母の癒しと尋問
「あらあら、どうしたの?」
屋敷の中に入って、直ぐ様母さんの部屋に妹を連れて行くと、部屋の主が手にしていた縫い物を置いて顔を僕たちに向けてきた。
「スーちゃん、おてていたいって」
べそをかいた妹の手を引いて母さんの元まで連れて行くと、母さんは途端に心配そうに眉を下げた。
「あらそうなの? 痛い手はこっち? ちょっと見せてね」
袖を捲って腕の状態を見る母さん。
妹の腕には、まだ僕が起こした事件の生々しい傷跡が残っていた。
「もっと上の方かしら。ちょっと服を脱ぎましょうね」
母さんの言うままバンザイをして、ピンクの可愛らしいワンピースの服を脱がされた妹の真っ白だった体には、腕だけではなく肩から脇腹まで痛々しい爛れた痕が。
それを見る度に、僕が妹をこんな目にしてしまったんだと俯いてしまう。
あの時、僕にしがみついていたせいでこんな痕が付いてしまったんだ。
「ここが痛いのかな? じゃあ、おまじない。痛いのは魔王の頭へ~。かゆいのは魔王の足に。こそばゆいのは魔王のおなかへ行っちゃえ~。ポカポカさんこっちへおいで~」
そんな誰もが聞くおまじないを優しい声と素振りで妹を抱きしめて唱えた後、何か小さな声で呟く。
「……偉大なる大地の恵み、清浄なる水の潤し、清涼なる風の流れ、猛炎たる火のうねり、晦冥たる闇は明け、神々たる陽の光で照らせ。この者に安らぎの時を。康寧の光!」
母さんと妹の周りを何かホッとするような暖かく柔らかなオレンジ色の光が包み込んでいく。
すると、それまで歪んでいた妹の顔が穏やかなものとなっていった。
母さんはちょっとした治癒魔法が使えるんだけど、これはそれだろう。
でも、それは妹の傷の痕を治すまでには至らない力らしい。
「……にぃに」
痛みが取れたのか目がトロンとしてきたかと思うと、妹が僕に手を伸ばしてきた。
これは妹のおねむのサインだ。
僕は迷わずその手を取って妹を安心させるのだった。
この時、僕は何だか懐かしさを覚えていた。
たぶん前にこのおまじないを僕も唱えて貰ったんだろうけど、その声の主は母さんでもサーファでもない気がした。
◆
馴染みの顔が馴染みのない真っ赤な顔に変わって怒鳴り込んできた。
要らぬ事をしない様に何もせず邪魔にならないようにしてここで待っていただけなので、何を怒られているか分からずに目を白黒させるが、隣にいた同期の……誰だっけ?若い兵隊さんも同じように目を白黒させていた。
「まあまあ、アーガリス分隊長。そう頭ごなしでは、今の若者は畏縮するばかりだから。ここは抑えて」
そう言ってうちの分隊長を宥め話を聞く場作りをしてくれるのは、先程待機をしてくれた陸上一般兵部隊の分隊長さん。
「それで、オーヴ君と言ったか。君はここで何をしていたんだ? ラージ分隊長から魔法の練習をしていたと聞いたのだが……」
良い人だなぁと思っていると、今度は知らないオジサンが話し掛けてきた。
あの陸上一般兵部隊の分隊長さんはラージさんと言うのか……なんて悠長な事を思っている場合じゃない?
「ええっと、そうです。お隣さんに勧められて直ぐそこで魔法の練習をさせて貰っていたんです」
「魔法の練習、ねぇ。何の魔法の練習を?」
「その、無詠唱の練習で、豊穣の舞とかの土木魔法を……」
豊穣の舞を?と振り向いて後ろの惨状を見る知らないオジサンと、その横で同じように後ろを振り返るうちの分隊長。
よく見れば、兵に混じって自前っぽいゴツい格好の人たちがいるような。
「無詠唱でこの広さを? いや、余程でないとこの広さは……。因みにこの広さは何回豊穣の舞を重ねたんだ?」
「ええっと……ひいふうみいよ……全部で10回かな? まあ、成功したのはいつもの詠唱した1回と見て貰いながらの無詠唱1回だけで、他は暴走しちゃったけど」
僕が草原だった方を向いて穴ぼこの数を指を折って数えると、分隊長さんたちが僕の方を何か変な物を見るような目で見てきた。
え、ナニその目。
「むぅ。うちの隊員たちでもこの規模の土木系魔法は、出来る人間はいないな。たぶん王都でも出来る者はいないんじゃないか?」
全く知らないオジサンは土魔法小隊のもうひとつの隊、Y隊の分隊長だった。
てか、土魔法小隊で僕が最強って事!?
オジサン、良い人だ!
「……何で軍に入ったんだ? こんなのは農工方面でないと使わないだろうに」
……え。
まさか上げて落とされるとは思わなかった。
オジサン、ないわ~。
「しかし、次回もこの方法で対処出来れば、対スライム対策は今まで以上に楽になりますね」
お、陸上一般兵部隊の分隊長さん、マジ良い人だ!
「まあ、アメーバスライムは、な。他の種のスライムもそうだとは限らないから、そう簡単には警戒は解けないだろう」
オジサン、マジないわ~。
「何かうちの隊員が申し訳ない。今後こんな事がない様によく言って聞かせますんで」
いや、今の話の流れ的には謝るところではないだろ?
分隊長、もしかして話を聞いていなかった?
僕の頭を無理矢理に手で押さえ込んで下げさせる分隊長。
マジアリエナイわ~。
「お~い、何してんのさ」
そんな分隊長の肩に腕を乗せて体重を掛け、声を掛けてきた人物が。
「小隊長!」
途端にピシッと姿勢を正して軍の挨拶をする分隊長たち。
……あ、僕もやらなくちゃいけないんだった。
「あ~、これかぁ。成る程、壮観だねぇ。で、こいつに頭を下げさせて何してんの?」
された挨拶に返答もなく、堤の上から惨状を見渡す小隊長。
この人と会うのは、配属時に事務員から紹介されて以来だ。
その時は分隊長に後はヨロシクね~と直ぐにどこか行っちゃったし。
てか、この人って今来ました候じゃない?
そう言えばさっき堤の下でお偉いさんたちが話し合っていたけど、そこにいなかったような……。
「まあ良いや。いや、良くないか。イジメは駄目だよ~? 最近の若い子はちょっと叱っただけで辞めちゃうからね~。うちの場合、そんな理由で人が欠けちゃっても補充は望めないよ~?」
小隊長が分隊長にそう釘を刺してくるが、どこか説得力に欠ける喋り方だ。
「で、話はちゃんと聞いた? 後で報告書、お願いね~」
ヒラヒラと掌を振りながらその場を後にする小隊長を呆気に取られて見送る僕たち。
あの方向だと、帰っていく隊員たちに紛れてしまいそうなんだけど……良いのかなあれ。
4月11日(土)から投稿時間を11時に変更します。
よろしくお願いします。