手加減とスイッチオン
「えーい、やー」
「ぇーい、やぁー」
再び庭先に元気な声が戻ってきた。
父さんは既に出勤、兄たちも登校していった。
いつも通り棒を手に素振りを適当にやると、じきにそれに飽きてきた。
「つぎはあっちー!」
「あっち~」
すると今度は兄たちが相手にしていた傷だらけの立木を相手に棒を振るう。
カン、カンと木の棒が木に当たる音がやる気にさせる。
けど、ここでは妹の持つ竹の棒の方がパチンと良い音が鳴る。
すっかりと昨日の尾は引いたらしく、ご機嫌で竹の棒を振るう妹。
でも、流石にこの立木に傷を増やす事はまだ叶わない。
「ハァ、ハァ、ハァ」
それに飽きる頃になると、流石に二人とも疲れて息が上がってくる。
「今日はもう終わりにしましょう、お坊っちゃん、お嬢さま」
サーファが二人の様子を見て今日のお遊びはこれでお終いだと告げるけど、僕は物足りなさを感じていた。
「……もっとやりたい」
ちょっと息を切らした程度で音を上げる僕じゃない。
妹も途中で手を止めて僕を見ていたから、まだまだ続ける余裕はありそうだ。
僕は妹に打ち合いを提案するのだが……。
「にぃに、ぃたぃたぃ……やっ」
妹はそれを拒否、やっぱり先日の血塗れ事件はトラウマになってしまったようだ。
そこで僕は別の提案をした。
「じゃあ、ゆっく~りやろ?」
僕は棒をゆ~っくりと振り下ろす。
それを見て妹は安心したのか、竹の棒を手に構えた。
「えーい、やー」
「ぇ~い、やぁ~」
二人とも振り回す棒は素振りとは比べ物にならないくらいゆっくりだ。
それも、わざとお互いの剣を当て合うように、だ。
打ち合うというよりコツン、コツンと当てるだけの剣の稽古は、稽古とは言えない。
でも、それが第一歩なのだから良いのだ。
あのまま怖がってやろうとしなければ、二度と妹は剣の稽古はやらなかっただろうし、僕も続けていなかったかも知れない。
サーファも危ないと思ったら止めに入っていただろうけど、スローモーションのようなその動きを見て安心したようだ。
そんな中、僕は妹の竹の棒を掻い潜って妹の頭へと木の棒を向ける。
勿論、ゆっくりだ。
そして思わず妹が目をぎゅっと瞑ったところで、そっと優しくコツンと頭に当てる。
すると妹は目をパチクリさせた。
「いたい? スーちゃん」
「ぃたくなーい」
ほらねと笑い掛けると、妹もパアッと顔を綻ばせる。
そして妹の持つ竹の棒を手で誘導して僕の頭に当てる。
「いたくないよ」
「ぃたくなぁい?」
「うん。スーちゃんも」
僕は妹に同じようにやってと促した。
すると、今度こそ妹の持つ竹の棒はゆっくりと優しく僕の頭に当たった。
ニッと歯を見せる僕に、妹は不安な顔から一転、再び顔を綻ばせた。
それからというもの、時々力加減を間違えて痛い時もあったが、妹は僕に怪我を加える程目一杯な力で振るような事はしなくなった。
◆
予想より数日早かったスライムの大量発生(今季二度目)。
僕の魔法練習で放った豊穣の舞によって耕されたその場所に辿り着いたスライムは、何故かホコホコの土に水分を吸われ魔石を残して消滅してしまった。
その為、非常呼集された軍はスライムの討伐ではなく魔石の収穫作業を強制され、慣れない中腰作業により腰痛者続出。
普段は怪我の対応がメインの治癒魔法小隊は、さながら整体屋と化した、というのが今回のあらましだ。
「よし、もう一度やってみろ。ほれ、もう少し抑えないと、また暴走するぞ」
聞いた話だと、どの隊からも不満が漏れ出しているらしいけど、危険が無くなったんだから良いじゃないかと僕は思う。
要はスライム相手に暴れたかったって事だろ?
何を贅沢言っているんだか。
「くっ……豊穣の舞っ!」
ゴゴゴッと土が踊り、湿った濃い色に変わっていく。
よし、また魔力暴走せずに発動出来たぞ!
「ふむ。まだまだだな。私が言わないと魔力がまだ多過ぎている。一人では間違いなく暴走していたな」
学校を卒業した後、家を出て寮生活になった僕は、毎日寮のみんなより早く起きて剣の稽古をするのが日課になっていた。
勿論学校に通っている間も、登校する前に妹と共に稽古をしていたけど、その頃は父さんの目もあって半分は強制的にだった。
でもそれが日課になっていたので、家を出てからも何となく続けるようになっていた。
「むぅ……。更に抑えないといけないのか……。なかなか難しいな。マさん、何かコツとかはないの?」
当然かの町に来てからも早朝に起きて剣の稽古をしていたけど、それを出勤するマさんに見付かった結果、ならば毎朝出勤前に魔法の練習もしようと誘われたんだ。
スライムが出た時に別れてから二日程姿を見なかったから、お礼も言えず悶々としていたところだったので、何となくホッとしたものだ。
話を聞けば、冒険者にスライム退治の発注を掛けたものの魔石集めしか仕事がなく、報酬額の折り合いが付かずに難航していたのだそうな。
大変だな、会社員は。
「そんなものはない。何度もやって感覚を体に叩き込め。今のも思い描いていたよりも広範囲になってしまったんじゃないか? そんな事では畑の範囲を越えて家屋まで耕してしまう事になるぞ」
広い範囲を耕せるんだから良いじゃないかと思っていたら、具体的な例を示されてダメ出しを食らった。
むぅ、確かに思っていた範囲を遥かに超えてしまっているのは指摘通りだ。
畑に家屋が隣接していたら、僕の魔法に飲み込まれて沈むなり倒壊するなりしていたかも知れない。
そう考えると真剣にちゃんと狙い通り出来るようにならないといけないな。
「今は暴走しない事に喜んでいるけれども、そんな暴走スレスレばかり狙っていては何かあった時に制御不能に陥るのがオチだ。早く余裕を持って制御出来るように考えながら数を熟せ。考えずに数だけやるのは無駄だからな」
わ~。
マさん、完全にスイッチが入ってるわ~。
もう少ししたら出勤しなくちゃいけない時間なのに……。
「ほら、何をグズグズしている! いつも私に面倒を見て貰えると思うなっ。さあ、どんどんやっていくぞ!」
「は、はいぃっ! 豊穣の舞っ!」
「まだ大きい!」
「豊穣の舞っ!」
「まだまだぁ!」
「豊穣の舞ぃっ!」
「方向の精度が落ちている!」
「豊穣の舞ぃぃっ!」
「また絞れなくなってるぞ!」
「時間が……豊穣の舞ぃぃぃ!」
「もっと集中しろぉ!」
「豊穣の舞ぃぃぃぃ!」
「まだまだぁぁぁ!」
この後、会社の人(?)が呼びに来るまでしこたま魔法を打たされて、基地までしこたま走った。
マさん、やべぇ!




