血に染まった兄妹と争奪戦
「にぃに、ぃったいの? にぃにぃ」
妹の問い掛けで、じんわりと伝わってくる何かが痛みだと理解した僕は、怖くなって思わず泣き出してしまった。
「ゥえ……。ぃったいの、まおー! ぃったいの、まおー!」
しかし、妹は僕に釣られて泣き出しそうになるのを堪えて突然叫びだした。
流石に全部を覚えられなかったのだろう、それは先日の母さんのおまじないの一部だった。
何とかおまじないで痛いのを抑えようとしてくれている妹を見て、涙も引っ込み痛みも忘れてホッコリとする僕。
「……あれ? いたくない」
しかし、本当に痛みが消えた。
真っ赤だった視界も、いつものクリアな状態に戻っていく。
そして僕は気付いた。
僕たち二人が暖かな光に包まれているのを。
「スーちゃん、もういたくないよ」
僕がそれまでの顰めっ面を解いてそう言うと、大粒の涙を溜めていた妹も表情を弛めた。
が、それと同時に妹が僕に寄り掛かってきた。
「スーちゃん?」
呼び掛けても返事はない。
今思えば、妹はこの時気を失ってしまったのだろうが、それが分かる訳もなく寝てしまったと判断した当時の幼い僕。
しかし、庭先に妹を置き去りにする気にもならなかった僕は、妹を抱っこして屋敷に連れていこうとして失敗、ならばと背中におんぶして足を引き摺りながら運んだ。
「ひっ! お坊っちゃん、そのお怪我は!? って、お嬢様まで!! お、奥様! 奥様ぁ!!」
子供の力では開けるのもやっとの玄関のドアを開けたところで、サーファが僕たちを見付けて悲鳴を上げた。
顔を血で真っ赤に染めたままの僕と、やはり手を血に染めた妹の姿を見れば当然だろう。
その後、大騒ぎしつつ母さんが二人に治癒魔法を掛けようとしたけど、二人とも怪我が見当たらなく再び大騒ぎになったのだった。
◆
「おい、あいつじゃないのか? 例の奴は」
「ああ、ゼッタイの制服を着ているし、きっとあいつだ」
「ったく、いきなり英雄気取りか? 白銀の乙女の席を取ろうとしたばかりか……」
方々から白い目が突き刺さってくる中、僕はそんな周囲からの雑音を遮って目の前に集中する。
「で、結局は軍とシーラー魔道機と冒険者たちとの魔石の争奪戦になったらしいよ」
結局、席は別の場所を確保した僕たちだったけど、テーブルの向かい側に白制服の面々が同席する事になった。
うん、ここって薄暗いもんね。
だから人気がないのか、Z隊だけでなくR隊も余裕で座る事が出来た。
一番若そうな子、メアさんなんて、食べたら直ぐにテーブルに突っ伏して寝ちゃったし……。
「争奪戦? またどうして……」
「軍にとって、魔石は数少ない収入源だろ? で、それの売り先の大半は魔道機を作るシーラー、原価を掛けずに魔道機の核となる魔石を手に入れられる機会なんだから必死にもなるだろうさ。生活費が掛かっている冒険者も然り、だな」
白制服のオジサン、コーディさんが、昨日非番だった僕たちに細かに教えてくれる。
元は細々と魔道具を作っていたシーラー社だったが、比較的容易に魔石を入手出来るこの町に移ってきたのが先代で、生活に直結する魔導具の機械化を手掛けてから調子は鰻登り。
現在の大きな工場を危険地帯に10年程前に建てたのを切っ掛けに、名前をシーラ魔道具店からシーラー魔道機という会社名に変更して現在に至るらしい。
「従業員も一気に増えよって、軍人ばかりじゃったこの町もようやっと栄えだしたんじゃ」
「ああ、だから新しい建物ばかりなんだ」
「ん~……理由はそれだけじゃないのよん。丁度その工場を建てている最中にあったスライムの氾濫期にねぇ、防衛に少~しばかり失敗してねぇ。町にスライムが流れ出しちゃったのよ」
年配者であるドアードさんが町の歴史を説明してくれた後、僕の疑問にロドクアさんが体をくねらせて教えてくれた。
普通に喋って欲しい……。
それを聞いて首を傾げた僕に、向かいのコーディさんが苦笑を漏らしながらそれを補足してくれた。
「その頃、王都からボンボンを受け入れててね。随分と引っ掻き回されたんだよ」
それに、冒険者が工場の建設に駆り出されていて人が少なかったのも手伝って、防衛ラインに穴が出来て町にスライムが流れ出したと……。
ボンボン最低だなっ!
って、僕も一応貴族の息子だった。
「で、スライムって臭いだろ? スライムに飲み込まれた建物の異臭が凄くてね」
建物に纏わり付いたスライムのせいでこびり付いたその臭いの為に建て替えを余儀なくされたそうで、一時期シーラー社の新規従業員の為の新居建設と従来の住民の住宅建て替えが重なって、この町限定で建設ラッシュに沸いたという。
「そういえば小隊長たちが話し合っている時に、町にスライムが出たら大変だって騒いでたような……」
「あ~それはねぇ、その時に建て替えたのよん。たぶんまだ支払いが残っているんじゃないかしらん」
「あ~、それでこの町から動けなくなって小隊長なんてやってんのね。イーストフォレスト基地に行っても良さそうな実力のある人がこんなところで燻ってて、何でだろうって思ってたわ」
手をポンと打ち鳴らした白制服の女性、ティカさん。
同じく白制服の女性、ユーリスさんは、先程からイーストフォレストという単語が出る度にホエ~と顔を青くさせているが、何がそうさせているのだろう。
って、白制服の若い方の男性、マーコレーさんは更に酷くて顔色が土色になっていた。
お~い、大丈夫?
まあ、より強力な魔物が出るイーストフォレストは、このウェストフォース基地よりもずっと格上に見られているからな。
この基地の小隊長の半分は、より上を目指す事はせずにここに留まる事を選んだらしいが、その原因のひとつに家の建て替え費用が重荷になっているという何とも言えない理由だった。
周りを見れば僕やティカさん、ユーリスさんだけでなく、20代前半までの人たちが今知ったとばかりに驚いてみせていた。
確かに10年前には僕らは知る由もなかったからね。
が、そこに人影が……。
「あらあら、別に私はこの町が好きで残っているのよ?」




