考えてしまう。
「来たぞ。DとF隊、詠唱始め! ……D隊、撃てぇ!」
火魔法分隊の分隊長さんらしき人が号令を出すと、途端に周囲が赤く染まり、それらが堤の下へと向かっていく。
その無数の炎は一気に中央よりこちらに近い一点へと集まっていくと、今にもこちらに辿り着こうかとしていた大型のブラックドッグを包む。
すると、その高温の炎でのたうち回ったブラックドッグは泥まみれになりながらも息絶えて沼地と化していたそこに沈んだ。
と、そこに後続のブラックドッグが焼けた仲間を足場に、更に突っ込んで来た。
「F隊、撃てぇ! D隊、次の詠唱始め!」
「Q隊、S隊、補助魔法詠唱始め!」
獣がベースの魔物は火に弱い事が多い。
ブラックドッグも多分に漏れずそうらしい。
火の魔法を風魔法で煽って威力を増幅しようとしているようだ。
因みに火魔法分隊は4分隊あり、今はE隊とG隊が非番でいない。
同じく風魔法分隊は5分隊あり、今はQ隊とS隊の勤務時間だ。
今回は雨で魔物も活性化はそんなにしないだろうと、非常呼集は見送られたそうだ。
では、ブラックドッグよりも格下のスライムで非常呼集されたのは何故なのだろうと思うが、たぶん余程スライムが町に出て臭いが付く事を恐れての呼集だったんだろう。
気持ち悪くなるくらいはいたけど、ちょっと大袈裟だったんじゃないの?
余程スライムの臭いにトラウマを植え付けられているらしい。
「おい、あんたはあんまり前に出てくるな。戦えないんだろ?」
放たれる魔法のコラボレーションに感心していると、横にいた若い兵士が声を掛けてきた。
「いや、僕にはいざとなったらこれがあるし……って、君はこの前の水魔法の……名前って何だっけ?」
僕は腰の得物を指して自己防衛するから心配ないとアピールすると共に、つい最近会った顔である事に気が付いた。
「魔法士が帯剣って、餓鬼の遊びじゃないんだから大人しくしとけよ。そういや、まだ名乗ってなかったな。おれはシーシェリオン、陸二等兵だ」
「遊びじゃないつもりなんだけど……。僕はオーヴ、一等魔法士だ」
「てか、階級なんておれらは入ったばかりだから、どっちも最下級なのは当たり前だよな。まあ、おれの事は適当に略して呼んでくれれば良いから」
確かに名前が長いと呼びにくい。
軍の中では、指示するのに長い名前は障害にもなり得るから、ニックネームで呼ぶ事も多い。
僕の名は短いからそのままだけど、彼の名は覚え難いくらいに長い。
「う~ん、じゃあシェリーは?」
すると、彼はあからさまに嫌な顔をする。
「それ、わざとか? もろに女の名前だろ」
「えっ、そうなの? じゃあ……真ん中を取ってシオンってのはどう?」
「それも女の名前だろ、絶対わざとだろ」
「んじゃ、リオンは?」
「弱々しい名前だけど……まあ良いか!」
そんな拘るんなら、自分で指定すれば良いのに……。
しかし、シーシェリオン改めリオン、渋々な言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだ。
ま、良いか。
が、ここで横槍が入った。
「おいこら、シェリー! 敵を前に、何をサボってるんだ!」
突然、僕たちの横から怒声から飛んできた。
あの人からは僕に拒否反応を示したあだ名で呼ばれているようだ。
その声にドキッとする僕たちだったが、次の瞬間、声を掛けてきたリオンの先輩らしき人が驚く事となった。
「どわっ! っと、うわわっ!」
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