帰らない妹と新しい町
「うわあぁぁぁん」
僕はその日、一人で泣き続けた。
そこにいつもいる妹の姿もなく。
「きっと大丈夫ですよ、お坊ちゃん。お嬢様はきっと帰ってきますから」
お手伝いさんのサーファがそう声を掛けて優しく僕を抱き締めてくれたけど……。
それでも漠然とした不安はそれだけでは解消される筈もなく。
「ひっぐひっぐ、うわあぁぁぁん」
僕は泣いた。
泣けば妹が僕に気が付いて戻ってくる、ごめんなさいすれば許してくれる……。
なんて事を思っていたのかまでは全く覚えていないけど。
ひたすら泣いた。
疲れ果てて眠ってしまうまで。
◆
「もうっ、何だってのさ! 引っ越しどころか町に着いたばかりだったってのにっ!」
そして今。
僕は悪態をついて、見慣れない町の中を歩いていた。
見慣れないのは今日この町に引っ越してきたばかりだったからだけど、新し目の建物ばかりが立ち並ぶこの町並みは余所から来た人だったら僕と同様に眩しく映っているだろう。
それほどまでにここ数年で大きく発展、整備された町なのだ。
「いきなり連れ出しておいて、使い物にならないって……それはないでしょ。こっちは長旅で疲れていたってのにさ!」
その悪態の理由は、新しい職場にあった。
僕は国立の魔法学園を出た後、父や兄たちのいる軍に入らされたんだけど、入ってからというもの幾つかの部署を転々とした後に指示されたのは、この国の西の端にある新興都市の一角にある古い軍施設への異動だった。
町は新興だけあって、随分と新しそうな建物が目立つ。
特にこの大通り沿いは綺麗で、最近出来たばかりの建物しかないんじゃないかというくらいだった。
それこそ加工された木の香りが漂ってくるくらいだ。
そんなこの町ウェストフォースに、お昼前に少ない荷物と共に運搬業者の馬車に乗って町の一角にある目的地に辿り着いたんだけど、着いた矢先に緊急呼集だと言われて見知らぬ軍人に拉致られた。
軍には入ってまだ半年足らずだけど、一応僕も軍人の端くれなので緊急呼集には応じなければならないって事は知っている。
知ってはいるけど、何も引っ越しの荷物を降ろす間もなく連れていく事はないじゃないかと思う。
しかも何の予備知識もないのに、いきなり魔物の大量発生の対応だなんて!
幸い今回は弱い事で知られている単細胞の魔物、所謂スライムの大量発生だった。
けど、それを町に入れさせない為に、隊が築いた防衛する為の土堤が魔物によって綻んだ部分を補強する役を言い渡された。
「そんな魔法、習ってないよっ!」
三年間通った魔法学園でも習った事の無い魔法を、いきなり指示された。
そんなの出来なくて当たりまえじゃない?
一人、道の真ん中で地団駄を踏んでしまったけど、ふと我に返り、恥ずかしくなって道の端に寄る。
いつの間にか人目を集めてしまっていたようだ。
「てか、ここは何処なんだ? ええっと、確かこの辺りから一本中に入ったところだった筈だけど……」
町の風景どころか引っ越し先の場所を覚える間もなく連れていかれたものだから、自分の家の場所がハッキリと分からない。
一本一本、道の奥を覗いてはここでもないここでもないと進んでいると、空から何やら落ちてきたのに気が付いた。
「あれ? あっ、雨だ!! パラパラしだした! 早く帰らないと……って、僕の家はどこなんだ!?」
慌てて探していると、間もなく目的の古ぼけた長屋が見付かった。
この町では珍しく、少し年季の入った建物だ。
生憎と軍の寮は満室で空きがないとの事で、当てもないしどうしようと困った素振りをしたら軍の方で手配してくれたのだ、家賃は激安だった。
本降りになる前に見付かってホッとしながら近付くと、玄関の外に運んできた荷物が山積みになって置かれていた。
「そうだった、大家さんから鍵を受け取ってない……どうしよう!」
荷下ろしをする前に連れていかれたものだから、運搬業者が中に入れずに困って勝手に荷物を外に置いて行ってしまったのだろう。
このままでは荷物が雨に濡れてしまうと頭を抱えながら、とりあえず荷物を雨の当たらない軒下に運ぼうと荷物に手を伸ばした時だった。
「ちょっとあんた! それをどうするつもりだい? もしかして盗んでいくつもりじゃないだろうね!」
荷物の影に隠れていたらしい何者かが声を荒げてすっ飛んできて腕を掴んできた。
その背丈とまだ声変わりをしていない所を見ると、3つか4つくらい下の年代だろう小柄な子供だった。
その剣幕に思わず一歩後退りするけど、その子は掴んだ腕を離してくれそうもない。
「いや、これは僕の荷物なんだけど」
「あんたの荷物ぅ? 本当にぃ? そう言って荷物を盗んで行こうとしてた輩が既に四組はいるんだけど!」
「え……ええっ!?」
まさか置き引きがそんなにもいるとは思わなかった。
もしかしてこの子がそれを防いでくれていたのかと感謝の気持ちも出たのだけど、あろう事か自分までそういう輩だと認識されてしまったらしい。
「雨が降ってきたから人の目に付かないと思ったんだろうけど、そうはいかないぞ。さあ、大人しくお縄について貰うからね!」
「いや、だからぁ……」
すっかり置き引きに間違われてしまったこの状況をどう晴らすか、頭を悩ますのだった。
本日二話目です。
更にもう一話を今夜に投稿予定!
時間は未定です。
よろしくお願いします。